第3話「転校生礼」
義之達のクラスに新しい仲間が加わった。
「……一条礼です」
そんな味気ない自己紹介を一人だけ楽しそうに見ている奴がいる。
第3話「転校生礼」
それは前日のこと。
「それでね、礼っていう子がお姉ちゃんのクラスに入るみたい」
奈波が話しているのは、姉の美緒。二人は双子で容姿がそっくりだが、決定的に違う部分がある。美緒はツインテールで奈波はポニーテールである。
「私のクラスにいれば色々助けてあげられるのに……」
本当に残念そうに奈波は呟く。
「そう……」
美緒は目を閉じたまま聞いていた。
「礼……っていうんだ」
そして、今日。
「礼、昼だぞ」
義之は机の上でうつ伏せになっている礼を揺する。
「……昼?」
礼は目を開け、ちょっとだけ顔を上げて言った。
「昼飯だよ、昼飯」
礼の前に弁当が置かれる。どこか気怠そうに礼はそれを見た後、視線を義之の向こうに移した。
「うわっ!?」
「熱いね~、義之ぃ?」
犯人は美緒だった。義之に抱きつき悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
「美緒……いい加減これ……やめてくれないか?」
「い~じゃん。女の子がくっついてるんだからさ」
「俺……お前のファンに八つ裂きにされるんじゃないかって、かなり怖いんですけど」
美緒には本人非公認のファンクラブがある。特にこのクラスに大量にメンバーがいるらしい。
「気にしない気にしない」
そう美緒は言ったが、体がふわっと離れた。
「ちょっとは気にしようね?」
般若のような笑顔の奈波がそれを許さない。美緒は驚くほど素直に従った。
「ところで……あなたが……礼?」
美緒は礼の目の前の席に座り、じっと礼の顔を見ながら言った。
「そうよ」
「……どうやら、礼目当てで来たらしいな」
「うん、そうだよ」
真剣そうな表情で見ている美緒に対し、礼は相変わらず無表情のままだ。
「でも、いきなり姉妹揃ったら混乱するんじゃないか?」
「どうして?」
礼は首を傾げながら、即答する。
「見た目とかそっくりだし」
「奈波と美緒でしょ? 覚えたわ」
「へぇ……本当かな?」
美緒の目が挑戦的な目つきに変わる。美緒と奈波は髪型を同じにすれば、親でも間違えるほど似ている。恐らく、かなりの自慢に近いものなんだろう。
「ちょっとゲームしようか?」
美緒はすくっと立ち上がり、奈波の隣に立つ。
「今から、髪型を同じにした私達のどっちかが入って来るから…」
「当てろと?」
礼は平然と美緒の挑戦を受け取った。
「そういうこと」
「あはは、頑張ってね」
奈波はなぜか乗る気になったようで、意気込みながら教室を出て行く。
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。それより…」
礼は弁当を再び取り出し、机の上に置いた。
「いつ、食べるの?」
「よく覚えてたなぁ…」
義之が弁当に手を伸ばした時、後ろから影がかかる。
「弁当は後。先にこっち」
美緒か奈波かわからなくなった奴が来ていた。
「ど……どっちだ?」
幼馴染の義之にもわからないらしい。
「……美緒ね」
礼がそう言った時、
「奈波ー!」
走ってきた少女は、答えを話す奴を吹っ飛ばす。
「ごめんごめん! 奈波大丈夫?」
「お姉ちゃん!?」
パタパタともう1人が教室に入って来た。犠牲となったのは美緒の方らしい。
「もう、娃!」
「ご……ごめんね!」
このぶつかったのに普通に会話できる少女は天神娃。天神神社の巫女をやっている。
「ど……どうしよ……」
娃がぶつけた頭をさすりながら呟いた瞬間、
「娃ぃーーーっ!!」
とりあえず、それはドアに激突した。娃以上の威力で、ドアはもちろん吹っ飛ぶ。ぶつかった側も吹っ飛んだ。
「あ、娃!!」
なんと、普通に会話している。
「お……お兄ちゃん?」
この娃がお兄ちゃんと呼んだ男は天神陵次。娃の兄で、天神神社の時期神主であり、一応生徒会長だ。
「だ……大丈夫……か?」
誰もがこう思っただろう。お前は大丈夫なのか、と。
「うん、大丈夫だよ」
娃の声を聞くと、とてもホッとしたような顔をして
「そうか、良かった」
それだけ言って立ち去ってしまった。
「何なの? あれ?」
礼の感想は正しいのだろうが、義之たちは何回も見て慣れている。それゆえだろうか、少し違った感想が飛び出した。
「陵兄ってさ……娃一直線だよな」
「うん……ちょっと危険だよね」
「あっ、美緒!」
娃の声に一同が振り返ると、目の焦点が合っていない美緒がゆっくりと起き上がる。
「うー……んぁ?」
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「あ……娃ぃぃ……」
やっと生きているような顔で、美緒は娃に詰め寄る。こんな風に賑やかな昼休みが過ぎていったのだった。
そしてその夜のこと。
「そういえば……よくあの時、美緒だってわかったな」
お茶を飲んでいた礼はコップから口を離し
「……わかるわよ」
と言ってまた口をつけた。
「どうやったんだ?」
「……さぁ?」
「……勘だったのか?」
「義之……」
礼はコップをテーブルの上に置く。何か思うことがあるのかと、義之は身構えた。
「勘……って何?」
義之は大きな溜め息をひとつ吐いて、この話は終わったのだった。




