消えた魔法石編 第5話
マーガレットと亜麻色の髪の男は人混みの中をほとんど走るようにして移動していた。
やがて、青い屋根をした一つの屋敷が見えてくる。
もうすぐでその屋敷の門に到着するという時、中から爆発音が響いた。
マーガレットと男は顔を見合わせると、同時に走り出す。
屋敷の庭を駆け抜け、玄関のドアを開けると中に飛びこむ。
二人は2階から人の声が聞こえてくるのを確認すると、階段を駆け上がっていった。
階段をのぼりきると、そこには壁が一部吹き飛んでいる部屋があった。
マーガレットは開けっ放しのドアに駆け寄る。
部屋の中にはモニカと深緑色のローブを着た人物、そして屋敷の主であろう床に尻餅をついている父親と息子らしき若い男がいた。
その若い男はこの前王宮のパーティーでマーガレットを襲ったスーリという男だった。
モニカが父親と息子に向かって試作品の魔法石を手に魔法を唱えはじめる。
「モニカ!やめて!」
マーガレットはそう言うと、魔法石を握りしめているモニカの手に飛びついた。
そして魔法石を取り戻そうとモニカともみ合う。
「マーガレット!離して!こいつらさえいなければ兄様は!私の家族は!」
悲痛なモニカの叫び声が響く。
だがそこに、もみ合っている二人に近づく一つの影。
スーリが床に転がっていた材木を拾い、彼女たちに殴りかかったのだ。
ハッと気づくモニカと、マーガレット。
マーガレットはとっさにモニカに抱きつき腕の中にかばうと、襲い来る痛みに耐えようと目をぎゅっとつむった。
だが、痛みは一向にやってこなかった。
おそるおそる目を開けると、目の前に濃紺のローブを着た長身の男が背をむけて二人をかばうように立っていた。
マーガレットと一緒にここまで来た亜麻色の髪の男だ。
男は素手でスーリが振り下ろした材木を受け止めている。
「このお!」
スーリが材木を引き、もう一度殴りかかると、亜麻色の髪の男は彼の腹を蹴り飛ばした。
スーリは部屋の向こうの壁に激突しそのまま意識を失って崩れ落ちる。
亜麻色の髪の男は未だに床で腰を抜かしたように尻餅をついている父親の元へ行くと、彼の前にかがみこみ自分のフードを後ろへ下ろした。
「久しぶりだな、モンテール卿」
その顔を見たこの屋敷の主人であるモンテール卿は、しばらく訝しげに男の顔を眺めていたが徐々にその目を見開き顔を蒼白に変えていった。
「お、お前は!」
その言葉に、亜麻色の髪の男は満足げに微笑む。
「覚えていてもらったようで光栄だよ」
「生きていたのか!」
モンテール卿は動揺をあらわにして叫ぶ。
それを聞いた亜麻色の髪の男はにっこり笑って言い放つ。
「おかげさまで、あんたに陥れられすべてを失った後もなんとかこうして生きてるぜ」
男はそう言って立ち上がると、腰に帯びていた剣をスラリと抜きはなった。
そしてその剣ををゆっくりとモンテール卿の喉に突きつける。
「あんたにかける情けはない。今ここで死ね」
それを聞いたモンテール卿の顔が恐怖に歪んだ。
「ま、待て!そうだ、お前に家と土地をやろう!そこでのんびりと暮らすがいい。どうだ?」
「言いたいことはそれだけか?」
亜麻色の髪の男は冷たく言い放つ。
「ひっ、そ、そうだ。金をやる!お前の望むだけだ!好きなだけやる!」
モンテール卿は後退りながら必死に言い募った。
「金で俺の失ったものは取り戻せない」
男は感情の欠如したような抑揚のない声で言うと、モンテール卿の喉にあてた剣を引く手に力を込めようとした。
が、その瞬間小さく柔らかな手が男の手を止めた。
振り向くと大きな榛色の目に溢れんばかりの涙を湛えたモニカが立っていた。
「兄様・・・」
兄様と呼ばれた亜麻色の髪の男は戸惑ったように目をそらす。
「なぜ止める、モニカ」
「兄様は十分すぎるほどひどい目に合ってきた。もうこれ以上兄様が重荷を背負う必要はないわ」
そうして、恨みと殺気を込めた目でモンテール卿を睨みつけると言った。
「この男は私が殺す。兄様は下がっていて」
そして魔法石を手にモンテール卿に歩み寄る。
「私たち家族の恨みと苦しみを存分に味わうといいわ」
「ひ、ひいい」
モンテール卿はモニカに背をむけて這いつくばりながら逃げようとしていた。
(しまった!どさくさの流れでモニカから魔法石を取り戻すの忘れてた!)
マーガレットは焦ってかけつけようとするが、モニカを中心に巨大な黒煙が渦巻き出し行く手を阻まれる。
(えっ、なにこの魔法!)
マーガレットは錬成術は天才的だが、魔法に関してはかなりの落ちこぼれだったので、モニカが何かとんでもない魔法を使おうとしているということぐらいしかわからなかった。
長い詠唱を終えたモニカは、涙を流しながら恨みのこもった笑みをモンテール卿に向けて言った。
「懺悔はあの世でするのね」
「待て!やめろおお!」
モンテール卿の悲痛な声が響く。
「ダーク・フォール!」
彼女がそう言った瞬間、マーガレットは襲い来る衝撃に備えて身を固くした。
「・・・っ」
が、待てど暮らせど何も襲ってこない。
(あれ?何も起こってない?)
そう思っておそるおそる目を開けると、視界に映ったのは呆然と佇むモニカと、彼女の手の中で粉々に砕け散った魔法石、彼女をかばうようにして抱きしめている亜麻色の髪の男と、床で失禁して気を失っているモンテール卿の姿だった。
マーガレットが一体何が起こったのかわからず困惑していると、開け放されていたドアから深紫色のローブをまとった魔術師が静かに現れた。手にはあの不可思議な紋様の刻まれた杖を手にしている。
「所長・・・」
マーガレットはアレクを見ると、複雑な表情で再びモニカを見た。
モニカは亜麻色の髪の男の腕の中で呆然と立ったままハラハラと涙を流していた。
「なぜ、なぜ殺せなかったの?」
そういうとペタンとその場に座り込む。
「私があなたの持っていた魔法石を壊しました」
アレクは静かにそう言うと、彼らの方へと歩みを進めた。
モニカはアレクを振り返ると叫んだ。
「なぜ!どうしてそんなことしたの!こんな男なんて死んで当然なのに!」
わぁっと床に伏して泣き崩れるモニカ。
そんなモニカのそばにかがみこむとアレクは言った。
「あなたが手を汚す必要などないからです」
その言葉を聞いた亜麻色の髪の男は言った。
「どういうことだ?」
そしてゆっくりとアレクを振り返る。
「ジョシュア・・・生きていると信じていました。あの日からずっと」
アレクは泣きそうな声でそう言う。
「へっ。俺はそう簡単にはくたばんねえよ。お前こそ元気そうだな」
そう言って、お互いの腕を十字の形に打ち合わせる。
「で、妹が手を汚す必要がねえってのはどういうことだ?」
アレクはジョシュアの言葉にうなずいて答える。
「モンテール家の父親とその息子は王子暗殺未遂の罪、公的資金横領の罪やその他もろもろの余罪、さらに息子の方には婦女暴行未遂の罪も加わって、王宮に召喚されることが決定しています」
それを聞いたジョシュアとモニカは目を見開いた。
「だが、あの事件はもう闇の中なんじゃ・・・」
ジョシュアがそう言うと、アレクは彼を見て言った。
「3年前の王子暗殺未遂事件の実行犯を捕らえました。彼女はモンテール卿に指示されてやったと供述しています」
「まじかよ・・・」
「うそ・・・」
モニカは震える両手で口元を覆った。
「じゃあ、兄は・・・」
そんなモニカにアレクは微笑んで言う。
「実行犯が捕まったことで、ジョシュアは冤罪であったと証明されました。王宮から追って知らせがあるはずですが、あの事件で取り潰しになったあなたとジョシュアの実家であるラフェル家は爵位を取り戻し再建、没収されていた領地や屋敷も戻されるはずです」
それを聞いたモニカは顔をくしゃりと歪ませた。
「兄様・・・!」
そして彼女はジョシュアに抱きつくと、兄の胸の中で喜びの涙を流した。
「暗殺の実行犯はあの事件の後、モンテール卿に口封じのため消されそうになり、王都からかなり離れた山の中を転々と移動し身を潜めていました」
そう言ってアレクは深く息をつく。
「手がかりが少なすぎて、探し出すのに3年もかかりました」
その言葉にジョシュアが瞠目する。
「あんたは・・・あれからずっと俺の罪を晴らすために動きつづけていたのか?」
その言葉にアレクが言った。
「当然です。あなたを救うことを諦めるつもりなど微塵もありませんでしたからね。10年だろうが20年だろうが見つかるまで追うつもりでしたよ」
その言葉にジョシュアは口元を片手で覆って横を向く。
その手はわずかに震えていた。
「それが私があなたに償える唯一の方法ですから」
そう言ったアレクにジョシュアは怪訝な顔をした。
「償う?あんたは悪くないだろ」
アレクはその言葉を受けて力無く首を横に振る。
「いえ、私の状況判断の甘さと油断が敵に不覚をとってしまったのです。そしてあなたは人生を狂わされてしまった。責任は私にあります」
それを聞いたジョシュアは呆れたような顔をする。
「おま・・・相変わらず頭固いな」
それを聞いたアレクはムッとしたようにジョシュアを睨みつけた。
「あなたに言われたくありませんね。そもそも、自由に生きられるだけの金は渡したはずです。それなのにあなたときたら何をしてるんです?わざわざ危ない橋を渡るような真似をして。私が礼をいうと思ったら大間違いですよ」
「うっ・・・べ、別に礼を言って欲しくてやってたわけじゃねえし」
「だいたいですね・・・あなたは昔から自分を大切にしないところがあって・・・」
「いやだからそれは・・・」
アレクのジョシュアに対する猛烈な説教が始まり、マーガレットはポカンと口を開けてそれを眺める。
そんなマーガレットの横で、モニカがクスクスと笑っていた。
マーガレットは笑っているモニカをみて、嬉しそうに微笑みながら言った。
「モニカ・・・彼があなたのお兄さんだったのね」
「うん。モンテール伯爵に陥れられてからは消息不明だったんだけど・・・でも時々家に差出人不明のお金が置いてあって・・・きっと兄さんに違いないって、どこかで生きてるんだってずっと信じてた」
モニカはそういうと滲む涙を拭った。
「そっか。よかったね、モニカ」
マーガレットはそんなモニカをそっと抱きしめる。
「うん。兄様の冤罪が認められて、私たちを陥れた諸悪の根源も罪を裁かれる事になって、おまけに生まれ育った家にまた住めることになるなんて・・・今日は今まで生きてきた中で一番最高の日だよ」
そう言って笑ったモニカの笑顔はとても綺麗だった。




