第六話「これこそ星陵祭!(後編)」
賑やかな午前中が間もなく終わる。義之と礼は屋上で焼きそばを食べていた。
「俺達も焼きそばやってたらダブってたな」
「ダブるって何?」
楽しい午前中は間もなく終わる。
第六話「これこそ星陵祭!(後編)」
「よし、十二時になったな」
陵次は娃を探しに向かった。
「あっ、お兄ちゃん!ここだよ~!」
娃が手を振っている。陵次の移動速度は三倍近くまで上がった。
「娃、誰からも申し込まれてないな?」
「うん、大丈夫だよ!」
娃は陵次に手を差し伸べた。陵次はそれを握りしめ、二人は歩き出した。
一方その頃。
「もう十二時じゃん! 奈波はどこ?」
「ここだよ、お姉ちゃん」
かき氷を持った奈波が手を振っている。
「まだ、フリーだよね?」
「うん、大丈夫だよ」
そう言って、奈波は手を差し伸べた。
「ちょっと恥ずかしいね…」
美緒は少し赤くなり、戸惑った。
「お姉ちゃんは独りがいい?」
「それは嫌!」
そう言って美緒は奈波の手を乱暴に握ると、引きずるような形で歩き出した。この手を握って歩くという行為はあちこちで見られ、その不思議な様子に礼は首を傾げていた。
「あぁ……あれは兄弟とか姉妹だよ」
「どうして兄弟や姉妹が手を繋ぐの?」
「そういう決まりなの」
そう言うと、礼の目が少し輝いた。
「これが、祭り特有の変な光景なのね」
礼にとってお祭りには、変な光景があるべきらしい。
「いや、変ではないと思うぞ。兄弟なんだし」
「そう……?」
義之は時計を見た。
「何かあるの?」
「えっ……いや、別に」
「あの~」
突然、礼に一人の男子生徒が声をかける。
「何?」
礼は少し無愛想に対応した。
「お……俺と付き合って下さい!」
その生徒は大声で叫ぶと、頭を下げた。
「お断りよ」
「そ、そんな……!」
どこかに自信があったのかもしれない。少し涙目になっている。
「私は、義之の隣以外にいる気はないわ」
義之は驚き、真っ赤になった。男子生徒も真っ赤になったが、それは目だけである。
「義之? 顔が赤いわよ?」
「……はぁ~」
義之は大きな溜め息を吐くと、ガックリと肩を落とした。
午後四時。辺りを見ると、もう賑わいは完全になかった。ここで礼は気が付いた。兄弟姉妹以外も手を繋いでないか……と。もちろん義之に聞いた。
「あぁ、それは……」
そこまで言うと、義之は俯き黙ってしまった。
「義之?」
「れ……礼!」
突然、義之は意を決したかのようにバッと体を起こした。
「何?」
礼は、淡泊に対応するのが本当に上手い。
「俺と……手を繋いでくれ!」
義之は顔を真っ赤にして、手を差し出した。
「はい」
礼はあまりにもあっさりとその手を握った。
「何でそんなに赤いのかしら?」
礼は義之の顔を覗き込む。義之は沸騰していた。
「初めてね、義之と手を繋いだのは」
義之の温度を更に上げる。
「でも、何で今なの?」
礼は首を傾げた。
「……星陵祭のせい」
義之は呟くように話し始めた。
星陵祭とはこの学校に昔から伝わる儀式を学園祭としたものだ。まず一番身近な人と手を握るところから始まる。最優先は兄弟姉妹。次に恋人。夜になったら外に出て、星のために踊るのだ。この過程を無事にこなせた人は代価として願いが叶う。
七夕の亜種のようなものだ。
「そう」
言葉遣いは淡泊だが、どうやらそう簡単には流せていないらしい。微かに礼の手に力がこもった。義之は外を見る。いや、見たというより目に入ったという方が正しかった。見る気はないのに外を気にしてしまうほど、目の前の光景に心を奪われたのだろう。
「……礼?」
それは、もしかしたら夕日のせいだったのかもしれないから。義之は絶対に、今日という日を忘れないだろう。礼の頬が赤くなっていたこの日を。そして、そんな礼に恋をしてしまったその瞬間を。
礼は下の方を見たまま何も喋らない。ただ黙ってポーっと目に映る何かを見つめていた。夕日が二人を真っ赤に染めたまま、だんだんと沈んでいった。
午後六時五十分。義之と礼は手を繋いだまま外に出ると軽快な音楽が流れていた。もう手を離してもいい時間なのだろうが、二人は手を離さない。
「……踊る? 義之」
礼は義之の方を見て尋ねた。
「……いいのか?」
「願い……叶えたくなったわ」
礼の願い。それはきっと、記憶が戻って欲しいというものだろう。
「……そうだな」
戻ったらきっとお別れなのに、義之はそれを受け入れた。空は綺麗な三日月。流れ星が時々降り注ぐ。そんな世界で、二人はずっと踊っていた。
「……上手いな」
「……当たり前よ」
もう二人とも息が切れている。どれくらい踊ったのだろうか。音楽さえも風景にしてしまったような二人だけの世界が、ただ、そこにあった。
「……ヘタクソ」
「す……すまない」
たまに毒舌もあったが、思い出として、
「義之……」
ずっと、
「……何?」
二人だけの中に残るだろう。
「……ありがとう」




