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閑話 二人の男 前編

ジョシュアの回想になります

「おいアレックス、大丈夫か?」


俺はそう言って自分の仕える主であるこの国の第3王子に声をかけた。

俺の名前はジョシュア・カロラナ・ノル・ラフェル。


リチリアという国の第3王子の第一騎士をしている。

一応、ラフェル子爵家の嫡男でもある。

が、市井で悪ガキどもと暴れて育った俺は、立ち振る舞いや言葉遣いなんぞそこらの庶民より粗野だ。


俺が王子の専属騎士となったのは5年前。

見習い騎士として16歳に入団してから2年後、正騎士に昇格した俺は剣の腕を見込まれてこの大役に抜擢された。


やつの側近のフォルが、王子と年の近い俺を推したらしい。

王子は俺の3歳年下、そしてフォルは俺と同い年だった。

アレックスと俺は悪ガキ的な意味で息が合い主従というよりはマブダチという関係だった。


フォルも王子や俺に苦言を呈しながらもけっこう楽しそうにしている。

もちろん人前では王子と騎士としてきちんとすることも忘れない。


「なんか顔色悪いぞ」


俺はさえない顔色のアレックスが気になり声をかけた。


「大丈夫です」


アレックスはそういうと俺がやつの肩に置いた手を振り払う。


「調子悪いならちゃんと言えよ。俺が管理不行き届きだってフォルに言われるんだからな」


まったく、駄々っ子かと思いながら俺はアレックスを見た。


「大丈夫だって言ってるでしょう」


仕事の手を止めないアレックスにやれやれと肩をすくめると、自分の定位置であるドアのそばへと戻き腕を組んで壁にもたれかかる。


滅多に調子を崩さない傍若無人な自分の主が調子悪そうにしている。

思えばこれが何かの予兆だったのかもしれない、と俺は後になって思った。


それから1週間後、アレックスはついに過労で体調を崩した。

やつの仕事は主に国内の治安の維持だが、なぜかあちこちで誰かが仕組んだかのように同時多発的にトラブルが相次いだ。


そしてこういうときに限ってやつの右腕のフォルは第二王子の地方視察に付き合う羽目になっていやしねえ。

アレックスはそのトラブルの解決に奔走し、文字通り寝る間もなかった。


俺はベッドで横たわるアレックスのそばに椅子を持ってきてそこに座り込んだ。

入れ替わり立ち代り世話をしにくる侍女が邪魔そうにしているが知ったことか。


こう見も知らねえ人間が入れ替わり立ち代りくるんじゃ、おちおち寝ることもできやしねえ。

王宮は広く、全部の雇い人の顔なんぞ覚えてないからな。

俺はほとんど寝ずに、アレックスの周囲を警戒していた。


そして数日経った真夜中、俺は異変に気付いた。

アレックスの様子がおかしい。


「おい、アレックス!おい!」


アレックスはかろうじて意識があるのか、口を必死に動かし何かを伝えようとしている。

俺が聞き取れたのは、”侍女”と”気をつけろ”という単語だけだった。


アレックスの様子は明らかに過労にしてはおかしかった。

衰弱しすぎている。


(まさか・・・)


俺はある可能性に思い当たった。

それは毒だった。


だが、第3王子ともなれば毒見役は必ずいる。

現に王子にも食事が運ばれてくるたびに、目の前で毒見役が毒見をしていた。


(いや、だが待てよ。もし料理以外のものに毒を仕込んでいたら?)


王族は毒がすぐわかるように銀食器を使うが、もし銀食器に反応しない毒があったとしたら。

毒見役と王子の匙は別だからな。

毒は銀食器に反応するのが常識で、誰も匙に毒を塗るなんて思いもしない。


今はそんなこと考えてる場合じゃないと俺は王宮医師を呼ぶために立ち上がりドアへと向かった。

そのとき音もなく部屋のドアが開いた。


黒づくめの男たちが数人部屋の中へ忍び込んでくる。


「なんだ、お前ら!」


俺は寄ってきたやつを剣を抜きざまに切りつけた。

呻き声をあげて倒れる。


一人が俺に斬りかかり、もう一人がアレックスの方へと移動する。

俺は目の前のやつの剣を弾き、体を蹴り飛ばすとすぐさまアレックスの元へと向かった。


そして、アレックスを斬りつけようとしている男をベッド越しに切る。

手応えの浅さに俺は舌打ちをした。

その時、部屋の中に一人の侍女が入ってきた。


侍女は部屋の中の惨劇を見ると、その場にへたり込む。

それに気を取られた一瞬の隙に、俺は後ろから斬りつけられた。

膝をついた俺の目の前で、黒づくめがアレックスの上で剣を振り下ろそうと構える。


「アレックスから離れろお!」


俺は力を振り絞って立ち上がるとアレックスのそばで振りかぶっている黒づくめのやつを剣で串刺しにする。

だがその時、誰かが俺を後ろから刺し貫いた。


腹から生える剣を見下ろす俺。

ゆっくり振り向くとそこには、さっき部屋に入ってきた侍女がいた。


「おやすみ、騎士様」


侍女はにっこり笑ってそういうと、俺の腹から剣を引き抜いた。


「き、さま・・・」


侍女は崩れ落ちる俺の横を通り過ぎ、アレックスの上で短剣を振りかぶった。

俺は朦朧とする意識の中で叫んだ。


「やめろおおおおおおお!!!!」


そして俺の意識は闇の中へと落ちていった。



***



気がつくと俺は牢の中にいた。

腹には申し訳程度に包帯が巻かれていて、血がにじんでいる。


あの夜のことがフラッシュバックでよみがえってくる。

俺は・・・アレックスは・・・アレックスが死・・・


「うああああああ!!!」


俺は牢の中で慟哭した。


それから何日が経過しただろうか。

すべてがどうでもよかった俺は、差し入れされる食事にも手をつけず、ただただ壁際でうずくまっていた。

俺がなぜ牢屋にいるのかもなんとなく見当はついたが、それさえもどうでもよかった。


俺は死にたかった。

自分の主を救えなかった騎士に生きてる資格などない。


俺はただこの命の灯火が早く尽きてくれるようにとそればかり願っていた。


それからまたいく日かが過ぎた。

腹の傷がうずく。

熱もあるみたいだ。

ちゃんと処置しなかったせいで傷口が膿んでるんだろう。

俺は座っていることさえもできなくなり、冷たい石の上に横たわっていた。


カツ、カツ、カツ、と硬い音が響き渡る。

しばらくすると、牢屋の入り口が開いて誰かが入ってきた。

そして、俺の目の前で止まる。

質の良さそうな黒い革靴が俺の視界に入った。

ああ、どっかのお偉いさんが俺を処刑にするために連れて行くのかな、とぼんやり思った。


「あなたは阿呆ですか」


(ああ、ついにヤツの幻聴が聞こえるようになったか。それとも迎えか?)


どうせなら迎えは美人の女神なんかがよかったなと思う。

それがよりによってアレックスだとは。


暖かい光が俺の腹を包む。

疼くような痛みが徐々に消えていき、意識がだんだんはっきりしてきた。

それにつれて視界もクリアになってくる。


俺は目の前にある無駄に綺麗な顔を見た。

信じられない。

あのときアレックスは確かに・・・


「お前、化けて出るには早すぎるんじゃねーのか?」


俺の言った軽口に、アレックスは俺を馬鹿を見るような目で見て言った。


「寝言は寝て言ってください。生きてますよ」


「うそつけ」


「なんなら確かめます?」


そういうなりアレックスは俺の頭を拳で思いっきり殴りやがった。


「っつ〜〜〜〜。お前、ちょっとは手加減しろよ」


俺が頭を押さえてうずくまりながらそう言うと、やつはフンと鼻を鳴らしていった。


「私に断りもなく死のうとする阿呆にはいい薬です」


ぎくり、と体を強張らせる。

このまま牢の中で死ぬつもりだった事を見透かされていたらしい。


「・・・死んだと思った」


ぽつり、と俺がこぼした言葉に


「正直間一髪でしたけどね。第二王子が行っていた視察自体がどうもやらせだったようで。それに気づいたフォルが馬を飛ばして帰ってきたので助かりました」


それを聞いた瞬間へなへなと体から力が抜けるのを感じた。


「フォルのやつ、やるじゃねえか」


へへ、と力なく笑う。

そしてなにより。


(アレックスが生きていた・・・)


俺は頭を抱えうずくまったまま声を殺して号泣した。



***



「さ、大の男がいつまで泣いてるんです。行きますよ」


「あ?行くってどこに?」


俺は涙を荒っぽく拭うと顔をあげてアレックスを見た。


「もちろん、私の部屋に帰るんですよ」


そう言うと、アレックスは牢屋の入り口に向かって歩き出す。


「ちょっと待て。俺の罪状はどうなってる」


ぴたり、と牢屋から出ようとしていたアレックスの動きが止まった。


「・・・そんなもの、後からどうにでもなります」


「ごまかすな。吐け!」


俺はそう言うと、立ち上がってアレックスの襟首を掴みあげた。

腹が減ってふらつきそうになったが、なんとか持ちこたえた。

アレックスは俺から目をそらすと、ポツリ、ポツリと言葉をつないだ。


「・・・あなたの罪状は、王子暗殺未遂。刑は・・・」


アレックスの顔を見た俺はその先の言葉がわかった。


「死刑・・・なんだな?」


それを聞いたアレックスは襟元を掴んでいた俺の手を振り払った。


「だがあなたはやっていない。私が必ずそれを証明します。だから・・・」


「お前は手を出すな」


俺はアレックスの言葉を遮っていった。


「お前はわかっているはずだ。もしお前が独断で俺を牢から連れ出すとどうなるか。そしてそれこそが奴らの狙いだということに」


その言葉にアレックスはギクリと体をこわばらせた。


「おそらく奴らは本気でお前を殺すつもりだったんだろう。だが万が一お前が生き残った場合のために予備のシナリオを用意しておいた。つまりそれが俺だ」


黙ったまま何も言わないアレックスの襟を放し、俺はさらに続ける。


「奴らは俺の急所をわざと外して重傷を負わせた。しばらく生かしておくために。そしてもしお前が生き残った場合、お前が俺を必ず牢から出すと踏んで」


アレックスはギリギリと自分の拳を握りしめる。


「そして奴らは待ち構えていたかのようにこういうだろう。”凶悪犯を王子の独断で牢屋から出した。このような人物が国を治められるわけがない。王位継承権の剥奪を要求する”と」


「私は・・・王位継承権なんていらないっ!」


アレックスは握りしめた拳を牢屋の格子に叩きつけた。

ガシャンという音が辺りに響き渡る。


「王位継承権の剥奪だけならまだいい。さらに奴らはこうも言うだろう。”王家のものが法を破るなど言語道断。今後このようなものが二度とでないように王子を処刑するべきだ”とな」


うつむくアレックスの横顔を彼の銀の髪がサラサラと覆い隠しその表情を隠した。


「アレックス。お前には守るべきものがある。お前の家族やこの国の国民だ。あんな奴らがこの国のトップに立ってみろ。この国はあっという間に地獄となる」


「・・・その守るべきものの中にあなたは含まれないんですか?」


そんなアレックスの言葉に俺は苦笑すると言った。


「大を守るために小を切り捨てなきゃならんことも時にはある。俺のことは初めからいなかったものとして忘れちまいな」


そう言うと、俺はアレックスの肩をポンと叩き、牢屋の奥へと戻っていった。


アレックスはしばらくそこに佇んでいたが、やがてポツリと言った。


「私は諦めない。必ず守ってみせる。私が大切なものすべてを」


そう言うと俺のほうを振り返らないまま、牢屋を出ていった。

開け放されたままの牢屋の扉を、牢番が慌てて閉めにくる。


(ま、お前にゃ何もするなと言ったが、俺が何もしないとは一言も言ってないがな)


俺は牢番と仲良くなり、それとなく死刑執行の日を聞き出した。

食べ物はフォルが直接持ってきたものだけ口にした。

怜悧冷徹なあいつの辛気臭いツラを見て「気にすんな」と言う。

まあそんなこと言われても無理かもしれねえが、あいつには俺のいない分アレックスをしっかり守ってもらわねえといけねえからな。

アレックスはあれ以来牢には来ていない。


ーそして、いよいよ死刑前夜。


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