第五話「これこそ星陵祭!(前編)」
午前八時二十五分。祭りか、それとも決戦か。教室内は、少しピリピリしていた
「義之……?」
ピリピリの原因がここにも。礼は渡されたフリル付きエプロンを着させられて、不満そうだ。
「似合ってるじゃないか」
義之は何とか礼を納得させようとしていた。
第五話「これこそ星陵祭!(前編)」
今日は待ちに待った星陵祭。午前の部は賑やかなことこの上ないが、午後の部は雰囲気がガラリと変わる。午前の部は各クラスで何かを売ったり、部活で何かしたりする。とりあえず、普通の学園祭をやるのだ。
「それでは、星陵祭を開始します」
陵次が放送を使って宣言すると、あちこちから雄叫びが聞こえた。
「何でこんなに盛り上がるの?」
礼が首を傾げる。礼はこの学校をまだよく知らないから、こんなことが言えるのだ。
「午後になればわかる」
礼はまた首を傾げた。
「あっ、礼ちゃん可愛いぃ~!」
礼と同様にエプロンをつけた娃が礼にじゃれつく。
「おはよう、義之に礼ちゃん」
美緒も遅れて姿を見せた。
「やぁっと見つけたよ! どこ行ってたのさ?」
「ずっとここにいたぜ?」
「まぁ、それはいいや。それよりも、しっかり働くように!」
美緒は祭り当日用の役割分担表をひらひらさせながら、義之と礼に言った。
「わかってるって」
義之はお返しに左手をひらひらさせながら言った。
「可愛いぃ~!」
娃のじゃれつきはまだ続いていた。礼を見ると、珍しく何も言わず冷や汗をかいている。どう抵抗すれば良いのかわからないのだろう。
「あはは、娃ちゃん? そろそろ終わりにしよ?」
奈波が優しく咎めた。
「え~?」
娃は不満いっぱいの声を出したが、あっさりと礼を解放した。
「案外あっさりと解放してくれるのね」
礼は乱れた制服とエプロンを直しながら言った。
「そりゃあ……な」
「うん……注意されたし、当たり前だよね?」
奈波を怒らせてはいけない。
それは義之と美緒と娃の3人の中にある共通のルールだった。
「ま……まぁ、これはここまで。さ……さぁ、商品出すよ!」
「お…おぅ!」
義之と美緒の少し声は少し震えていた。
販売を開始して間もない時のこと。
「かき氷くださ……」
男子生徒はかき氷を食べる前から凍る。
「何味にしますか?」
礼は少し素っ気なく答えた。男子生徒の凍り度が最高に達し、崩壊し始める。礼は相手が固まっている理由がわからず、首を傾げた。それから原因は不明(なのは礼夢だけ)だが、客(特に男子生徒)が大量に集まり大繁盛。
「ふっふっふ! 計画通り!」
「……やはり狙ったのか、美緒」
「ど……どういうこと? 狙ったって」
どうやら、奈波も理解できていないらしい。?マークが大量に頭の上に集まっている。
「わかんないの?」
美緒は人差し指で礼を指差し、力説し始めた。
「いい? あの背丈にエプロンでしょ? それにあの口調。男だったら一目は見たいはず! 違う? 義之」
「な、なんで俺に振るんだよ!」
「わ……わかったから、もう少し静かに」
たぶん、奈波は半分も理解していないだろう。双子でもこんなに違うのだということを義之は知った。
「要は、可愛いってことだな」
しかし、客が多いのは礼夢だけのせいではない。
「かき氷いりませんか~?」
娃がそう言うと、何やら黒い影が素早くササッと娃めがけて動いた。
「かき氷ひとつっ!」
あの黒い憎い奴ではない。娃の兄、陵次だった。
「もう、お兄ちゃん! これで何杯目なの!?」
「ん~…十二杯目かな?」
陵次は空のカップが入った袋をガラガラと振りながら答えた。
「食べ過ぎだよ! お腹壊しちゃうよ?」
「でも、娃が……」
「だめったらだめ!」
稲妻のような光が陵次の後ろを駆け抜け、ガックリと肩を落として溜め息をついた。
「……はぁ。娃のかき氷……」
陵次は指をくわえながらダダをこねる子供のような声で呟いた。その時、
「陵次様!」
謎のはちまきやら法被やらを身につけた女子生徒軍団が現れた。
「陵次様の願いは私達が必ず!」
「……いいのかい?」
陵次のこの言葉に失神した者がいるのも必然だろう。
「は……はいっ!」
こうして娃側の売り上げは爆発。
「計算通り! 後は私達が出て完璧! さぁ、奈波?」
美緒は奈波の腕をガッと掴んでズルズル引きずって行く。
「ふぇ? で、でもお姉ちゃん、ファンクラブの人たちから逃げたいって言ってたじゃない!」
「いいから! 私たちが出ればもっと儲かるの! さぁ、いらっしゃいませ!」
「……はぁ、何を売ってんだか」
義之はやれやれと手を上げた後、氷を削る仕事を手伝いに行った。こうして、羽目を外し過ぎる午前の部が過ぎていく。




