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Exit・出口

作者: keisei1

「『人形遣い』の奴らがこの界隈にも現れてるって話だ。気を付けろ」 

 2098年、デカタンと荒廃の気配漂う、リトル東京23区のスラム街で、少年ギャング団「Entrance・入口」のリーダー格の一人、勝人はこう口にした。勝人はまだ12才になる少年で、第三次極東戦争で、両親を失った戦災孤児だ。第三次極東戦争で韓国、中国と三度合いまみえた日本は、散々たる敗北を喫し、経済的にも文化的にも衰退と腐敗の一途を辿っていた。

 大人達はまともな経済活動には従事せず、ドラッグや、脳を直接刺激してアドレナリンを大量分泌させる遊技機「トランス・カプセル」等に身を委ねていた。経済基盤を支えていたのは一部の富裕層や権力者達、そして労働型ロボット「スレーブ」達だった。そんな風潮、世相の中、子供達、特に戦災孤児を中心にした少年ギャング団は自ら武装し、自ら身を守り、テリトリー争いに興じていた。

 そして彼ら、少年ギャング団、あるいは無垢な子供達を悩ませ、苦しめていたのが、冒頭勝人が口にした「人形遣い」と呼ばれる謎の組織だ。人形遣いは臓器売買や人身売買等を活動の基盤にする不法集団で、リトル東京の腐敗の象徴だ。人形遣いは子供達を拉致、誘拐し、東南アジアやアフリカ、中東へ輸送、販売すると、その利益を得ている。

 彼ら、人形遣いの名前の由来はその扮装と動きにある。彼らは赤い仮面を被り、白装束を身に纏っている。動きは滑稽でぎこちなく、日本舞踊のような動作で徘徊し、子供達に近づく。赤い仮面は右眼球だけ飛び出ており、口元はうっすらと三日月型に笑っている。一部からは不具者の集団なのではないかと噂されもしていた。

 その人形遣い達が勝人達の活動の場、リトル東京23区にも現れるようになったという。それは勝人達にとって、一面では恐怖であり、退屈で無味乾燥、殺伐とした毎日を彩るスリルの一つでもあった。勝人は七才になる筑波兼成を連れて「Entrance」の拠点の一つへと向かう。

 勝人は近所のショッピングセンター、スーパー等から強奪してきた缶詰とインスタントヌードルを兼成に投げ渡す。

「兼成。お前は自分で自分の身を守れるはずだよな。俺に手間は掛けさせないはずだ」

 兼成は緘黙症の男の子で、勝人と同じ戦災孤児だ。信頼している勝人の前では何とか二言、三言話せるが、他の人間の前ではほとんど喋れない少年だった。兼成は缶詰を缶切りで器用にこじ開けて、コンビーフを生のままくわえ込んで、食べる。兼成は気心を許した勝人にでさえ、ほとんど意思表示をせずに自分の殻に閉じこもっている。勝人はそんな兼成を可愛がってもいた。

 勝人はレーザーガンを兼成に手渡すとこう耳元に囁く。

「自分の身は自分で守れ、それがこの21世紀末、堕ちて行く一方の、リトル東京でのただ一つのルールだ」

 兼成はコンビーフを食べ終わり、口元を拭うと静かに頷く。勝人は兼成の頭を軽く撫でるとガールフレンドのもとへと向かって行く。一人、拠点に残された兼成は黙り込んだままでネットで遊び始める。ポルノサイト、残虐描写のあるドラマ、アニメ、映画などを淡々と楽しんでいく。その間も兼成の表情、顔つきには起伏がない。戦争で両親を亡くし、愛情を受けられずに育った反動と、緘黙症というハンデが彼をそうさせていた。

 するとふと遠くの方から物音がする。「Entrance」の拠点に通じる薄汚れた路地裏を、軽妙な足音を響かせながら歩いてくる人の気配と共に。ポリバケツのゴミ箱を軽く蹴り倒す音も届く。祭囃子のような音楽もどこからか流れてくる。

 人形遣いだ。兼成はすぐに直感する。兼成はサイトを閉じると、レーザーガンを懐に仕舞いこむ。高鳴っていく鼓動。ついに自分達のもとにまで人形遣いの手が伸びてきたかという興奮と驚き。兼成は息をひそめて、部屋の壁に隠れる。

 人形遣いはもうそこまでやって来ていた。単身で行動しているらしい。左手が不自由なのか、動きがぎこちない。だが彼らの特徴である赤い仮面と白装束は健在だ。赤い仮面の口元は不気味に三日月型に笑い、不敵な印象を醸す。赤い仮面の飛び出た右眼球がいびつに動いたかと思うと、壁に身を潜ませた兼成を見つけ出し、サーチし始める。健康か。体重は。年齢は。性別は。瞬く間に赤い仮面のサーチシステムは兼成の個体差を峻別していく。そしてその人形遣いが出した結論は「Go.Ok」だった。

 人形遣いは、リズミカルな音を響かせながら、死の舞踏のような舞を見せて兼成に近づいてくる。人形遣いから吐き出される吐息は乾いていて、冷たい。彼は兼成に歩み寄るとこう口にする。

「少年、コーラは飲みたくないか?」

 兼成はしばらく黙り込んだあと、首を横に振る。

「そうか」

 その人形遣いはそう呟くと、ナイフと注射器を取り出し、兼成に特殊な麻酔薬を注入しようとした。その瞬間だった。勝人が大声をあげて、人形遣いに襲い掛かる。人形遣いに体当たりをし、押し倒し、素早くレーザーガンを発砲した。だが人形遣いは軽々と身を翻し、レーザーを交わすと、瞬く間にナイフで勝人の胸元を一突きにしてしまった。息つく間もない一瞬の出来事。勝人は悶え苦しみながら、やがて息絶えてしまった。その一部始終を目に焼き付けながらも兼成は動揺する素振りさえ見せなかった。近づいてくる人形遣いに抵抗する気配もない。

「じゃあ行こうか。坊や」

 そう人形遣いが口にした途端、兼成は懐に忍ばせていたレーザーガンを取り出すと、人形遣いの胸元目掛けて発砲する。全くもって油断していた人形遣いは抗うことも、避けることも出来ずにレーザーに体を貫通されてしまった。一言こう冷笑的な言葉を添えて。

「小さな少年が銃の手練れなんてねぇ。リトル東京……万歳」

 そうして一人の人形遣いを兼成は撃退した。だが不安はまだ残る。頼りにしていた勝人は死んでしまった。その上、今度兼成を襲いに来る別の人形遣いはもう油断しないだろう。そう思うと兼成は初めて「震えた」。だが兼成の目は精気がなく、冷たいままで凍った印象は拭えない。

 人形遣いと、勝人の死体が転がる路地裏で、一人呆然と兼成が立ち尽くしていると、そこに勢いよく、20代半ばだろうか。一人の青年が現れた。ゴーグルを嵌めた青年は人形遣いの死体を蹴り飛ばすと、こう兼成に話し掛ける。

「まぁ、随分と派手にやったもんだなぁ。坊主、怪我はないか」

 兼成は突如として現れたこの青年に、心を開く素振りも気配も見せなかったが、不思議と抵抗もしなかった。静かに首を縦に振ると、両手を広げて、自分が無傷であるのをアピールした。青年は快活な笑みを口元に浮かべるとこう自己紹介をする。

「俺の名前は、滝本半蔵。半蔵って呼んでくれ」

 兼成はこの素性の知れない青年、半蔵に得も言われぬシンパシーを抱いていた。この青年なら信頼に足る。そう兼成は鋭く半蔵の本質を見抜いていた。半蔵はロケットランチャーを高々と掲げる。

「新手が来るぞ。次は大量にだ。一人では決して……防げない」

 その言葉を聞いても兼成は驚きはしなかった。次に大量の新手が来る。それはそうだろう。一度ターゲットを定めたからには必ず、彼ら、人形遣いは目的を達成する。その事を兼成は知っていたからだ。兼成はやや俯いて、半蔵の顔を覗きこむ。半蔵は爽快な笑い声を挙げる。少し乱雑に伸びた野性味のある髪の毛が半蔵の魅力を際立たせている。半蔵は右手を軽く掲げて、指の関節の音を鳴らす。

「坊主。自分の身は自分で守るなんて哲学は捨てることだ。それは危険な思想だ。時には人に頼るべき時があるのを忘れるな」

 そう言って半蔵は兼成のもとに近づいてくる。兼成は本能的に、半蔵を信用していたので、警戒する仕草も見せない。半蔵は兼成の肩を軽く叩くと告げる。

「力むな。少年。お前一人ではこのリトル東京では、生きていけない」

 兼成は生まれて初めて安堵にも似た感情を覚えていた。だが彼の緘黙症ゆえに、それを言葉で表現することはなかった。兼成は黙り込んだまま、立ち尽くしている。すると半蔵と兼成、二人の束の間の安息を断ち切るかのように、遠くから軽妙な音楽が流れてくる。そしてリズムを踏むような足音も。……人形遣いだ。今度は集団で来ている。それが兼成と半蔵には分かった。

「奴らが来たぞ。お前は建物の陰でじっとしていろ」

 そう勧められた兼成は、半蔵の言葉のまま「Entrance」の拠点の物陰に隠れた。見ると路地裏の奥から地べたを這いつくばるように人形遣いの「群れ」が大挙して押し寄せてくる。3! いや4、5人はいるだろうか。人形遣いの群れは半蔵をまるで見知っているかのように、牽制し、襲い掛かってくる。その一人、一人を適格にロケットランチャーで仕留めて行く半蔵。一人の人形遣いは軽く飛び上がり、壁に吸引手袋で張り付いた。その姿はまるで蜘蛛だった。

「消えろ! ゴミども!」

 半蔵はそう叫ぶと、ランチャーを乱射していく。次々とランチャーの炎に巻き込まれていく人形遣い達。最後に残ったのは人形遣いのリーダー格であろう男だった。その男だけ例の赤い仮面に、紫色の龍のペイントが施してある。半蔵はその男を見知っているかのように叫ぶ。

「慶次! 随分屈折したお遊びじゃないか。お前の心情は分かるが、戯れもこれで終わりだ!」

 「慶次」と呼ばれた人形遣いは豪胆に哄笑するとこう半蔵に告げる。

「知ったような言葉だな。半蔵。甥の分際で良くそう大きな口を叩けたものだ」

 兼成は物陰に身を潜ませながら、半蔵と、慶次という名の人形遣いが叔父と甥の関係であるのを知った。戦慄。今までにない恐怖感を抱きながら兼成は打ち震えていた。半蔵が殺されれば自分は終わりだ。それは兼成に芽生えた初めての「死への恐怖」だった。「死にたくない」。そう胸の奥で兼成は呟く。

 その傍で半蔵と慶次の闘いが始まり、終わりを告げようとしていた。半蔵はランチャーを投げ捨てると、こう慶次に呼び掛ける。

「慶次。あんたとは空中戦じゃ生ぬるい。刀剣で勝負しようじゃないか」

 慶次は懐から刀剣を取り出すと半蔵に力強く、不気味に応じる。

「いいだろう。手加減はなしだ」

 半蔵と慶次は刀剣を重ね合わせる。響き渡る乾いた刀剣の音。二人はまるで舞踊を踊るように、武闘を繰り広げて行く。慶次が胸元に隙の出来た半蔵を右足で蹴り飛ばすと、倒れ込んだ半蔵に刀を突きたてようとする。それを軽々と交わし、態勢を立て直す半蔵。

 今度は半蔵が慶次に襲い掛かり、責め立てる。慶次の首筋には刀の切り傷が残る。慶次は反撃の機会を窺い、半蔵が一つ呼吸を置いたのを見計らうと、刀剣を半蔵の眉間目掛けて振りかざす。一見終わりのないように見える攻防、闘いだったが、だがそれは些細なきっかけ、契機で終わってしまった。

 それは兼成が機転を利かせて、慶次の足元に転がしたインスタントヌードルのカップだった。カップを交わすために生じた慶次の僅かなリズム、テンポの狂いが勝負を決めた。隙を見せた慶次の胸元を、半蔵の突き立てた刀剣が貫く。慶次は苦しみながら口から吐血すると倒れ込む。最後の留めを刺そうと半蔵が慶次に近づくと、慶次は呻くような声で人形遣いの活動を始めた動機を告白する。その間中、兼成は物陰で膝を抱えて、うずくまり、震えたままだった。

「半蔵。俺達、不具者の気持ちが分かるか。社会から疎外され、迫害され、行き場を失った俺達の気持ちが。それは酷薄で冷淡だ」

 半蔵は黙って慶次の告解を聴いていた。

「戦争で敗れ、自暴自棄になった日本に俺達の居場所はなかった。虐げられた弱者が狙い、食い物にするのは、同じく虐げられた弱者、子供だったというわけさ」

 その苦渋に満ちた独白を前にして、半蔵に僅かな悲しみが宿ったが、彼は意思を崩すことはなかった。

「慶次叔父さん、日本が自暴自棄になったというのは叔父さんの幻想だよ」

 その言葉を聴いた慶次は優しげに笑みを浮かべる。

「そうか。昔から、理想主義者で未来志向の強い男だった。お前は」

 すると慶次は自らの刀剣で首を軽く掻き切り、絶命してしまった。ビルの谷間の路地裏から見上げる曇った空には、パトロール機がけたたましい音を立てて巡回していた。兼成はふらつきながら、「Entrance」の拠点から出て来るとこう半蔵に言った。

「あ、ありがとう。半蔵兄ちゃん」

 それは兼成が勝人以外に初めて口にした言葉であり、兼成の緘黙症が治った瞬間でもあった。

 それから半蔵は兼成を保護すると、安全な区域に住まわせて学校に通わせた。初めは読み書きにも若干不自由した兼成だったが、徐々にその才覚を発揮し、自らの道を切り拓いていく。兼成はふとした時に半蔵がこう呟いたのを覚えていた。

「お前達、戦災孤児には、戦争で死んだ弟の面影が見えるんだよ」

 兼成が飛び級で大学を卒業して、働き始めたのはそれから八年後のことだったという。若干15歳で社会に飛び出した兼成には、いつも半蔵の言葉が胸に息づいていた。

「まだ……日本は死んじゃいない。ほら、見えるだろう? あれが絶望からの、出口だ」

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