表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

9月7日 天候雷雨


「・・・豆島・・・豆島二等兵!」

 中尉の言葉がどこか聞こえる。気付くと、目の前にリバースしたまま白目をむいた大田軍曹の死顔があった。

「豆島二等兵! ここにおります!」

 僕は痛みに耐えながら、周囲の状況を確認する。あちらこちらで、嘔吐音とうめき声が聞こえる。「衛生兵! 衛生兵!」「ママー!」

 敵の銃撃を避け、匍匐前進して中尉の下に近づこうとするが、ぴゅんぴゅんと音を立てながら、敵の目論見書が飛び交う。くそ、これは外資系運用会社の商品だ。

「豆島! マイクを握れ!」

 軍曹の叫びに、僕は狼狽する。

「中尉どの! 自分は音痴でありまして!」

「ばか者! このメロディを忘れたか!」

 僕ははっとする。これは、石川さゆり。しかも、津軽海峡冬景色だ。

「たとえ俺が死んでも、小隊の栄誉は守られねばならん! 豆島! 歌えるな?」

 僕は目がかすんで、中尉の顔がよく見えなくなっていた。そっと、軍服で目を拭うと、中尉に敬礼をする。

 言葉は必要なかった。

 僕は元きた道を戻って、マイクを握りなおす。軍曹の死顔が見えたが、もう涙は流れなかった。


 敵の信金営業工作小隊は、個人事業主を中心とするリテール・個人営業主複合部隊であったため、外資系運用会社の単発ノックイン投信の威力は絶大で、文字通り我々の小隊は壊滅状態となった。

 ただ、敵もノックイン投信という禁じ手を使ったため、指数となるソフトバンク株の値下がりによる額面割れ誘爆を招き、少なからない損害を負ったようだ。遅ればせながら到着した、大隊付属の法人ヘリボーン部隊が敵の残存兵を掃討して、ようやくわが小隊は被害の全容を知ることになる。

「豆島。よくやったな」

 中尉が、僕にBOSSブラック無糖のホット缶を差し出す。僕は敬礼して、その缶を飲む。二日酔いの頭にカフェインが染み渡る。

「ようやく、お前と壁がなくなったような気がするよ」

 中尉は、そういって自分の缶コーヒーに口をつける。

「中尉どの。自分は・・・」

「豆島。大田軍曹のことは残念だった。だが、お前は小隊の名誉を守った。俺は、それだけで満足だ」

 戦場に、静かな時間が流れた。法人ヘリボーン部隊の、三菱ミニカ(営業車)のエンジン音だけが、ただ響いていた。

「実はな。俺、来月の人事異動で本店に戻るんだ。隊は、大切なものを失ったが、代わりにお前という存在が生まれた。だから、俺がいなくなってもしっかりやれる。俺はそう信じているぞ」


「柴田三等兵、着任いたします!」

 僕は、PC端末に向かって、悪態をつきながらNotesのワークフローの却下ボタンを押していた。最近の若いやつは、体裁もまともにできないのか。こんなので、敵の提案攻撃が防げるわけない。先が思いやられる。

 着任したばかりの新兵は、目をきらきらさせながら、僕に敬礼をしている。事前に経歴を見ていたが、地方出身のMARCH卒らしい。相当鍛えないと、使い物になるとは思えない。

「歓迎するよ、柴田三等兵」

 僕は立ち上がって無表情なまま、新兵に手を差し出す。

「よろしくお願いします!」

「手を握る前に、ひとつ言っておきたいことがある」

 僕は、そう言って、最近すっかり贅肉がついてきた腹のベルトを締めなおす。

「俺の足を引っ張るのだけは勘弁してくれよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ