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消えた魔法石編 第6話

アレクとジョシュア、モニカが話した後、屋敷に騎士達が詰めかけモンテール親子は王宮へと連行されていった。


(めでたし、めでたし、ね)


さあ、研究所に戻ろうとマーガレットがうーん、と伸びをしているとそこに影が差す。


「ん?」


見上げると、アレクが目の笑っていない笑顔でそこに立っていた。


(あ、やば・・・研究所勝手に抜け出したの忘れてた・・・)


マーガレットは身の危険を感じ後退る。


「マーガレット、何か私に言うことはありませんか?」


そう言って怖い笑顔のままジリジリと詰め寄ってくるアレク。


「えっと、その・・・」


そうこうしているうちに壁際に追い詰められてしまう。


「ご、ごめんなさい?」


えへ、と笑うマーガレットの両側を腕で囲うと、アレクは彼女の耳元で囁いた。


「あとでおしおきですよ」


その言葉を聞いて、真っ赤になるマーガレット。


そこにゴホン、ゴホンというわざとらしい咳払いが響いた。


マーガレットがアレク越しに向こうを見ると、そこにはむっつり不機嫌そうなジョシュアと、目をキラキラさせてこちらを見ているモニカがいた。


(そうだ、彼らがいるの忘れてた)


赤い顔のままアレクの腕の囲いから抜け出すと、マーガレットは髪を耳にかけながら誤魔化すように笑って彼らに近寄って行った。


ジョシュアは不機嫌そうなままマーガレットに言う。


「なんだよ、あんたとアレックスとできてんの?」


(アレックス?あ、所長のことか!)


「で、できてるっていうか、その、あの・・・」


へへへ、と誤魔化すように笑うマーガレットにジョシュアは疑わしそうな目を向けていたが、まあいいかと小さく息をつくと言った。


「じゃあ、俺らは行くよ」


そういって、踵を返すジョシュア。


「マーガレット、またね」


モニカもそう言うと彼のあとを追った。


そこでマーガレットは、ふとジョシュアのハンカチがまだポケットに入っていることを思い出した。


「あ、待って!」


マーガレットはジョシュアに駆け寄ると、ポケットからハンカチを出して渡した。


「これ、返すね」


「ん?ああ、これか」


そう言うとジョシュアはそのハンカチを受け取った。

がすぐにマーガレットに突き返す。


マーガレットがハテナを浮かべながら受け取ると、ジョシュアはいった。


「それやるよ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


「えっと、でも・・・これモニカが刺繍したんじゃないの?」


そういって、藍色の糸で”J”とさされた刺繍の部分を指差す。

つたない手でがんばって刺繍した感じがありありと現れている。

マーガレットの手元を横から覗き込んだモニカが言った。


「え〜?違うわよ。私そんなに下手じゃないもん」


「え?そうなの?私はてっきり・・・」


そう言うマーガレットにモニカは笑いながら言った。


「あ、それお兄様が昔自分で刺繍したやつだ」


「モ、モニカ!お前余計なこと言うな!」


「いいじゃない別に〜」


真っ赤になって慌てるジョシュアに、モニカはどこ吹く風だ。


手元にあるハンカチの刺繍と逃げるモニカを追いかけるジョシュアを見比べてマーガレットは思った。


(ジョシュアって・・・意外に乙女?実は刺繍男子とか?)


今の彼のいかつい体からは、刺繍をしているところなど全く想像もつかない。


そんなことを考えているマーガレットの肩に、アレクが後ろからポンと手を置いた。


振り返ると優しい笑顔のアレクと目があう。


「我々も帰りますか」


マーガレットはその言葉に微笑んで頷くと、手の中のハンカチをポケットにしまった。



***



「マーガレット、本当にごめん!」


後日研究室で、モニカはそう言うとマーガレットに向かってガバッと頭を下げた。

それを見たマーガレットは困ったように笑う。


「いいんだよ。頭を上げて、モニカ」


「でもわたし、マーガレットのデスクの引き出しの鍵を壊して、魔法石まで盗んで・・・」


頭を下げたままそういうモニカ。

マーガレットはモニカに歩み寄ると、彼女の両肩をつかみそっと体をおこした。


「もうそれはいいの。モニカにはモニカの事情があったんだし」


それを聞いたモニカはなおもうつむいたまま唇を噛み締める。


「それで箱の中に魔法石が3つあったでしょ?ひとつは私たちが屋敷に着く直前にモニカが使って、もうひとつは砕け散ったよね。あとのもうひとつはどうしたの?」


それを聞いてモニカは表情を暗くする。


「男に、渡したの」


「男?」


聞き返したマーガレットにモニカはうなずいた。


「いつも深緑色のローブを着て、フードを目深にかぶった男」


(ああ、あの物置小屋の近くでモニカと一緒にいた・・・)


マーガレットは考えると、モニカに聞いた。


「それでその男は今どこにいるの?」


モニカはそれを聞いて力なく首を横にふる。


「わからないわ」


「わからない?知り合いじゃないの?」


モニカは再び首を横に振る。


「知り合いじゃないわ。ある日街を歩いていたら声をかけてきて、マーガレットの開発した魔法石を持ってきたら、わたしの復讐を手伝ってくれるって言ったの」


「わたしの開発した魔法石?」


モニカは頷く。


「そう。魔法石をひとつくれれば、わたしの復讐が成功するように手を貸すって」


「その男の顔や名前はわかる?」


その言葉にモニカは黙って首横に振った。


「声は若そうだったけど、いつもフードを目深にかぶっていて顔は見えなかったし、名前もわからないわ」


それから、モニカはあっと言って付け加えた。


「でも彼の言葉に少しリチリアとは違うなまりがあったような・・・」


「リチリアとは違うなまり?」


「そう。たぶんこの国の人ではないと思う」


マーガレットは彼女の言葉に、何か不穏なものを感じてぞくりと寒気が背筋を這い上がるのを感じた。



***



「そうですか」


日も傾き始め、壁の色がオレンジ色に染まり出した午後の所長室にて、マーガレットは先ほどモニカと話したことをアレクに報告していた。

その話を聞いたアレクの顔はさえない。


(所長もわたしと同じこと考えてるのかな)


つまり。


「カザブ絡みでしょうか」


アレクはつぶやいた。

この国リチリアと国境を接する軍事大国。


「これがあの国の仕業である可能性は高いです。だが証拠がない以上うかつなことは口に出せません」


アレクは短く息をつくと言った。


「あの国に対しては今後も最大限の警戒をしていかなければなりませんね」


マーガレットはうなずく。


「ところでマーガレット」


そういうとアレクは立ち上がる。


「なんですか?」


マーガレットは机を回ってこちらにやってくるアレクを不思議そうに見る。

アレクは彼女の両肩に手を置くと耳元に口を寄せていった。


「お仕置きの件は覚えていますか?」


そういったアレクに、マーガレットの顔が青ざめる。

慌てて距離をとろうとするが、すでに肩をがっちりつかまれていて逃れられない。


「えっと、とっても反省してます」


マーガレットは誤魔化すようにヘラリと笑いながらそういう。


「ではその反省を態度で示してください」


そういうとアレクはマーガレットの頬に手を添え、そっと自分の顔を近づけた。

マーガレットは何が起こるかわかってぎゅっと目を瞑る。


あと少しでお互いの唇が重なり合うというその瞬間。


「おーい。アレックス!来てやったぞ〜」


そう言って、ノックもなしに勢いよくドアを開け放つ男が一人。

マーガレットは慌ててアレクから離れるとクルッと入ってきた人物に背を向けた。


「あれ?マーガレットもいたのか?」


そう呑気にいうジョシュアに首だけ振り向いて手をふるマーガレット。


「ジョ〜シュ〜ア〜」


恨めしげな声が響いたその瞬間、ジョシュアのいた場所にバリッと稲妻が走った。


「うわ!なんだよ。危ねえなあ」


とっさに避けたジョシュアに、


「今日という今日は許さない」


ゆらり、とアレクがジョシュアに向かって歩き出す。


「今日という今日はって・・・俺がいったい何したよ!」


「黙りなさい!」


「人の話聞いてねえ!」


ジョシュアは慌ててドアから逃げ出すと、アレクはそれを追って部屋から出て行く。


それを見たマーガレットは赤くなった顔を手で扇ぎながらホッと息をついた。


(危うく所長とのキスシーンを見られるところだった。危ない、危ない)


そして追いかけっこをするように部屋から出て行ったアレクとジョシュアを思い出しくすくす笑う。


(所長とジョシュアってとっても仲がいいのね。3年もジョシュアの冤罪を晴らす為に尽力してたんだもの。きっと元々すごく仲がよかったんだわ)


ジョシュアの冤罪が晴される事が決まって、アレクもどこか肩の荷が降りたような柔らかい雰囲気になった。

きっと3年の間、彼を守れなかった自分を責め続けていたに違いない。


(よかった、本当に)


マーガレットは頬をゆるめると所長室をあとにし、夕暮れ時の研究所の中を研究室へと向かって歩いて行った。

これで消えた魔法石編が終了です。

次回からジョシュアサイドの閑話をはさみます。

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