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第10話「動き出す時」

 例年通り、それは美緒の提案だった。

「よし、今年もスキーに行こう!」

 この案は1人を除いてみんな賛成。民主主義的に、全員行くことになる。

「スキーはできるわよ。義之は?」

「……聞くな」


第10話「動き出す時」


 義之はスキー場に着いてからずっと肩を落としている。

「大丈夫、今年は上手く滑れるよ」

 奈波は毎年そう言うが、上手く滑れない義之にとっては追い打ちにしかならない。

 もちろん、今回も華麗に転倒する。

「義之、大丈夫?」

 一番スキーの上手い娃が毎年最初にこれを言う。今年もそうだった。

「上手いぞ! 娃!」

 いや、もしかしたら一番上手いのは陵次かもしれない。カメラ持ったまま後ろ向きで滑っているのだから。

「今年も派手に転んだねぇ」

「まるで毎年恒例みたいに言うな!」

 人並み程度に滑れる美緒は義之の隣をきれいに滑り降りて行く。

「ま、優しい誰かさんはきっと助けてくれるんじゃない?」

「義之、大丈夫?」

 奈波がその手を掴む。

「悪い……何だか、毎年似た感じだな」

「あはは、そうだね。……と、あれ? 礼は?」

 リフトに乗る時は一緒にいたはずの礼がどこにもいない。

「ね、あれ……もしかして礼じゃない?」

 美緒が指さした方には凄まじい勢いで滑り降りてくる人影があった。

「義之、どうかした?」

 その正体は礼だった。

「ど……どっから来たんだ?」

「一番上からよ?」

 礼は首を傾げる。

「何言ってんだよ……この頂上は危険だから普通の人は入れないはず……だぞ?」

 義之はそう言いながら頂上に視線を移すと、確かに一筋のシュプールが描かれている。他に上から降りてくる強者はいない。

「……礼って、スキー得意か?」

「そこそこよ」

 礼の凄さにその場にいた三人はただ唖然とした。

 その後、義之は礼に誘われて一緒のリフトに乗った。

「その……俺に付き合っていいのか?」

 娃と陵兄は上級、奈波と美緒は中級だから、超初心者の義之と一緒に滑ることはない。つまり、毎年義之は1人で滑ることが多かった。

「義之と一緒に滑った方がずっといいわ」

「それはつまり……上級コースがつまらないってことか?」

「つまらないわ」

 あまりにも辛い言葉に義之は溜め息を吐くと、礼は首を傾げた。

 超初級者コースでリフトから降りると、義之は早速転倒する。

「大丈夫?」

「あぁ……慣れてるからな」

 義之は礼の手を借りてやっと起き上がると、今度は礼を掴んだまま転んだ。

「……久しぶりに転んだ気がするわ」

 高校生二人が超初級者コースで大の字になって倒れている。傍から見る

と余りにも滑稽な場面だろう。

「ふふ……」

「何だよ……」

「ううん。やっぱり……義之といた方がずっと楽しいわ」

「う……うるさいな」

 スキーが上手な人は転び慣れているといわれているが、礼はまさにその通りで、あっという間に起き上がる。そして義之に手を差出して微笑んだ。

「さ、行きましょうか」

「……そうだな、そうするか」

 その後、超初級者コースで合計十二回ほど転ぶ義之の姿があったという。


「いやぁ~、一杯滑ったねぇ」

 美緒は大満足の表情で缶コーヒーを一気に飲み干す。

「娃のビデオがまたひとつ……と」

 毎年恒例の隆次の行動には誰も何も言わない。

「お兄ちゃん、帰ったら観ようね!」

「任せておけ! 今年は六十四型を使うぞ!」

 一方その頃、義之は盛大なくしゃみを何度か繰り返していた。

「義之、大丈夫? 風邪引いたんじゃない?」

 奈波からティッシュを受け取り、義之は鼻をかむ。

「もう……しょうがないなー。はい、これ」

「何、これ?」

「マ……マフラーだよ」

 少し作りが荒く、もしかしたら手作りなのかもしれない。

「義之? 奈波ねぇ~」

「わー! わー! お姉ちゃん!」

 美緒が何か言おうとしたが、奈波の恥ずかしさ隠しの行動が遮る。

「つ……使ってね?」

 奈波は真っ赤になってそう言うと、美緒を引きずりながら走って行った。


 そしてスキーからの帰り道、皆がバスから降りて解散すると隆次と娃はさっさと帰路に着いた。同じ方向の四人が残る。

「それじゃ、帰ろうか」

「うん、そうだね」

 奈波はどこかぎこちなくそう言った。なぜか礼の方に視線を向けている。

「……少し、散歩しない?」

 礼は珍しく、意を決したようにそう口にした。

「別にいいけど……明日じゃ駄目なのか?」

「今日がいいわ」

「え、どうかし……」

「じゃ、私たちは先に帰るね」

 奈波は何か言いたげな美緒の口を押えて先に帰っていく。事情が呑み込めない義之が止める間もなく、二人は見えなくなってしまった。

「……じゃ、行きましょうか」

 礼は強引に義之の手を掴むと、公園を目指して歩き出す。

「お……おい、どうしたんだよ?」

 義之の質問に何も答えず、礼はただ歩き続ける。そして着いたのは寒さで凍りついた小さい池の前だった。礼はそこのベンチに腰かける。

「どうしたんだよ?」

「……そのマフラーね、奈波の手作りなんだそうよ。一ヶ月もかかったらしいわ」

「そ、そうなのか。なら大切にしないと……」

「そうね、その通りよ」

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