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12月5日 天候先週から曇り


 入隊して8ヶ月。入隊訓練は苛烈で、すでに何人かの同期が除隊していったが、僕はなんとか訓練課程を終えて、埼玉東部を拠点とする春日部中隊リテール営業小隊に配属された。小隊長は、入隊12年目の岡村中尉で、僕の教育係には3年目の大田軍曹があたることになった。

 大田軍曹は、冴えない小太りのめがね男で、着任してすぐに「俺の足を引っ張るのだけは勘弁してくれよ」と言ったきり、OJTはおざなりだった。この日も、岡村中尉が小隊全員を召集するまで、僕は大田軍曹の机を雑巾がけをさせられていた。

「敵の営業中隊が、小溝団地周辺に上陸したようだ」

 地図を前に、小隊の面々からうめき声にも似た喚声があがる。僕は、初めての戦闘を前に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

「情報部からの報告によると、敵は老人宅を中心に毎月分配型投資信託を撃ち込んでいるようだ。すでに、うちの小隊からも犠牲者が出ている」

 そういって中尉はちらりと小隊で2年目の岡村二等兵を見る。岡村二等兵は真っ青な顔で、超高速レーザープリンターで印字された戦闘詳報に目を落としている。

「敵の戦略目標は、われわれの顧客の商品を新商品にスイッチングさせることだ。したがって、我々も敵に取られる前に、先手を打って我々の顧客をスイッチングさせる」

「しかし、我々には新しい弾薬がありません!」

 別の二等兵がそう叫ぶと、中尉はそれまでの落ち着いた声から打って変わって、割鐘のような声で怒鳴り返した。

「貴様は、なぜ岡村二等兵が殺られたかわかっているのか? 日ごろから客のケアができてないからだぞ! 意識付けが足りんからこういう事態を招くのだ!」

 そう怒鳴られると、二等兵は沈黙して「失礼いたしました」と敬礼する。

「まあ、幸いにして大隊から新しい弾薬が届いた。おい、豆島三等兵!」

 僕は、自分が呼ばれていることに気づくと、飛び上がるように中尉の下に走った。

「豆島三等兵、参上しました!」

「よし、豆島。この資料を全員に配れ」

 そういって手渡されたのは、どこかヨーロッパの町並みが表紙になった、カラフルな営業資料だった。僕は、なるべく手早く、かつ丁寧に小隊の全員にそれを配る。

「これが、新しく配備される新兵器だ!」

 中尉は、そう叫んで資料の説明を始めた。僕は不安そうな面持ちで、「グローバル高配当REITファンド(毎月分配型) 愛称『世界中の大家さん』」と書かれた資料をめくった。


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