【第二部 王、訪問】〜シンの葛藤〜
ラント王がこの村にやってくる。村中がこの話題で持ちきりだった。大慌てで家の中から村の道まで、村人みんなで協力して掃除をした。俺も一応家の中、家の前の道路を綺麗に箒ではいた。掃除を終え村長の家に向かった。ヒロがいるのか気になったからだ。
村長の家の前に着くと、何十人かの村人が慌ただしく出入りし綺麗に掃除をしていた。村長の家はレンガ造りの大きな家で、村一番の大きさだ。庭の広さも考えると相当な広さになる。
村長の家の前で箒を持ち、せっせと動いている人に声をかけた。
「あの、すいません。少しいいですか?」
「……え。あぁ、シンくん。こんにちは」
動かしていた手を止め、愛想笑いを浮かべた。俺も軽く会釈をする。よく見るとその人は近所のおばさんだった。
「あれ、おばさん。どうして村長の家にいるんですか?」
「そりゃもちろん掃除のお手伝いでいるのよぉ。なんでもラント王直々にお見えになるそうじゃない。ほら……あまりいい噂聞かないでしょ。そう思うと家でじっとしていられなくてねぇ。それに村長さんの家、とても大きいじゃない。だから少しでも手伝うことがあればと思って掃除しているのよぉ」
「はぁ……そうですか」
一息ついたおばさんは再び箒を動かし始めた。家の前に植えられている花を傷つけないように、器用に枯葉だけを集めている。
「シンくんは掃除終わったの?綺麗に掃除しなきゃだめよぉ?ラント王の機嫌を損ねないようにしなきゃ……。何をされるか……考えただけでも恐ろしいわ」
ため息をもらしつつも、箒をせっせと休みなく動かしている。
「……あの、ヒロは戻ってきているんですか?」
そう言った直後、おばさんの手がぴったりと止まった。上げた顔は眉間にしわを寄せ険悪そうだった。
「いいえ!一番肝心なあの子が戻ってきていないのよ!一体誰のせいでみんながこんな風にしてると思っているのかしら?……まさか、逃げたんじゃ……!」
おばさんは苛立ちを抑えるように、乱暴に箒をはきはじめた。ヒロは戻ってきていない。そう聞いて少し安心した。このまま戻らないほうがヒロにとって良いのだ。そう自分に思い込ませた。しかし。
「ヒロが帰ってきたぞ!」
遠くでそんな声がした。おばさんと俺は同時にその方向を見た。まっすぐな道の向こう。……ヒロがいる。ゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。村人がヒロを見てひそひそ話しを始めている。大方ヒロの悪口だろう。
「……あの子前よりも右目が赤くなったような……なんて恐ろしい……」
隣にいたおばさんがつぶやいた。確かに……前よりも遠くからでもはっきりするほど赤い瞳が輝いている。
ゆっくりと進んできたヒロが俺の前で止まった。
目の前にヒロがいる。
戻ってこなくていい、本気でそう考えた。ヒロの身を考えれば、この村にいないほうがいい。頭ではそう理解していた。今ここでヒロを突き放し村から追い出せば、王との縁談も消えるだろう。きっと、ヒロには別の人生が待っているはずだ。
今、ここでヒロを突き放せば……。
そう思いながらヒロに手を伸ばしていく。
だが、俺の腕は突き放すどころか、ヒロを抱きしめていた。
「え…」
腕の中でヒロが小さく驚きの声を上げた。ヒロの顔は見えないが、きっと驚いている。ヒロを目の前にすると、考えていたこと全て消し飛んでしまった。なんて自分勝手なんだ、自嘲した。今更、他人に預けるなど……できない。今まで二人で支えあって生きてきたことは事実だ。今までのヒロとの思い出がよみがえる。しかしもし、俺と離れることでヒロが幸せになるのなら……。その時は喜んで身を引こう。過去を聞いてより一層ヒロには幸せになってほしいと思うようになった。だけど、今は……。なるべく多くの時間をヒロと過ごしたい。
ようやく俺はヒロに対する気持ちに気がついた。