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消えた魔法石編 第4話

パーティーの翌々日、所長室に呼ばれたマーガレットは自分を襲った男について聞いた。


「あの男の家、モンテール伯爵家は以前から現在の王位継承者である第1王子ではなく、第2王子に王位をつかせようと画策しています。自分たちにとって第2王子の方があやつりやすく、彼らが権力を握りやすいからです」


「そうなんですか。でもそれと私が襲われたことと一体何の関係が?」


マーガレットがそう聞くと、アレクは深くため息をつき頭を下げた。


「本当に申し訳ありません」


「えっ、なぜ所長が謝るんですか?」


マーガレットは突然頭を下げられ、困惑して言った。


「私のせいなのです。私があなたにダンスを申し込んだから・・・」


(ダンス?)


マーガレットはしばらく思案した後はっと気づいた。


「つまり、所長とクラツィア家の結びつきが強まるのを防ごうと?」


アレクはうなずいた。


「そういうことです。クレツィア家はこの王宮内で大きな力を持っている。そのような家と私がつながれば、私の王位継承権はより強固なものとなってしまうので、彼らはそれを何としてもそれを阻止したかったのです」


マーガレットはなるほど、とうなずいた。


「でも、第二王子の王位継承権は所長より上なのでは?所長が私と結婚したからってそう影響があるとは思えませんが」


「それは、私と第一王子が同じ正妃を母に持っているため、私の王位継承権は側室の子である第二王子より高いからです」


「つまり第一王子の次に王位継承権があるのは所長ということですか?」


「そうなりますね。モンテール伯爵家にとっては第一王子も私も目の上のたんこぶというわけです」


マーガレットはやっと納得がいって頷いた。

つまり、第二王子を王座につけるには、所長の兄である第一王子と所長を共に廃さなければならないということだ。


「モンテール家は以前にも王子暗殺未遂事件の疑いがかかっていて、かなりしつこく調べたのですが尻尾を出しませんでした。その代わり、一騎士に罪が被せられ投獄されました」


「その騎士はどうなったのですか?」


「彼は王族に刃を向けたとして極刑が言い渡されましたが、執行日の前日牢を破り脱走しました」


アレクはそこで深い息をつく。


「彼は真面目で、人望も厚く、正義感の強い男だった。彼を知る人間は誰も彼がやったと信じていませんでした。だがモンテール家は私が意識を失っている間に現場に残る状況証拠を操作し、まんまと彼にすべての罪をかぶせてしまったのです。その結果、その騎士の実家である子爵家は取り潰しとなり、領地は没収され、彼らは路頭に迷うことになりました」


「ひどい・・・」


マーガレットは信じられない気持ちでそうつぶやく。


「私は彼の冤罪を晴らすことをあきらめていません。その騎士や家族の無念を晴らすためにも必ずモンテール家の尻尾をつかむつもりです」


アレクは静かな怒りを湛えながら、手元の紙を握りつぶした。



***



(あれ?おかしいな)


マーガレットは研究室にある自分のデスクで、引き出しの鍵穴に鍵を入れようと四苦八苦していた。


なんとか鍵を入れようとガチャガチャしていると、ポロリと鍵穴そのものが引き出しから取れた。


「えー!」


落ちた鍵穴を拾い上げ、鍵を壊してしまったことに動揺するマーガレット。

直るだろうかと引き出しをあけると、そこにあるべきはずのものがないことに気づく。


「・・・ない」


引き出しを引っ張り出してその奥まで確認するがやっぱりない。


「どうした?マーガレット」


ウィルが何事かと寄ってくる。


「ここにいれておいたはずの、試作段階の魔法石がなくなってるの。3つほど箱に鍵をかけて入れてあったんだけど」


マーガレットはそう言って、引き出しの中を指差した。

魔法石は一応念には念をいれて、中の見えない鍵付きの箱の中にいれるようにしていた。


「どっか違う場所にしまい忘れてるってことはないのか?」


ウィルがそういうので、マーガレットは一応研究室内を探し回る。

しかしどこにも魔法石はなかった。


壊れた鍵、箱ごとなくなった魔法石。


(・・・盗まれた)


マーガレットは自分の心臓が嫌な音を立てて鳴り響くのを聞いた。



***



魔法石がなくなったことを報告するために所長室へと向かおうと部屋を飛び出したマーガレットは、ふわりと通路の角を曲がる亜麻色の髪を目に留めた。


(モニカ?)


マーガレットは失くなった魔法石について何か知らないかモニカにも聞いてみようと思い、彼女の消えた方角に向かって駆け出した。


マーガレットが角を曲がると、モニカらしき後ろ姿は魔法研究所の門から外へ出て行くところだった。


「モニカ!」


呼びかけるが彼女には届かない。


(どうしよう。彼女が戻ってきたから聞いたほうがいいかな)


だがマーガレットは何か胸さわぎを感じた。

ここでモニカを見失ってはいけないような気がしたのだ。


(所長に一人で街に行くなって言われてるけど・・・)


見るとモニカが角を曲がり再び視界から消えるところだった。


(所長、ごめんなさい!あとで説明します!)


マーガレットはそのままモニカのあとを追って駆け出した。



***



(モニカ、足速い)


普段のおっとりした様子からは想像できないほど速い足取りでモニカは街中の人混みをぬって歩いていく。

マーガレットは見失わないようについていくだけで精一杯だった。


ドン、と誰かと肩がぶつかる。


「あ、すみません」


マーガレットはおわびもそこそこに先を急ごうとするが、がしっと肩をつかまれそれを阻まれる。振り向くとそこには人相の悪い大柄の男がマーガレットをにらみつけて立っていた。


「おい姉ちゃん、人にぶつかっておいてなんだその態度は」


(うわ、めんどくさそうなのに絡まれちゃった)


マーガレットは内心うんざりしながら、肩の手をどけようとする。


「ぶつかってすみませんでした。先を急いでるので離してもらえませんか」


「ああん?」


そう言って男はマーガレットを頭からつま先までじろじろ眺め回す。


「あんた、研究者か何かか。そういう格好もそそるねえ」


マーガレットは簡素なシャツにロングスカート、その上から白衣を羽織っただけの格好だった。


「おわびはその体でしてもらおうか」


そう言って下卑た笑いを浮かべると、マーガレットの手首をつかみ彼女を引きずって行こうとした。


そばを歩く人間は、ある人はまたかといった感じ、ある人は気の毒そうな目でマーガレットを見ながら足早に通り過ぎていく。


「ちょっと!離しなさいよ!謝ったでしょ!」


マーガレットは必死に男の力に抵抗するが普段研究ばかりしている腕力では当然叶わず、徐々に引きずられてしまう。

そしてもう少しで人通りの少ない路地裏、というところで何者かがマーガレットの手首を掴んでいた男の腕をひねり上げた。


「あだだだだ!」


男の声が響く。


マーガレットが解放された手首をさすりながら突然現れた人物のほうを見ると、そこには濃紺色のローブを目深にかぶった男がいた。


ローブの男は暴漢を地面に押さえつけると、サクッと男の鼻の真横に剣を突き立てた。

男の鼻からうっすら血がにじみ出ている。


「何もせずに去るというなら見逃してやるがどうする?」


暴漢は顔を精一杯そらせながら、「わ、わかった。なにもしねえで去る」と言った。


ローブの男は捻り上げていた暴漢の腕を離し立ち上がる。


「なーんて、そんなわけねえだろうが!」


が、その瞬間起き上がりざまに暴漢がローブの男になぐりかかった。


ローブの男は体をそらせてそれをかわすと、暴漢の腹を蹴り飛ばす。

暴漢は路地の壁に激突し、うずくまって盛大にむせた。


暴漢の首にローブの男の剣が突きつけられる。


「つまりお前は命が惜しくないんだな?」


「ひっ」


暴漢は後じさろうと壁に必死に背中を押し付ける。


「二度目はない。去れ。さもなくば殺す」


「ひいい!」


暴漢は悲鳴をあげて這々の体で逃げ去った。


ふう、とローブの男は息をつき、剣を腰に帯びた鞘におさめる。


「大丈夫か?」


そう言いながらローブの男がマーガレットを振り返ると、彼女はすごい勢いで彼のローブを掴み上げた。


「あなた!モニカと一緒にいた人でしょ!モニカはどこに行ったの!?」


「おっとっと。おいおい、なんの話だよ」


男はマーガレットの勢いに押されて後ろによろめく。


「私見たんだから!あなたが研究所の物置小屋の近くでモニカと一緒にいるところ!ねえ、彼女はどこに行ったの!?」


「はあ?研究所?一体なんの話をしてるのかさっぱりわからねえ」


男はマーガレットの剣幕にたじろぎながろもそういうと「ちょっと来い」といって路地裏の少し奥までマーガレットを連れて行き、自分がかぶっていたフードを下ろした。


「あ、あなた!」


マーガレットは目を見開く。

それはマーガレットが例の誘拐事件の時に出会った、亜麻色の髪の男だった。


「無事だったのね・・・」


そうつぶやくマーガレットに男はニヤリと笑って答えた。


「おかげさまでね」


「あの時は色々ありがとう。ずっとお礼を言いたいと思ってて」


「はあ?あんた自分をさらった人間にお礼を言うなんて、どれだけお人好しなんだよ」


男はあきれたように言う。


「ううん、あなたは私をさらうつもりなんか初めからなかった。後で捜索を指揮していた父から聞いたの。要所要所で、それとなく痕跡が残してあったって。そのおかげでかなり捜査がはかどったって。」


男はぴくりと眉を動かす。


「私それを聞いて思ったの。きっとあなたがわざと残したに違いないと。違う?」


男はふーっと息を吐き出すと、観念したように両手をあげ首を振った。


「まいったね。あんたという人は妙に頭が回るというか」


それを聞いてマーガレットは答えがイエスだと確信し微笑む。


「だがこの話は口外無用だ。ちと俺の仕事がやりづらくなるんでね」


そういう男にマーガレットはうなずいた。


「わかったわ。ね、それであなたは本当にモニカと研究所で会っていないのよね?私急いで彼女を追わなくちゃいけないの」


「ああ、研究所とやらにも行ってないし、モニカとやらにも会ってないぜ」


マーガレットはそれを聞いて、そういえばローブの男はもう少し背が低かったような気がする、と思い出した。それにローブの色も違ったような気がする。


「わかったわ。じゃあ、私は行くからもしあなたも亜麻色の髪で榛色の目をした女の子を見かけたら教えてくれない?そう、ちょうどあなたみたいな・・・」


そこでマーガレットは気づいた。

モニカの持つ色彩が目の前の男とそっくりだということに。


男はその言葉を聞いて「俺と同じ色の髪と目をしたモニカという名前の女?まさか・・・」とつぶやいた。


「あんたその女に何の用なんだ?」


「彼女は私の同僚なの。なんだか最近様子が変で気になってて、さっきこっちへくるのを見たからなんとなく嫌な予感がして追いかけてきたんだけど」


さっきの暴漢に絡まれて見失ってしまった・・・と、マーガレットは悔しげに言った。


「・・・」


ローブの男はしばらく考え込むと、顔を上げて言った。


「その女の居場所がわかるかもしれない」

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