第十一話「思い出せなくても」
義之は礼の手を掴み詰め寄る。
「本当にそれだけなのか?」
礼から公園に誘っておいて話題が奈波のマフラーだけなことに、義之は苛立ちにも似た感情を持つ。
しかし答えが返ってくることなく、二人の手は自然と離れた。
第十一話「思い出せなくても」
義之は夢を見ていた。それは学校の風景で、美緒が男子たちに囲まれ、それを奈波が苦笑いで見ている。大はしゃぎの娃と隆次がいつものやり取りをしているもの。
「……何だよ、これ」
当たり前の毎日が終わり、新しい何かが始まったはずなのにここにはそれがない。
「義之、まだ寝ているの?」
突然やって来た女の子、礼。義之は嬉しさの余りその小さい体を胸に抱く。
「……ん、ありがとう」
細い腰が折れるのではないかと思うほど、義之の腕に力がこもっている。礼はそれを笑顔で受け入れていた。
「本当に今までありがとう。私の我がままに付き合ってくれて、嬉しかった」
「これからだって俺は……」
「……奇跡はあるのかなって、そう信じたこともあったわ。会いたいって願えば義之が夢の中に出て来てくれるから。でも手を繋いだところでいつも目が覚めるの」
「もっと大胆なことだってできるぞ?」
「私って馬鹿ね。本当に義之のことが大切なら、道は決まっているはずなのに」
礼の頬を涙が伝う。
「大丈夫か? 何かあったならちゃんと俺に……」
「義之、もう二つだけ私の我がままを聞いてくれない?」
「何だよ……ん?」
これは夢のはずなのに、義之は礼の重さを確かに感じていた。胸に顔を埋めて肩を震わせる礼を抱き締め、優しく頭を撫でる。
「……ありがとう。それから、今までありがとう」
礼は赤くなった目を擦り、無理な笑顔を浮かべて義之から離れていく。
「待てよ! それじゃまるでお別れじゃないか!」
「義之と過ごせたこの一年……きっと忘れない。奈波と元気でね。さよなら、義之」
「待てってば!」
そこで義之は目を覚ます。時刻は午後十一時過ぎ。なぜか傍にいた奈波は驚いた表情で義之の顔を覗き込む。
「どうかしたの? 恐い夢でも見た?」
「いや、それよりも……」
不気味なくらい静かな家を義之は歩き回った。探せば探すほどに冷や汗が浮かぶ。
「くそ……礼がいない」
あんな夢の後だ。義之が家を飛び出すのには十分過ぎる状況だった。
「悪い、奈波。ちょっと出かけて来る」
「こんな時間に? どうして?」
「礼を探しに行って来る」
「……そっか。うん、やっぱりそうだよね」
奈波は何かに納得したかのように頷き、強く背中を叩いた。
「気合……入れないとね!」
「そうだな、奈波も頼む……と、隆次?」
「義之か。こんな夜遅くにどうした?」
外にはバイクに跨った隆次がいた。深々と雪が降っており、頭や体にうっすらと積もっている。
「礼がいなくなったんだよ。隆次は見てないか?」
「俺は見ていない。けれど、手がかりは知ってる」
そう言って隆次はヘルメットを放った。
「乗れ。お前が本当に再会を望んでいるのなら」
夜の街を一台のバイクが走り抜けていく。到着したのは天神神社だった。
「行け、それから再会を願っていることを娃に伝えるんだ」
「なんで娃なんだよ?」
「娃しか手がかりを持っていないからだ」
義之は首を傾げながらも、全速力で階段を駆け上って行く。
「こんばんは。今日は綺麗な月が見えるね」
境内で空を見上げていた娃がゆっくりと視線を落とし、微笑む。
「教えてくれ、礼はどこにいったんだ?」
「それを私に聞くのはルール違反じゃないかな?」
「どういう意味だよ? それよりも、礼が何かの事件に巻き込まれでもしたら……」
「ほら、やっぱりわかってない。違うっていうなら、何か思い出したことを言ってみてよ」
「それとは少し違うかもしれないけど……さっき、礼がお別れに来たんだ」
「それで?」
「心配になるのは当たり前だろ?」
娃は大きなため息を吐く。
「本当にそれだけの感情で動いているの?」
「それだけって……言われてもな」
「少しだけ教えるとね、礼は今日でこの街からいなくなる。きっともう来ない」
「なっ……!? どうしてそんなことがわかるんだよ!?」
「どうしてか礼のこと覚えているみたいだから、最後のチャンスをあげる。義之は礼のこと、どう思っているの?」
冷たい冬の風が二人の間を吹き抜けて行く。義之は一つ深呼吸して静かに思いを告げる。
「好きだよ。だからまた会いたいんだ」
その答えに娃は微笑むと、遠くの方を指さした。
「午前零時までに、この街で一番高い場所へ行くこと。ううん、ここまで来たなら行っちゃえ、義之!」
娃に背中を押され、義之は走り出す。
「何だかよくわからないけど、ありがとな!」
義之が行ったのを見計らって、隠れていた美緒が姿を現す。
「本当にこれでいいの? あの日、義之は奈波と……」
「いいの。義之はさ、そういう奴なんだ。きっと少し疲れていただけで、本当は凄く一途なんだから。私も奈波も、それからどんな奇跡も入り込めないくらいにさ」
そう言って美緒は涙を流した。




