依頼達成
魔術師ギルド。通称『学院』と呼ばれる組織は、他の商工業ギルドとは幾分異なる組織である。
商人や職人達のギルドが、各都市ごとに独立した、横の繋がりの組織であるのに対して、魔道帝国ネフィニアに本部を置く魔術師ギルドは、各都市に支部を置く縦の構造の組織である。
大きな都市にある支部には大学が併設され、魔術だけでなく、数学、物理学、化学をはじめとした様々な学問を学ぶ事が出来き、それが『学院』と呼ばれる所以である。
ここ、スランの街の魔術師ギルドにも大学があり、ギルドの支部と敷地を共有している。
そのため、魔術師や、大学の生徒以外の一般人が立ち入るにはその都度手続きが必要になる。
今回は依頼終了の報告と、その標的であるバジリスクの引き渡し、報酬の受け取りだけのため、中にはヴァルとギルだけが入り、戦士であるユーマとバズは、門の前で留守番である。
バジリスクを何とか捕獲して下水道から出ると、日はすっかり高く登っており、空は雲一つ無い快晴だ。おかげで濡れた身体は既に乾きかけていて、風邪は引かずにすみそうだが、代わりに生乾きの服からは、一層強烈な悪臭を放っている事だろう。
だろうと言うのは、ユーマ自身の鼻はまだ麻痺したままで何の匂いも感じられないからだ。
時折そばを通る通行人や、門を出入りする学生が顔をしかめてこちらを伺う様な視線を向けてくるたびに、居心地の悪さが襲う。
早くこの場を去りたいと言う思いが、ヴァル達が出てくるまでの時間を異様に長く感じさせる。
一緒に待っているバズと話でもしていれば、多少はそういった視線も気にならなくなるのかもしれないが、当ののバズは、話をするどころか、学院を囲う高い塀に寄りかかって船をこいでいた。
いい加減に居心地の悪さに耐えかね、先に宿に帰ろうかと思い始めた頃、2人の背の高い男達がこちらへ向かってやって来るのが目に入った。
「遅かったな」
二人がやって来るなり、開口一番、ユーマは不機嫌を隠そうともせず、どちらともなく文句を吐いた。
「わりぃわりぃ、手続きに時間が掛かっちまってさ」
と、鮮やかな金色の髪を肩口で切り揃えた方――ギルが、さして悪びれた様子もなく答える。
そこへ、長い褐色の髪を後頭部で結わえた方――ヴァルが苦笑交じりに、
「ギルさんが受付のおネェさんを口説いていたから中々手続きが出来なかったんですけどね」
とバラした。
「で、どうだったんだ?」
呆れて追求する気にもなれず、先を促す様に問いかけるユーマだったが、
「おう、バッチリよ。明後日ランチデートの約束を取り付けたぜ」
ギルは意味も無く髪をかき上げると、気どった仕草で得意げに返した。
日の光を浴びて鮮やかな黄金色の髪がキラキラと輝く。
その態度が思わずユーマの癇に障り、
「そっちの話じゃねぇよ!」
と、間髪いれず声を荒げてしまう。
そんな二人のやり取りを見兼ねた様に、ヴァルが皮袋を掲げて割って入る。
「ご心配なく。ちゃんと報酬は約束通りの額を頂きましたよ。
当面の支払いで使う分は貨幣で、残りは証書を発行してもらいました。合計で銀貨300枚です」
証書というのは、国や教会、魔術師ギルドといった大きな組織が発行する公的な書類で、これをその発行元に提出すれば、額面通りの貨幣と交換してもらえる。
実際の貨幣を大量に持ち歩くのはかさばるため、代わりに発行されるのだが、貴重な金貨や銀貨などの高額貨幣が、磨耗したり破損したりするのを防ぐ為でもある。
ほとんどの街で、一番小さく安いパンが銅貨1枚と定められているので、その100倍の価値がある銀貨で300枚なら、確かに一日の稼ぎとしては破格の報酬だ。
「ね、良い仕事だったでしょう?」
ユーマが微かに浮かべた満足気な表情を見逃さず、得意気にヴァルが言って来る。
その得意気な言い方に、いささか不満を覚えて、汚水まみれで悪臭を放つ自分の体を指差し、
「良い仕事?これでか?」
疲れも手伝って、一度は飲み込んだ愚痴が口をついて出そうになる。
だが、ヴァルもユーマの言おうとしている事は察しているらしく、何食わぬ顔で切り返して来た。
「ええ、命の危険も無く、一日でこれだけの報酬を手に出来たんです。全員無事で終えられて、良い仕事だったでしょう」
命の危険だの、全員無事などと言われて念押しされては、返す言葉も無い。
憮然とした顔で押し黙ったユーマだったが、ふと改めて自分以外のパーティーメンバーを見渡す。
ヴァルの言う通り、疲れは見えるものの、全員怪我も無い。それに十二分に報酬も得られた。
ようやく依頼を無事達成した実感が湧いてきて、口元だけで小さく笑い、
「そうだな、無事でなによりだ。
さ、さっさと帰って飯にしよう」
そう告げて踵を返すと、今だにウトウトしているバズにも声を掛け、仲間達を従えてユーマは帰路へと歩き出した。