亜麻色の髪の男編 第1話
初めて書いた作品なので読みづらかったらすみません。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
マーガレットが”彼”を初めて見たのは1年前。
彼女が王立魔法研究所の職員として採用され、初出勤したその日だった。
無造作に後ろでひとつにまとめた髪、鼻の頭にひっかけた黒ぶちメガネ、そしてサイズの合わないダボダボの研究着という野暮ったい出で立ち。
新入研究所員として彼に挨拶をしに行くと、彼は自分のことをマーガレットに紹介した。
「アレクです。この魔法研究所の所長をしています。よろしくお願いします」
アレクはいつもニコニコしていて、何か聞いても返ってくる返事はたいてい「いいと思います」だった。
マーガレットは彼のことが嫌いではなかったが、いつも不思議だった。
なぜこの出世欲のかけらもなさそうな男性が王立魔法研究所の所長なんだろうかと。
「ですので、この魔石とこの魔石を組み合わせる実験を行いたいのですがよろしいですか?」
「ん?」
アレクはマーガレットが差し出した、新しく開発する魔法石の企画書に目を通す。
「なるほど。いいと思います」
そう言って、企画書に承認の印を押す。
「がんばってくださいね」
にっこり笑って企画書を返してくれるアレクに、マーガレットは愛想笑いを浮かべて受け取った。
「ありがとうございます」
自分が所属する”魔法石研究室”に帰ると、同僚が気付いて声をかけてきた。
「お〜、帰って来た。どう?新しい企画は承認してもらえた?」
人懐っこい笑顔を浮かべる彼は魔法学園で自分より1年先輩だった赤毛の好青年ウィルだ。
といっても、王立魔法研究所に就職したのは同じ年なので、同期になる。
なぜなら、マーガレットが飛び級で1年早く魔法学園を卒業したからだ。
「ええ、いつも通り問題なく承認してもらえたわ」
マーガレットは肩をすくめて答えた。
「はは。やっぱりね。ま、つべこべ言わずに承認してくれるのは俺らにとっちゃありがたい」
彼の言う通りだ、とマーガレットは思う。
実際、好きに研究させてもらえる今の状況は、マーガレットにとっては理想的と言えた。
「それにしても所長って何者なのかしらね〜。いかにも閑職みたいな所長の座にあの若さでついてるなんて」
そう言ったのは、カールした亜麻色の髪に大きな垂れ目、榛色の瞳とぽってりした唇が特徴のモニカだ。
彼女はウィルのさらに1年先輩にあたる。
そもそも魔法石研究室自体が出来たばかりなので研究員も皆若い。
「どっかのお貴族様のボンボンじゃないの?」
そう言ったのはウィルだ。
マーガレットはそれに対して曖昧に笑う。
何を隠そうマーガレットもそのお貴族様のひとりなのだ。
しかも父親は国家の重鎮である宰相を王宮で務めている。
まさに箱入りの中の箱入り娘がマーガレットなのである。
そしてマーガレットは自分が貴族であることを同僚の二人に打ち明けていない。
別に隠すようなことでもないのだが、平民である二人に自分が貴族であることを知られると距離を置かれてしまうのではないか、と頭のすみで思ったからである。
まだ働き始めて1年だが、マーガレットは気のおけない二人との関係を気に入っているから。
「ん〜。確かに騎士って感じではないし、行く先に困った貴族の次男か三男あたりが閑職に当てられた線が妥当かしら」
そう言ってモニカは唇に立てた人差し指を当てて考えた。
貴族の働く先といえば王国騎士である。
爵位を継げない次男坊、三男坊のもっとも人気の就職先だ。
「確かにあのキレイな顔は貴族って感じするしね。マーガレットはどう思う?」
研究の準備に取り掛かかり始めていたマーガレットは、モニカに話を振られて振り返る。
本名をマーガレット・フォンテイン・ル・クラツィアという。
フォンテインとクラツィアの間にある”ル”が侯爵家を表している。
ただ平民は一般的に姓を持たないので、同僚には自分をただのマーガレットして自己紹介している。
「そうね・・・っていうか、キレイな顔してたかしら?」
マーガレットは首をかしげる。
どうも野暮ったい恰好ばかりが目について、顔がはっきり思い出せない。
「してるわよ〜。それに指もとっても長くてキレイなの。あの手に触れられてみたい!」
キャッとモニカは頬を両手で挟んで身をくねらせた。
マーガレットとウィルは「はいはい」と笑いながら、それぞれの研究に戻っていく。
モニカがイケメンに弱いのは、彼女と一緒に働きだしてからというもの、マーガレットもウィルもよくわかっていた。
たまに用があって王宮に行くと門番が男前だとか、すごい美形とすれ違ったなどいつも話しているからだ。
それを言うならウィルも赤い短髪に、きりっとした眉、通った鼻筋とかなりイケメンの部類のような気がするが、モニカがキャッキャいわないのはなぜなんだろう?
マーガレットは首を傾げつつも、新しい研究のための準備にとりかかる。
承認が下りたから、研究に必要な魔石を購入する予算も組まなければならない。
マーガレットはこの新しい魔法石の開発にワクワクしていた。
魔法石というのは、魔石を合成したり錬成したりすることによって造られるものの総称だ。
組み合わせる魔石や付与する効果によって、色々な魔法石を造りだすことができる。
もちろんすべての魔石が合成や錬成に成功するわけではなく、合成に失敗する魔石同士の組み合わせというものがあった。
マーガレットの所属する魔法石研究所は新しい魔法石を開発するための部署になる。
今後マーガレットが開発予定の魔法石は、うまくいけばどんなに魔力の少ない人でもある程度の威力がある魔法を使えるようになる。
要はより少ない魔力で、大きな魔法が使えるようになるのだ。
マーガレットはこの魔法石を日常生活をより便利にするために生かしたいと思っていた。
このリチリア国では魔法は生活する上で欠かせない。
火をおこしたり、明かりをつけたり、水をだしたり。
このため平民だろうが貴族だろうが、魔力が十分にある人は重宝され、無償で王立の魔法学園に通わせてもらえる。
だが一方で魔力がない人は、生活がとても不便になる。
生活様式はお金がある人間、つまり貴族を基準に整えられている、
このため平民でも魔力がある人はいいのだが、魔力がほとんどない人は玉に蓄えられた高価な魔力源を別途購入しなければならず生活が苦しくなるのだ。
魔法学園で学んで、街に降りる機会も多かったマーガレットはこのことに気づき、わずかな魔力を触媒に、魔法を増幅できる魔法石を開発しようと決意した。
幸いマーガレットはこの国でも珍しい”錬成”という魔術が使える。
魔法は持って生まれた資質に左右されるが、魔術は勉強し習得すれば、術式を発動する魔力のみで誰でも使えるようになる。
いわば学問なのだ。
”錬成”は極めて難解でかつ複雑な術式を組み合わせて用いなければならず、数代前の王宮筆頭魔術師がそれを学問として体系立て創設した。
そして未だそれを完璧にマスターしたものはいないと言われている。
マーガレットもかなり理解はしているが、完全にマスターするにはまだまだだ。
魔法石研究室の同僚二人も”合成”などは使えるが、”錬成”は使うことができない。
”合成”は文字通り個々の物体を合成する魔術で、比較的簡単にマスターすることができる。
合成物は組み合わせたものすべての特徴を備える。
例えば火と風を組み合わせれば、火炎を吹き出す魔法石が創れるというように。
だが、錬成は個々の物体を組み合わせ、全く新しい未知の効果を持った魔法石を生み出すことができる。
マーガレットは最初に錬成を知った時、この魅力にとりつかれた。
この世にまったく新しいものを生み出すというときめき。
それ以来マーガレットはこの錬成に自分の人生すべてを捧げていると言っても過言ではない。
寝ても起きても考えるのは錬成のこと。
彼女の家族は、ひそかに彼女のことを錬成オタクと呼んでいた。
そして彼女は生み出すことに夢中になるあまり、その生み出したものがおよぼす影響を考えていなかった。
この彼女の造りだす魔法石が後に、彼女を大きな運命の渦へと巻き込んでいくことになる。