第8話「10年前の分岐点」
12月10日。もう肌寒くなって冬が見え始めた頃のこと。奈波は、意を決したように口を開いた。
「……ずっと、好きだったよ?」
第8話「10年前の分岐点」
「な……え……え?」
義之はパニックに陥った。幼馴染だと思っていた子から告白されたのだから。
「ごめんね、いきなりで驚いたかな?」
奈波は無理に頑張っているのか、強張った笑顔を浮かべている。
「えっと……すぐじゃなくていいから、返事……欲しいな」
そう言うや否や、奈波は走り出した。瞳に涙を溜めて。
義之は教室に戻ると、机に体を投げ出すようにして座る。
「どうしたの?」
それに気づいた礼が、義之に尋ねた。
「いや、ちょっと……な」
「隠し事?」
義之はいやに敏感に反応してしまう。
「なっ……!?」
「そんなに重い隠し事なの?」
相変わらず、礼は真っ直ぐに義之の目を見て尋ねる。
「隠し事なんて……」
「してるでしょ?」
「……あぁ」
義之は意外なほど素直に認めた。そう簡単に誤魔化せるほど、義之は人が悪くない。
「何かしら?」
「でも、これは俺1人で解決したいんだ」
「そう」
礼は立ち上がる。もう用はないと言うように。
「へっ? いいの?」
「もっと問い詰めて欲しいの?」
「いや……遠慮します」
礼は鼻で笑うと義之の背中を優しく叩く。
「安心しなさい。私は、いつでも義之の帰りを待ってるから」
その直後、授業のチャイムが鳴り、義之は言葉の意味を聞くタイミングを逃した。
放課後、義之は学校で悩んでいた。
「でも、何で今になって……って、もうこんな時間か!?」
時計は夜の11時を指している。義之は慌てて学校を飛び出した。
「あ、義之」
帰路の途中で義之は奈波と会った。もう街灯の明かりしかない遅い時間だというのに。
「どうしたんだよ?こんな時間に」
「それはこっちのセリフって、ことにしない?」
奈波は笑う。義之が何をしていたのか、おおよそ検討が付くのだろう。
「ね、ちょっと公園に行かない?」
「あぁ……別にいいけど」
当たり前だが、公園には誰もいない。義之は適当に空いているベンチに腰かけた。
「はい、義之」
奈波は暖かいコーヒーを放り投げた。
「あ……悪いな」
「いいって、気にしないで。それよりもここ……覚えてる?」
「昔から使ってた公園だろ?」
「違うよ。ここだよ、ここ」
「ここ?」
奈波はベンチの前辺りを指で示す。
「覚えてないかなぁ……」
奈波は少し寂しそうな目を見せた。
「……ここはね、私達が初めて遊んだ所なんだよ」
奈波は石を拾って、中央にある円の模様の真ん中に投げた。まるで的当てのように。
「こうやって……ね」
「……そうだっけ?」
「……無理もないか。義之はあの時まだ……」
奈波はコーヒーをベンチに起き、また石を拾った。
「あぁ……あの時のことか!」
「本当に思い出したの?」
「……ごめん」
「別にいいよ、無理しなくても。私はちゃんと覚えてるから。……あれから、もう10年以上経つんだね」
奈波が投げた石は円に入ることなく地面を転がった。
「……30点くらい?」
「何のことだよ」
「得点だよ。こうやって遊んだからね」
義之も一つ放ってみると、綺麗な放物線を描いて円を捉えた。
「凄いね、文句無しの100点だよ!」
奈波がはしゃぐ横で、義之は次の石を握りながら呟く。
「……何だか懐かしいって感じはするな」
「え……?」
「いや、はっきりと思い出せるわけじゃないけどさ。昔こんなことをしてたような……」
「間違いなく、してたよ」
奈波の、まるで射るような強い口調に義之は驚く。
「そ……そっか……そうだよな」
「10年前……」
「うん?」
「10年前にね、義之は泣いてたんだよ。ここで……大きな声を上げてさ」
全く思い出せないのだろう。義之は首を傾げた。
「私、フェアじゃないことは嫌いなの。例えそれが、義之の選んだ道だったとしても」
そう言う奈波の目はこれまでにないくらい輝いていた。
「でもだからと言って、自分を蔑ろにはしたくない」
もしかしたら、月の影響もあるのかもしれない。
「義之に辛い思いをさせるなんて、もっとしたくない」
でも、まるで何かを振り払ったような表情だったから。
「だから私は答えを聞かないよ。義之が大切なことを思い出すまで、絶対に」
義之は何も言わなかった。自分のことなのだ。それも、大切な感情を前にしてのことなのだ。もっと自分を優先して、我がままになってもいいはずのことなのに。
「義之、タイムリミットはあと一ヶ月もないみたい。もしも……」
誰のことを思い、考えているのかは誰にもわからない。
奈波も少しは自分の気持ちに嘘を吐いているのだろう。強く拳を握り、告白した時よりもずっと苦しそうに、無理やり言葉を続けた。
「もしも……思い出したいなら、力を貸すよ。私が覚えていること、何でも話す」
「……わかった」
季節は冬。10年前のことを思い、義之は空を見上げた。