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カザブの野望編 第3話

目の前には思いっきりヘソを曲げたまま仕事をするアレク、後ろにはドアにもたれながらニヤニヤ笑うジョシュア、そして横には淡々とアレクの仕事を振り分けていく先ほどの知的な青年、フォル。


むくれながら紹介してくれた所長によると、彼は所長の側近をしているらしい。


(えっと、帰っていいのかな)


マーガレットはアレクの執務室にある小ぶりなソファに腰掛けながら思った。

そろそろ日も傾き始めているし、このままでは今日中に仕事に戻れなくなってしまう。


そう思って立ち上がりかけると、そんな彼女を見たアレクは言った。


「馬車を手配していますので、家まで送ります」


マーガレットはそれを聞いて慌てて首を振った。


「大丈夫です。一人で帰れます」


これ以上アレクの時間を奪ったら、隣にいる濃紺の髪の側近に睨み殺されるかもしれない。

だがそんなマーガレットにアレクは呆れたように言う。


「あなたをそんな格好で一人で帰すほど私は愚かではありません」


それを聞いてマーガレットは思い出した。


(そうだ、ドレスを着ていたんだった)


滅多に着ないのでうっかり失念していた。

確かにこの格好で一人で帰るのは色々とまずい気がする。


「あの、では馬車だけお借りします」


マーガレットがそう言って食い下がると、アレクは仕事の手を止めてペンをおき、彼女を見てにっこり笑った。


「あなたは私が送ります。これは決定事項です。いいですね?」


「・・・はい。わかりました」


アレクの発する圧力にマーガレットはあえなく撃沈した。


その有無を言わせぬ雰囲気に彼が王子であるということをしみじみ実感したのだった。



***



次の日からマーガレットはいつも以上に研究に打ち込み出した。

普段から人一倍研究に打ち込んでいるのだが、今の彼女は鬼気迫る様子だった。

一刻もはやく魔法石を悪用できないように改良するためだ。


マーガレットは仮眠室に泊まり込みながら、朝早くから深夜まで毎日のように研究を続けた。



ーーそして3週間後。


ついに、魔法石の完成版が出来上がった。


完成版はマーガレットが初めに書き込んだ魔法しか使えないように機能と最大出力値が限定されており、彼女の許可なしには改変できないようにしてある。


例えば料理用コンロに設置する魔法石を錬成する場合、その魔法石が受け入れる魔法を火に限定し、さらにどんなに魔力を注ごうとも料理するのに十分な火力しか出ないように初めからマーガレットが設定してしまうというわけである。


「で、できた・・・」


彼女はボロボロの体で力尽きてデスクに突っ伏した。


「ついにできたの?」


モニカが寄ってくる。

マーガレットは身を起こすと、にっこり笑って親指を立てた。


「おめでとう、マーガレット!」


モニカは自分のことのように喜んで、彼女を抱きしめた。


「やったな、マーガレット。お疲れさん」


ウィルもそういうと、マーガレットの肩を叩いた。


「よし、今日はお祝いだ。仕事を切り上げて飲むぞ!」


そんなウィルにマーガレットとモニカは顔を見合わせて笑ったのだった。




***




夕闇迫る中庭で、3人はウィルが食堂から拝借したワインを飲んでいた。


そんなことしていいのかとマーガレットとモニカが呆れると、


「なあに、後で新しいの戻しときゃ問題ない」


と言ってウィルはニヤリと笑った。


それを聞いた二人は苦笑する。


「それじゃ、マーガレットの魔法石が完成したことを祝って、乾杯!」


ウィルの音頭に合わせて、三人はカチンとグラスを合わせた。

三人は他愛もない話をしながらどんどん杯を空けていく。


しばらくするとウィルが食堂からチーズとクラッカーを拝借してきて、それをつまみにまた飲んだ。

女子二人も酔いが回りつつあったためか、誰もウィルをとがめない。


マーガレットも普段はお酒はたしなむ程度しか飲まないのだが、魔法石の完成による気の緩みからかけっこう杯を進めていてほろ酔いになっていた。


あたりが本格的に暗闇に覆われてもまだ三人は飲んでいた。

研究所内の明かりがうっすらとあたりを照らしている。


空のワインボトルが二本、三本と増えてきたころ、顔を赤くして若干目が据わっているモニカが突然言った。


「それで〜、マーガレットと所長はどこまで進んでるの〜?」


いきなりの質問に、マーガレットは先ほど口に入れたばかりのワインを吹きそうになるのを我慢して盛大にむせた。


「ゲホッ、ゲホッ。なによ突然」


マーガレットは目に涙をにじませながらモニカに聞く。


「だって〜、気になるじゃない。ウィルも気になるでしょ?」


そうなの?と思いつつウィルの方を見ると、ウィルは驚いたような表情でマーガレットを見ていた。


「えっ。マーガレットと所長って付き合ってるのか?」


それを聞いたモニカが自分の膝に頬杖をついて呆れたような顔でウィルを見た。


「ウィルってば鈍い〜。気づいてなかったの?」


そう言われたウィルは頭を抱え込んだ。


「全然!まじか〜〜〜〜!」


(そういえばモニカはこの前の事件で所長と私が一緒にいるところを見てるけど、ウィルはそこにはいなかったし貴族の舞踏会にも参加しないから知らなくて当然か)


そんなことを考えるマーガレットをモニカがつつく。


「で、どうなのマーガレット。白状しちゃいなさい」


そう言うモニカにマーガレットが頬を引きつらせる。


「えっと、どこまでって言うのはどういう意味の?」


マーガレットはモニカの意味するところが自分の勘違いだったら恥ずかしいので一応確かめておく。


「それはもちろん、ハグとか〜、キスとか〜、セッ、むぐっ」


マーガレットは慌ててモニカの口を自分の手で塞いだ。


「わ、わかった!わかったから!」


マーガレットは頭を抱え込みたい気持ちになった。

自分を見つめる二人に見逃してという視線を送るが、モニカはニヤニヤ、ウィルはなぜかぶーたれながらこちらを見ている。


マーガレットはため息をついて腹をくくると真っ赤になりながら言った。


「ハ・・・ハグまで」


それを聞いた二人は目を見開いた。


「え〜!まだそれだけ!?」


「よっしゃ〜〜〜〜〜!」


順にモニカ、ウィルとそれぞれ思い思いの言葉を叫ぶ。


マーガレットは二人の反応にどうリアクションしていいかわからず膝を腕で抱えてうずくまる。


「盛り上がってますね」


そこに穏やかな声が響いた。

見ると渡り廊下にアレクが立っている。


「あ、所長〜。所長もこっちきて飲みませんか〜?」


モニカがアレクを手招きする。


その言葉にアレクがこっちにむかって歩いてくる。


「こんなところで宴会ですか?」


そばまでやってきて聞くアレクにモニカが答える。


「えへへ、そうなんです〜。マーガレットの魔法石完成記念のお祝いです」


そう言うと、モニカはマーガレットの腕に抱きつく。


アレクは驚いたようにマーガレットを見た。


「そうなんですか?」


その言葉に、マーガレットは微笑んで頷く。


「はい。今日やっと完成しました」


その言葉にアレクは花がほころぶような笑顔を見せる。


「それはおめでとうございます。そんなにめでたい席なら私も混ぜてもらいましょう」


そう言うと、マーガレットとウィルの間に腰を下ろした。


「わあ、所長とお酒飲むの初めて!わたし食堂からもうひとつグラスとってきます」


そう言うとモニカは立ち上がった。


「あ、すみません。モニカ」


アレクがモニカにいうと、彼女は「い〜え〜」と言いながら、食堂に駆けて行った。

けっこう飲んでいた割に彼女の足取りは確かなようだ。


そこにウィルの低い声が響く。


「二人はいつから付き合ってるんですか?」


マーガレットがウィルを見ると、彼は不機嫌さを隠しもせずアレクを見ていた。

そんなウィルにアレクは苦笑すると、えーと、と考える。


「僕の誕生日からなので、だいたい1ヶ月前からでしょうか?」


それを聞いたウィルはまた「まじか〜〜」と頭をかかえる。

そして後ろにバタッと倒れる。


それを見たマーガレットが心配そうに聞いた。


「ウィル、大丈夫?さっきから様子がおかしいけど」


そんなマーガレットの言葉にウィルの弱々しい返事がある。


「大丈夫じゃね〜〜〜」


「えぇ?」


マーガレットは一体どうしたのだろうとウィルに近寄ろうとすると、ウィルがガバッと起き上がった。

そして爆弾を落とす。


「でもまだハグまでなんだよな!」


それを聞いたマーガレットはピキと自分の左隣の空気が凍るのを感じた。

恐る恐る横を見ると、氷のような笑顔でマーガレットを見つめるアレクがいる。


「どういうことですか?」


それに対し、しどろもどろに言い訳するマーガレット。


「ええっと、その、さっきモニカに問い詰められまして・・・」


「俺にもまだチャンスはある!」


そう叫ぶウィルに、アレクが「ありません」と氷点下の声音で言い放つ。


そこにモニカがグラスを持って戻ってきた。


「所長〜、お待たせしました!」


そうして四人でまた仕切り直しの乾杯をした。


「それにしても所長とマーガレットがまだチューもしてないなんて・・・」


「モ、モニカっ!!」


マーガレットはうまい具合に流れた話を再度蒸し返されて慌ててモニカをたしなめる。


「それに関しては私も非常に不本意に思っています」


「しょ、所長!?」


マーガレットは思わぬ所長の返しにギョッとして彼を振り返った。


「呪われているとしか思えません」


真面目くさった顔でいう所長にマーガレットは真っ赤になる。

確かに、毎回そういう雰囲気になるたびに直前で邪魔が入って、まだキスをするまでいたっていないのだが・・・

所長が真剣に残念そうなのでマーガレットは嬉しいような恥ずかしいような変な気分にさせられた。


「じゃあ、今ここでしちゃったらどうです?」


モニカがニコニコしながら爆弾発言をする。


「そそそ、そんな!無理に決まってるでしょ!」


「え〜、どうせ結婚式では人前でするんだし〜」


「それとこれとは話が別!所長もなんとか言ってください!」


「私はかまいませんが」


「そうそう、かまわ・・・ええっ!?」


そう言ってる間に所長にがっちり肩をホールドされて逃げられなくなるマーガレット。


「所長酔ってます?冗談ですよね?」


「きゃあっ、所長、おっとこ前!やっちゃえ〜!」


(モニカったら〜〜〜っ!他人事だと思って!)


真っ赤な顔で彼女を睨むも楽しそうにニコニコしていてまったく効き目がない。

やがてモニカの方へ向いていたマーガレットの顔を、所長は手でそっと自分の方に向けた。


キラキラしい容貌にお酒が入ってちょっと潤んだ瞳がマーガレットを見つめてくる。


(い、色気がっ。腰がっ)


アレクの醸し出す色気に腰砕けになったマーガレットは抵抗を諦めてぎゅっと目をつむった。

やがてくるであろうそれに緊張していたが、


「はい、そこまで〜」


見るとマーガレットとアレクの口の間にさきほどからつまみにしていたクラッカーが挟まれていた。

いつの間にかそばまで来ていたウィルが挟んだようだ。


「いくらなんでも目の前でされるのは許せないっしょ」


ウィルがふんと鼻をならすと、アレクの目が剣呑に細められた。

マーガレットは人前でキスする事態を避けられてホッとするとウィルを擁護した。


「そうよね!人前でキスなんてするもんじゃないよね!」


ウィルはそういった意味で止めたのではないが、マーガレットは彼が一般論としてキスを人前でするのはよくないと言っているのだと勘違いした。


「も〜、ウィルってば野暮〜」


モニカが面白くなさそうに口を尖らせている。


「もうっ、モニカも所長も悪のりしすぎです!」


マーガレットがむくれると、二人は少しバツの悪そうな顔になって言った。


「そうね、ちょっと悪のりしすぎだったかも。ごめん、マーガレット」


「私もです。つい本気になってしまって。すみません」


若干アレクの言葉にひっかかりがあったものの、マーガレットは二人の謝罪に苦笑して言った。


「ううん、お祝いしてくれてるのすごく嬉しいから。みんな本当にありがと。所長もありがとうございます」


皆は照れ臭そうにマーガレットを見ると、「じゃ、もう一回マーガレットの魔法石完成にかんぱーい」というモニカの声でグラスを打ち合わせた。


頬にぬるい風があたる初夏の中庭で、その夜は和やかに更けていった。




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