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カザブの野望編 第2話

応接室に到着するとアレクはマーガレットをソファに座らせ侍女にお茶の準備を言いつけた。

そうして彼もマーガレットの向かいにゆったりと腰かけると、じっとマーガレットを見つめた。

マーガレットは再び彼の視線を感じてたじろぐ。


(なんか今日はやけに所長が見つめてくるんですけど)


マーガレットは内心の動揺をごまかすように応接室の中をさりげなく見回した。

さすが王子様の応接室だ。

センスが良くて一目で一級品だとわかる調度品が揃えられている。


そうやって部屋を眺めているマーガレットの足に、突然温かいしぶきがかかった。


「きゃ!申し訳ありません!」


マーガレットが驚いて声のした方を見ると、侍女がマーガレットのそばでカップを取り落としてしまっていた。


絨毯に紅茶のシミが広がっていて、マーガレットの足とスカートと白衣にも少しかかっている。


あらあら、とマーガレットがそれを見ていると、侍女はマーガレットに平身低頭で謝った。


「本当に申し訳ありません」


「あ、いいのよ。気にしないで」


どうせ汚れてもいいような仕事着だしね、とマーガレットは内心で思うが侍女はひたすら恐縮している。

それを向かいで見ていた王子は言った。


「これはいけない。すぐに医師を呼び、彼女に着替えのドレスを用意しなさい」


侍女にそう指示するアレクの言葉を聞いたマーガレットはギョッとする。


「あの、本当に大丈夫ですので!」


慌ててアレクに言い募るが、彼は意外に頑固でまったく聞き入れず、結局医師を呼び着替えを用意させてしまった。


そこでマーガレットは何か言いようのない違和感を感じたのだが、それが何かわからなかった。


医師が火傷の”や”の字もないマーガレットの足を診察し終え異常がないとお墨付きをもらうと、さあどうぞこちらへと言う侍女に奥の部屋へ引っ立てられそうになる。


「本当にけっこうです。このまま帰れますので」


マーガレットは必死に抵抗するが、アレクは首を横に振ると言った。


「女性の服を汚したまま返すなど、私の矜持が許さない」


そして結局連行され着替えさせられてしまう。


ドレスは来客用のもので、マーガレットにサイズが近そうなものを選んだのだろう。

驚くほどぴったりで、侍女のサイズを見破る眼力に感心する。


(さすが王宮のドレス。センスも質も最高ね)


マーガレットは着せられたドレスを見て感心した。

ワインレッドのドレスは首元は浅く肩を覆っているデザインで、鎖骨がきれいに見えている。

二の腕を覆うレースの袖口は上品で、スカートは広がりすぎず動きやすい。

機能的かつ品のあるドレスだ。


そうやってマーガレットが感心しているうちに髪を結われ、軽く化粧をほどこされる。


あっという間に貴族令嬢バージョンのマーガレットが出来上がった。


(って、私仕事の途中なんですけど!)


こんな格好で魔法研究所には戻れない。


(仕方がない、一度着替えに家まで戻るしかないわね)


マーガレットはがっくり肩を落とすと、侍女たちに連れられ応接室へと戻った。

アレクが戻ってきたマーガレットを見て席を立つ。


そして歩み寄ってくると、マーガレットの手を取り手の甲に口付けた。


「とてもきれいだ」


マーガレットはそのストレートな褒め言葉に頬をそめる。

アレクは彼女の両肩に手を置き、耳元で囁いた。


「帰したくなくなるな」


それを聞いてマーガレットは真っ赤になる。

アレクがさらに何かを言おうとしたその時、応接室のドアがバタンと勢いよく開け放たれた。


「兄上!」


そう言って飛び込んできたのは、なんと”アレク”だった。


「えっ!所長!?えっ?」


マーガレットは目の前にいる”アレク”と、ドアから入ってきた”アレク”を見比べる。


(ふ、双子!?)


大混乱しているマーガレットの元に、ドアから入ってきた”アレク”がずんずんと歩み寄ってきた。

そして彼女の手をひき、自分の後ろへかばうように移動させると、もう一人の”アレク”と向き合う。


「兄上。いたずらがすぎますよ」


そういうと目の前にいる”アレク”を睨む。


(あ、兄上?ということは、中庭で私があったのは第一王子殿下だったってこと!?)


第三王子であるアレックスもといアレクには兄が二人いるが、そのうちの一人である第二王子はアレクとは母親が違うためここまで似ているはずがない。

ということは必然的に目の前にいるのは第一王子ということになる。


(それにしてもめちゃくちゃそっくりなんですけど)


こうして隣に並んでみれば、確かに体格とか雰囲気とかの違いはわかる。

だが別々の場所で会ったらまず気づかないぐらいには似ている。


「残念。もう見つかっちゃったか」


第一王子はそう言うと楽しそうに笑った。

それを聞いたアレクは不機嫌そうに兄を睨んで言った。


「まったく。悪趣味すぎます」


それを聞いてクスクス笑う第一王子。


「悪かった。マーガレット嬢がかわいくてつい、ね」


それを聞いたアレクはますますムッツリすると、くるりと踵を返しマーガレットの手を引いてドアへ向かう。


マーガレットが慌てて第一王子にお辞儀をすると、彼は「いつでも遊びに来てね」と彼女に言って手を振った。



***



本物のアレクはマーガレットを王宮内にある自分の居室に連れてくると、そのまま応接室を通り抜けドアを開けて隣の部屋に入る。


広い室内に大きなベッドが真ん中に一つと、チェストや椅子などが置いてある。

どうもここは所長の寝室らしい、マーガレットはそれを見て思った。


アレクはドアを閉めると、珍しげに室内を見ていた私の肩に手を置きくるりと自分の方へと向けた。


「で、どうしてあそこで兄上と一緒にいたんです?」


アレクは微笑んでいるが目が笑っていない。

マーガレットは笑顔を引きつらせながら答える。


「えっと、父の執務室に寄った後に中庭で立っているのをお見かけして、所長だと思ってお声おをおかけしたんです。そしたら、お茶に誘っていただいたので、所長だと思ってそのままご一緒しました」


それを聞いたアレクは、は〜と深く息をついた。


「あの人は私の兄でこの国の第一王子です」


それを聞いたマーガレットは、やっぱりと思う。


「彼は私の2つ年上なのですが、あの通り見た目がそっくりで昔からよく双子に間違えられました」


うんうん、わかるとマーガレットは頷く。

近くに並ばないとわからないくらいには似ていた。


「それを利用して兄はよく僕のふりをしてああして遊ぶのです」


そしてアレクは深々とため息をつく。

きっと普段からあの第一王子殿下に振り回されているのだろうというのがアレクの疲れた様子から見て取れた。


「それで、なんでドレスを着ているんですか?」


そう言って、アレクはマーガレットを上から下まで見回した。


「あ、これは第一王子殿下の侍女がお茶を床にこぼしてしまって、それでわたしの服にも少しはねたので着替えを用意していただきました」


それを聞いたアレクの機嫌が目に見えて悪くなる。

焦ったマーガレットは必死に言い募った。


「お断りしたんです。必死に!でも汚れた服で帰すのは矜持が許さないと言われて・・・」


この国の王子にそこまで言われて断れる人間はいないだろう。


「まったくあの人は。それは兄がよく使う手口なのですよ」


それを聞いたマーガレットはきょとんと首をかしげる。


「手口?」


そんなマーガレットにアレクは渋い顔で言う。


「あの人は侍女を言いくるめて粗相をさせ、女性を着替えさせるのです」


「えっと、何のために?」


アレクはマーガレットを見ると、彼女の質問には答えず逆に質問をした。


「あの時、兄になんて言われてました?」


「あの時?」


アレクはちょっといらだったように言った。


「私が部屋に入ってきた時です」


そう言われて、ああ、と思い出す。


「確か”きれいだ、帰したくなくなる”というようなことを・・・」


そこまで言ってマーガレットはハタと気付いた。


(え?もしかして口説かれてた?)


マーガレットの表情を見たアレクはなおも不機嫌そうに言う。


「そういうことです」


マーガレットは口元を覆って狼狽した。


(ひょっとしてわたし、けっこう危なかった?)


第一王子に口説かれてノーと言える人間はそういないだろう。

例え、マーガレットが非公式に第三王子であるアレクの婚約者だったとしても、ノコノコ部屋について行ったのは自分だ。

どんな言い訳も通用しない。


まあ第一王子が自分の弟の恋人を本気で口説くつもりだったとは思えないが。


そんなマーガレットにアレクは真剣に聞いた。


「あの人に何もされてませんよね?もし何かあったんなら、私が今から行って兄をコテンパンにのしますが」


マーガレットは慌ててブンブンと首を横に振った。


それを見たアレクはマーガレットを優しく抱きしめる。


「あなたには心配させられてばかりです」


それを聞いたマーガレットはバツが悪くなった。


(確かにわたしってトラブルに巻き込まれてばかりかも)


そう思って謝る。


「ごめんなさい、所長。でも今回のは許してほしいです。わたし本当にあの方を所長だと思って、久しぶりに話ができると思って舞い上がってたんです」


アレクはマーガレットの肩越しにフッと短く息をつくと体を起こしてマーガレットの目を見つめた。


「私もあなたと会えてうれしいですよ、マーガレット」


その言葉にマーガレットは頬を染めてうつむく。

そんなマーガレットを見てアレクはつぶやいた。


「このドレスは目に毒です」


「え?」


次の瞬間、アレクがマーガレットの鎖骨のあたりに口付けた。


「あっ」


マーガレットの体に痺れるような感覚が走る。

アレクは徐々に首筋、頬と口づけると耳元で熱く囁いた。


「今ここであなたを私のものにできたらいいのに」


そしてマーガレットの頬を包んで上を向かせると、熱を宿した目でマーガレットの潤む瞳を見つめながらそっと顔を近づけた。


マーガレットも目を閉じ、もう少しで唇がひとつに重なるその瞬間。

コンコンとノックの音がしてガチャリと部屋のドアが開く。


「アレックス。仕事してください」


そっけない男の声が室内に響いた。


「〜〜〜〜〜〜っ」


マーガレットの肩に額をのせ突っ伏すアレク。

そして彼女はアレクの頭越しに、先ほど父ヴォルグの執務室にいたフォルという青年が不機嫌そうに立っているのを見たのだった。


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