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消えた魔法石編 第2話

マーガレットが物置小屋の前でモニカとローブの人物を目撃した次の日。


モニカは様子がどこか変だった。

妙に上の空だったり、ちょっとしたことにびくっと驚いたり。

マーガレットはもし何か悩みがあるなら相談に乗るとモニカに言ったが、彼女はなんでもないと言って、ただ曖昧に笑うだけだった。


そんな中、マーガレットの実家であるクラツィア家に王宮からパーティの招待状が届く。

母リリアンヌから夕食時にその話を聞いたマーガレットはげんなりした。

第3王子の23歳の誕生パーティーが催されるらしい。


マーガレットは深々とため息をつく。

正直面倒だし全く興味がないので行きたくはないが、王家からの招待を断るわけにはいかない。

当然参加するわよね、という母の威圧感たっぷりの笑顔にマーガレットはしぶしぶうなずいた。


そしてパーティー当日、名だたる貴族がパーティー会場に集まる中、マーガレットたちクラツィア侯爵家も王の御前に侍り祝辞を述べる。

顔を上げて良いと王の声がかかったので身を起こすと、見覚えのある顔がそこにあった。


(え?所長?)


銀の髪、切れ長の菫色の瞳に、涼しげな口元。


(うん、どう考えても所長。でなければ、所長の双子の兄弟?)


父親の祝辞に対し、アレクに酷似した人物が進み出る。

彼は胸に手をあて腰を折ると言った。


「第3王子アレックスです。丁寧な祝いの言葉をありがとうございます。今後ともクラツィア家の皆様には厚いご縁をいただきたく」


その言葉で会場がざわりとざわめく。


「つきましては、ご息女であるマーガレット嬢を今宵のファーストダンスにお誘いする許可を頂きたいのですが」


ぴしり、と父親の表情が固まる。

彼はやがて目を泳がせながらしばし逡巡するが、諦めたように小さく息をつくと顔を上げていった。


「王子殿下のお申し出、我が不肖の娘の身にあまる光栄にございます。喜びこそすれ断る理由などありますまい。ただし、私も王に全てを捧げ仕える身なれど、職務を離れれば娘を愛するただの一人の親にすぎません。ここは娘の意思を尊重し、彼女の判断に任せる所存にございます」


そういって胸に手をあて腰を折った。

その横で、わくわくしている様子が隠しきれていない母の様子が目に入る。

マーガレットはため息をつきたいのをぐっとこらえた。


マーガレットの前に、アレクに瓜二つの第3王子がやってくる。

彼は膝を折り、彼女の手袋に包まれた手をとると指先に軽く口付けた。

そして彼女を見上げて言う。


「マーガレット殿、あなたと今宵最初に踊る栄誉をお与えくださいますか?」


切なげなすみれ色の瞳と目があった瞬間、マーガレットは全身が沸騰するように熱くなった。

きゃあっと悲鳴が会場のあちこちであがる。


かっちりとした正装を着込んだ目の前の男はまさに王子然としており、美しすぎて視界に入れることすら罪深いと思ってしまうほどだった。


(所長、だよね?所長なんだよね?神々しすぎて信じられないんですけど!)


マーガレットは大きく深呼吸して気持ちを幾分落ち着かせると言った。


「はい、喜んで」


その言葉を受けて、王子は花がほころぶように笑う。


「寛大な御心に感謝します」


そういうと彼はマーガレットの手の甲を額につけ、その手を離した。

そして、元いた場所へ戻っていく。

兄の向こうに立つ母が小躍りしそうな雰囲気をかもしだしていた。


クラツィア家は御前を辞す許可が出てその場を後にした。

マーガレットは何か女として色々アレクに負けているような気がして若干肩を落とし歩いていく。


その彼女に、すれ違う貴族令嬢たちから射るような視線が投げかけられる。

中でも金色の髪を豪奢に巻いたとりわけ身分の高そうな令嬢が手に持った扇をへし折らんばかりに握りしめてマーガレットを睨みつけていたが、彼女は気づいてすらいなかった。


しばらくするとすべての貴族の挨拶が終わり、いよいよダンスの時間となった。


人垣がマーガレットめがけて割れていく。

その中を悠々と歩く第3王子がいた。


マーガレットはこわばりそうになる表情筋を必死に抑え、王子に差し出された手に自分の手をのせる。

そのままダンスホールの中央へと連れて行かれ、会場中の視線が突き刺さる中、二人はダンスを踊るべく寄り添う。


(あ〜、背中の開いたドレス着てくるんじゃなかった!)


マーガレットが背中に冷や汗をかいていないか密かに心配していると、王子はそんなマーガレットの耳元に口を寄せてささやいた。


「とてもきれいです」


とたん、真っ赤になるマーガレット。

そこへ音楽が流れ出す。


二人はかるくステップを踏み、しばらくすると周りの人もダンスホールに入り踊り始めた。


マーガレットはひとつ確かめておかねばならないと意を決して顔を上げる。

が、間近で優しげに微笑む美麗な顔にたじろぎ、あっさりまた視線を下げてしまった。


マーガレットはもう顔を見ながら話すのは無理、とうつむいたまま疑問を切り出す。


「あの、王子殿下。ひとつ聞いてもよろしいですか?」


「なんでしょう?」


笑いを含んだ声でそう言うアレックス王子。

マーガレットは勇気を振り絞って聞いた。


「所長、ですよね?」


言うが早いか、王子は耐え切れないというようにクックックと体を震わせ笑う。

マーガレットはそんな王子を困ったように見上げた。


「あたりです」


王子が言ったその言葉にマーガレットはホッと息をつく。

内心、違ったら相当無礼なのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。


「もう、言ってくださいよ。めちゃくちゃ緊張したじゃないですか」


マーガレットは膨れっ面になりアレックス王子、もといアレクを睨む。


「すみません。あなたをからかうのは中々楽しくて」


笑いながらそう言うアレクに、マーガレットはますますむくれて、プイッと顔を背けた。


「もう、知りません」


アレクはそんなマーガレットの耳元に再び口を寄せるとささやいた。


「怒った顔もかわいいですよ」


「な!」


真っ赤になって振り向くマーガレット。

そんな彼女を見てニコニコ微笑むアレクはさらなる爆弾を落としにかかる。


「ちなみにあなたは自分の誕生日に異性をファーストダンスに誘う意味を知っていますか?」


「え?ダンスに誘う意味?ダンスを踊る以外に何かあるんですか?」


マーガレットはきょとんとして聞き返す。

アレクはそんなマーガレット見て笑みを深めた。


「自分の誕生日に異性をファーストダンスに誘う意味は、あなたと結婚を前提にしたお付き合いをしたいという意味ですよ」


その言葉にマーガレットは驚き目を見開く。


「そしてその誘いを受ける意味は・・・もうわかりますよね?」


マーガレットは固まった。


つまり彼女は知らないうちに第3王子殿下から結婚前提の交際を申し込まれていて、それを気づかないうちに了承していたということなのだ。


(ど、どうしよう)


マーガレットは内心で冷や汗をかいた。

王族との結婚前提の付き合いなど、親の許可なしに話を進めていいものとは思えない。


そこで、いや待てよ?とマーガレットは思い返す。


(あの時王子は父親に私をダンスに誘う許可をとっていたよね?そして父は娘の意思に任せるといった。つまり、私が OKなら問題なしってこと?)


今更ながら、父親があの時動揺していた理由がわかった。

つまりあの大勢の観衆が見守るなか娘を嫁に出す決断を迫られていたのだ。


(そこまで父を追い詰めるとはなんという戦略と実行力)


わざわざ衆人の目がある断りにくい場所で、一番落としにくいであろう父親から落としに来るとは。

さすが王子というべきか。

陰謀渦巻く王宮を我が家にして育ってきただけのことはあるのだろう。

確かにあの鉄面皮かつ子煩悩の父親の首を縦に振らせるにはそれぐらいしなければならないかもしれない、とマーガレットは妙に納得した。


「あの、マーガレット?」


一人でうんうんと頷き納得する彼女に、アレクは心配そうに声をかけた。


「やはり嫌でしたか?結果的にだましうちのような形になってしまって・・・」


そう言って悲しげに眉を下げるアレクをマーガレットは不思議そうに見返した。

恋愛音痴の彼女は何も問題がないと一人で納得してしまっていて、肝心のアレクに彼女の気持ちを全く伝えてない事に気づいていなかった。


いつの間にか曲が終わっており、二人はダンスホールから抜けだす。

二人を通すため、人垣が割れる。

マーガレットはなれない感覚に、引きつりそうになる頬を必死におさえこんだ。


王子はマーガレットをテラスにいざなうと、後手にカーテンを引いた。

きらびやかな会場が視界から遮られる。


「マーガレット、あなたの本当の気持ちを聞かせてください。でないと今夜は眠れそうもない」


切なげに歪む彼の顔を見てマーガレットは心拍数が急激に上がるのを感じた。


(色気が!色気がだだ漏れですから!)


マーガレットは無意識に後退る。


「マーガレット、お願いですから逃げないでください」


アレクは彼女の両肩を掴み、引き寄せて強く抱きしめる。


「焦らさないで。気が狂いそうだ」


そう言うと彼はマーガレットの顎をつかみ上を向かせ、自身の顔を近づけた。

あと少しで唇が触れ合うというところで、カーンと時を知らせる鐘の音がなる。


そこでハッと我に返ったアレクは自分がしようとしていることに気づき、そっとマーガレットの体を離した。


「すみません。ちょっと頭を冷やしてきます」


アレクはマーガレットから顔を背けながらそう言うと、もといた会場へと姿を消した。


マーガレットはしばらくそこにぼんやりと佇んでいたが、じわじわと照れが彼女を襲ってくる。


(所長が・・・所長が・・・)


彼女は熱くなった頬を両手で覆った。


(つまりこれはあれだよね?所長が私を好きで私たちは両思い・・・)


マーガレットはキャーと叫びながら悶えころげたいのをかろうじて我慢し、両手で顔を覆ってその場にうずくまった。


(どうしよう。すごくうれしい)


マーガレットは今自分の顔が盛大に緩んでいる自覚があった。


(あれ?でも所長なんか誤解したまま去って行っちゃった?)


マーガレットは自分の気持ちを伝えていない上に、彼から逃げるような態度をとったことを思い出した。


今度は顔から音を立てて血の気が引いていく。


(どうしよう。所長があれをノーだと受け取っていたら)


マーガレットは慌てて立ち上がると、アレクのあとを追おうとした。

だがその瞬間、何者かが背後から彼女の口を塞ぎ、テラスから中庭に続く階段へと彼女を引きずり下ろす。


「んー!んー!」


黒づくめの二人の男がマーガレットを抱え闇の中を素早く移動して行った。

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