カザブの野望編 第9話
5/20 マーガレットとアレクがお酒を飲むシーンに、二人の馴れ初めをさわりだけ追加しました。
マーガレットとメグはジョシュアの部屋に入ると、メグがソファに座りマーガレットがお茶を用意する。
一応突然人が来てもばれないようにするため、お互いの振りは続けていた。
「やけに髪型にこだわってたよな」
ジョシュアが声を落としていう。
「アレックス、面識あるのか?」
そう聞かれた彼は首を横に振る。
「会った覚えはありません」
「なら本当にうわさを聞いてただけなんだな。ふう、びびった」
そういうジョシュアにフォルが言う。
「ただ、やけにアレクを気にかけてましたよね」
それは皆が感じていた。
食事中もあからさまにやたらアレクに話しかけていた。
「疑われているのでないとしたら一体何なのかしら。単に好みのタイプだったとか?」
マーガレットは自分でそう言ってちょっとムッとする。
ちょっと不機嫌そうなマーガレットに気づいたアレクが不思議そうに聞いた。
「マーガレット、どうしました?」
マーガレットは言葉に詰まる。
自分の子供っぽい嫉妬を見透かされそうな気がしたマーガレットは、ごまかすために
「別になんでもないです」とそっぽを向いて答えた。
(所長が綺麗すぎるのがいけないのよ)
マーガレットはむっつりしながらひどく理不尽なことを考える。
そんなマーガレットの横顔をアレクは困ったように見つめていた。
***
話し合いの後、ジョシュア以外の全員がジョシュアの部屋を出る。
アレクも見張りの騎士がいるので夜は部屋へ帰って休むことができる。
「おやすみなさい」
マーガレットがアレクとフォルに挨拶をしてメグと一緒に彼女の部屋へ向かおうとすると、アレクがマーガレットの手をつかんで引き止めた。
そして小声で言う。
「ちょっと私の部屋まで来てくれませんか?」
マーガレットはそんな彼に何か話でもあるのかもしれないと思い頷く。
アレクはマーガレットの返事を聞くと、後ろで待っているメグに声をかけた。
「メグを少々お借りします」
メグがそれに頷くのを確認すると、アレクはマーガレットの手を引いて自分の部屋へと戻る。
その姿を廊下の影から睨みつけている存在がいることに二人は気づかなかった。
アレクは部屋に入ってドアを閉めるなり、マーガレットを抱きしめた。
「しょ、所長?」
マーガレットは突然の抱擁に真っ赤になりながらあたふたする。
「最近二人きりになれないのでエネルギー補給です」
そう言って彼女をぎゅっと抱きしめる。
そんなアレクにマーガレットはしばらく固まっていたが、自分もおずおずと彼の背中に腕を回して抱きしめた。
(所長に抱きしめられるとホッとするなあ)
マーガレットはアレクの胸に顔をもたせかけながらそう思った。
アレクはマーガレットに腕を回したまま体を起こすと「すこし飲みませんか?」と言い、ソファにマーガレットをいざなう。
自分でワインとグラスを出すアレクに、マーガレットは慌てていう。
「わたしがやります」
そんな彼女にアレクは笑うと、「これぐらい自分でできますよ。座っていてください」と言った。
(王子様にこんなことさせていいのかな)
マーガレットは恐縮しながらもソファに腰掛ける。
次の瞬間、アレクは空中に水球を出すと、器用に二つのグラスをその中で洗い、風を出して乾かしてテーブルに置いた。
マーガレットはその曲芸のような魔法に「ふわ〜」と声を上げて見とれる。
そんな彼女を見ておかしそうに笑うとアレクは言った。
「一応、毒が仕込まれているといけませんので」
そしてワインのボトルを開栓し、グラスに少しだけ注ぐと口元へと運ぶ。
マーガレットはそれを見て慌てて所長を止めた。
「わたしが毒味します」
それを聞いたアレクはニヤリと笑うとそのままワインを口に含んで転がした後飲み込んだ。
「ああ!」
自分の言うことを完全に無視して飲んでしまったアレクにマーガレットは目を吊り上げる。
(どこの世界に自ら毒味をする王子がいるのよ!)
マーガレットは声に出して言えないその言葉を飲み込んで代わりにアレクを睨み付けた。
すると、アレクはクスクス笑いながら言う。
「睨んでも怖くありませんよ」
そしてマーガレットと自分のグラスにワインを注いだ。
「毒は入っていないようです」
「入っていなければいいという問題じゃありません。だいだい所長はですね」
マーガレットが説教を始めようとすると、アレクはワインの入った自分のグラスを持ち上げてにっこり笑った。
それを見たマーガレットはうっと言葉に詰まり、その後は〜とため息をつく。
(もう!所長って意外と確信犯よね。わたしが彼の笑顔に逆らえないって知っててやってるに違いないわ)
マーガレットは仕方がないというふうに眉を下げると、自分のグラスを持ち上げてアレクのものにカチンと合わせる。
「乾杯」
二人は同時にワインを口に含んだ。
芳醇な香りが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
マーガレットは感心したようにそう呟くと、グラスに入ったワインを揺らしながら眺めた。
「カザブにはワインの生産が盛んな地域がありますからね。リチリアには出回っていませんが」
それを聞いたマーガレットが頷く。
敵国のワインなど進んで飲みたがる人間はいないだろう。
つまりリチリアではカザブのワインは売れないのだ。
売れなければ輸入されないのは当然のことである。
そんな取り留めもない話をしながらマーガレットがほろ酔いになってきた頃、彼女は以前から気になっていたことをアレクに聞いてみようと思った。
それは、アレクの誕生日パーティでなぜ彼女をファーストダンスに誘ってくれたのかということだ。
アレクが自分に好意を寄せてくれているのはわかる。
だがマーガレットには特に彼に自分を好きになってもらう理由が思い浮かばなかった。
それがずっと心の中で引っかかっていたのだ。
「所長、あのひとつ聞いてもいいですか?」
「ん?なんですか?」
アレクがいつもの優しい笑顔で聞いた。
彼は先ほどからマーガレットと同じペースで飲んでいるにも関わらず、まったく酔っている様子がない。
(う・・・やっぱり恥ずかしい。聞くのやめようかな)
いまだシラフのようなアレクを見て若干ためらうが、彼はニコニコしながらマーガレットの言葉の続きを待っている。
マーガレットはうっと再び言葉に詰まる。
(ええい、女は度胸よ!)
マーガレットは拳を握り締めると思い切って聞いた。
「その、所長はなぜわたしを誕生日にファーストダンスに誘ってくださったんですか?」
その言葉にアレクは意味がわからないというふうに一瞬きょとんとした。
「あの!好意を寄せて頂いてるのはわかります!ただ、その理由が思い浮かばなくて・・・」
マーガレットは誤解を与えないように、そう言い募った。
それを聞いたアレクはしばらくしてマーガレットの意味することを理解すると、顔をほんのり赤く染め片手で口元を覆い横を向いてしまった。
「参りましたね」
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった、という雰囲気がありありと現れている。
アレクはしばらく逡巡するように視線を彷徨わせた後に口を開いた。
「私が初めてあなたに出会ったのは私が11歳の時でした」
「えっ!」
マーガレットはその言葉に驚いて、ちょっと焦る。
(全然覚えてない・・・)
「あなたはまだ小さかったので覚えていないかもしれませんが」
そういうとアレクはその頃を思い出したのかクスリと笑う。
「私は小さなあなたに救われたんですよ」
そういうとアレクは愛おしそうにマーガレットを見つめた。
あの頃は父ヴォルグの後について王宮の中をちょろちょろしていて、色んな人に会ったのは覚えているが一人一人誰に会ったかまでは覚えていない。
自分は一体アレクに何をしたのだろうか。
マーガレットはにわかに不安になって聞いた。
「あの、わたしは一体何を・・・?」
そう聞いたマーガレットはアレクはニヤリと笑う。
「秘密です」
「え〜っ」
(すんごく気になる!)
マーガレットは頭を抱えて必死に思い出そうとするが、まったく思い出せない。
(でも所長とわたしって面識ほとんどないよね?そんなことがあったならもう少し会っていてもおかしくないと思うのだけど)
マーガレットは内心で首をかしげた。
そんなマーガレットの心を読んだかのようにアレクが言う。
「あの頃は色々あって自分の身を守るのに必死で他に構っている余裕はありませんでした。ましてあなたを渦中に巻き込むということは絶対に避けたかった」
それを聞いてマーガレットは理解した。
あの暗殺事件が起こる前から、アレクの身辺は穏やかのものではなかったのだと。
アレクはソファから立ち上がると、彼女の隣に腰掛けた。
アレクの重みでソファが沈み、マーガレットの体が彼のほうへと倒れる。
そんな彼女の肩をアレクが抱きよせた。
「どんどん美しく成長していくあなたを見るたびに焦りが募りました。もしあなたが誰か他の男と恋に落ちてしまったらと・・・舞踏会で男があなたに寄っていくのを見るたびにそいつを雷で丸焦げにしてやりたい気分でしたよ」
黒い雰囲気を漂わせながら物騒な事を言うアレクに、マーガレットは照れるべきか引くべきかわからなくなった。
そもそもアレクの心配は完全な杞憂である。
マーガレットは錬成術と恋に落ちたおかげで、男と恋に落ちる可能性はほぼゼロだった。
それに言い寄ってきた男なんてまったく彼女の記憶にない。
アレクは彼女の瞳の中を覗き込みながら言った。
「あなたが私のダンスに応じてくれた時は本当にうれしかった。そして私を好きだと言ってくれた時は夢のようでした」
その言葉を聞いてマーガレットの頬が薔薇色に染まる。
アレクはそんな彼女の頬に手を当て上を向かせると、ゆっくりと顔を近づけていく。
マーガレットはそれを見てそっと目を閉じた。
今は夜。
他の皆は寝静まっていて、急かされるべき溜まった政務もない。
今度こそ絶対に邪魔ははいるまい。
あと少しで二人の吐息が重なるその瞬間。
コンコンというノックの音が部屋に響き渡った。
ハッと一瞬で現実に戻るマーガレット。
(そうだ、ここは敵地のど真ん中なんだった)
マーガレットは火照った頬を両手で押さえながら身を起こし隣を見ると、アレクがユラユラと陽炎のように立ち昇る怒気をまとわせていた。
(しょ、所長?)
突然雰囲気の変わった所長にドキドキする胸を押さえながらドアを開けるために立ち上がると、そんなマーガレットをアレクが手で制する。
「私が出ます」
そういうアレクはもういつも通りの彼だった。
(見間違いだったのかしら)
マーガレットがアレクの言葉に動きを止めると、アレクが大股でドアに歩み寄っていく。
そしてアレクがドアを開けると、そこにはこの館の使用人が立っていた。
「イラリア様がお呼びです」
それを聞いた所長は眉を眇める。
「こんな夜中にですか?」
そのアレクの言葉に使用人は表情を変えることなく言った。
「ジョシュア殿にお話があるそうです」
それを聞いたアレクは少し考える。
「わかりました。5分ほどしたら伺います」
そう言ってドアを閉めた。
マーガレットはアレクを不安そうに見る。
「何の話でしょうか」
そんなマーガレットにアレクは首を横に振る。
「わかりません。とにかくあなたをメグの部屋まで送っていきます」
そう言ってアレクはマーガレットをうながすと自分の部屋を出た。
アレクはメグの部屋にマーガレットを送り届けると、領主の部屋に呼ばれたので行ってくると彼女に伝える。
「もう一人騎士を連れて行かれては?」
そういうメグの提案にアレクは首を横に振る。
「騎士が騎士を連れて行ったらあちらが不審に思うでしょう」
アレクは「マーガレットを頼みます」とメグに言うと、不安そうなマーガレットの視線を背に部屋をあとにした。
マーガレットは気がそぞろながらも寝る支度を始める。
そしてふとメグがまだ着替えていないことに気づく。
「あ、ごめんねメグ。窮屈なドレスのままだったわね」
そんなマーガレットにメグは微笑みながら言う。
「いえ、どのみちお嬢様が帰ってこられるまで着替えるつもりはありませんでしたので」
そんなメグにマーガレットは無理やり笑顔を作ると、彼女の着替えを手伝うべくドレスの背中に手をかけた。
寝る支度を終えてベッドに横になってもマーガレットは寝付けなかった。
アレクのことが気になって仕方がない。
(所長がそう簡単にやられるとは思わないけど)
マーガレットはそう考えながら寝返りを打つ。
そしてハッと気づきガバッとベッドの上で身を起こす。
(もしかして、違う意味でヤられちゃってるかも!?)
マーガレットはその可能性に思いいたるとベッドから起きてウロウロと部屋を歩き回った。
(イラリアさんてすごくセクシーだったよね)
彼女の扇情的なデザインのドレスを思い出す。
(どうしよう、所長がぐらっときちゃったら!)
さっき熱い告白を受けたにも関わらず、自分に自信のないマーガレットの心は不安に揺れる。
頭を抱えながら檻の中の熊のように歩き回っていると、メグがベッドのそばにある明かりをつけた。
そしてあきれたような目で自分の主を見る。
「お嬢様、落ち着いてください」
メグはマーガレットをソファに座らせると彼女に温かいお茶を用意し、「失礼します」と言って自分も彼女の隣に腰かけた。
そしていまだにブツブツ言っているマーガレットの両肩をつかみ、自分のほうへ向けると言った。
「お嬢様、アレックス様はあなた様以外まったく眼中にありません。どうかお気にやむのをおやめください」
それを聞いたマーガレットはその大きな瞳に涙をためながら言い募る。
「でもイラリアさんてとってもきれいで色気があったし・・・」
それを聞いたメグはフンと鼻を鳴らして言った。
「あんな色仕掛けしか脳がなさそうな年増女を、美しく聡明でお優しいお嬢様と比べることすらおこがましい」
あんたも相当な主人バカだな、とジョシュアがいたらメグにつっこんだだろう。
だがそんなメグの言葉にマーガレットはクスッと笑うと言った。
「そうね。心配したってしょうがないわね。どちらにしろ、所長が彼女を選ぶならわたしにはどうしようもないことだし」
なぜか若干諦めモードのマーガレット。
そんな彼女にメグは言う。
「そんなこと天地がひっくり返っても起こりえませんよ」
やたら自信満々に言い切る自分の侍女がおかしくてマーガレットは笑った。
「ありがとう」
メグがそばにいてくれてよかった、とマーガレットは心の底から思った。




