【第一部 二人の過去】〜シンの過去、そして〜
父親と母親と俺の三人家族だった。どちらも優しい人で幸せだった。父親はラント城の兵士で、家を空けることが多かったが必ず帰ってきてくれた。
ある時、なかなか帰ってこない父親に俺は心配してしまい、つい泣いてしまった。すると母親は優しく抱きしめ微笑みながらこう言った。
『お父さんは強い人だから。どんなに遅くても必ず帰ってくるのよ』
そして、母親の言うとおり父親は帰ってきた。笑顔で出迎える俺に、父親はいつも抱き上げてくれた。俺の前では決して弱みを見せることのない父親だった。
そして、その日も父親はラント城へ向け、家を出た。俺も母親も、もちろん父親もごく普通の日になるはずだった。だがその日を境に父親は家に帰ってくることはなかった。
どうすることもできない俺たちは、父親を待ち続けた。帰ってくることを信じてひたすら待ち続けた。……だが、やがて一年が過ぎようかという日、一通の手紙が届いた。その文面には一言だけ書いてあった。
『反逆の罪により処刑 ラント王』
信じられなかった。が、ついに父親は帰ってこなかった。母親もその手紙が届いて以降、病を患った。時折うわ言のように、きっと帰ってきてくれる、と繰り返しつぶやいた。俺は生きていくべく他の村人の農業を手伝い回り、少しずつ作物を分けてもらった。少ない量だったが母親の看病のため必死だった。しかし、看病もむなしく母親は死んでしまった。
一人残された俺はどう生きていくべきか悩んだ。まだ幼かった俺にとって親を失ったことは死に値した。しかし村人の手伝いをしてきたせいか、いつの間にか信頼されるようになっており食べ物を分け与えてくれる村人が多数いた。一人でも生きていけると思った。
だが、孤独から来る寂しさはどうすることもできなかった。
「そう……だったの。ごめんね、思い出させちゃって……」
ヒロは申し訳なさそうにうつむいた。
「いいって。これでお互い様……だろ?」
「そう……だね。でもシンの父さんがラント城の兵士だったなんて知らなかった」
「まぁ言ってなかったからね。……ほらあそこに見えるだろ、ラント城」
俺は立ち上がり山の向こうを指差した。遠くに城が見える、あれは間違いなくラント城だった。ヒロも立ち上がりラント城を見つめている。
「……少し前に、ラント王に仕える兵士が俺の家に来たんだ」
俺は城を見続けた。あの時のことを思い出す。
「父親の死について、その兵士は真実を教えてくれた」
「え……」
「反逆でもなんでもなかった。……王の気まぐれで殺された、そう兵士は言ったよ」
ラント王……考えるだけでも怒りがこみ上げた。
「父親は王に殺された! 母親と俺がどんな思いで帰りを待ち続けたのかあの王にはわからない……よりによって仕えていた王に殺されるなんて……くそっ!なんで俺の父親なんだ!」
握りこぶしに力が入り、力のあまり震えている。
はっと我に返り、つい大声で怒鳴ってしまったことを少し後悔した。隣にヒロがいる。
「ご、ごめん。ヒロに言っても仕方ないよな」
「ううん……気にしないで」
俺の家族を奪ったラント王。その魔の手が今度は……。
「……今度はヒロが王に……」
そういうとヒロは悲しそうにうつむいた。ヒロがこの縁談を嫌がっているのは明らかだった。
だが、俺はどうすればいい?どうしたらヒロを王の魔の手から救える?
「本当は……説得するように村長から言われてきたんだ。だけど……冗談じゃない」
俺はヒロに近づくと両手をヒロの肩に置いた。
「俺が絶対……ヒロを守るから」
確証なんてない。だがこれ以上、俺の大事な人を失いたくない。ヒロはいきなりのことで驚いていたが、次第に顔を緩め俺に微笑みゆっくりとうなずいた。
気がつくと高く上っていた太陽はいつの間にか山に隠れ始め、真っ青だった空は赤く染め上がり、夜の闇が村を包み込もうとしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
シンと一緒に叔父の家へと戻った。家に入るとすぐさま叔父と叔母が出迎えた。しかし、和やかなものではない。
「……当然戻ってくると思ったよ。この村でお前の居場所はここしかないからな」
「この家に置いてもらえるだけでもありがたいことだと……わかっているのかしら。……ラント王との縁談は必ず受けてもらいますからね」
二人の言葉が胸にちくりと刺さる。二人の見下す目線と私に対する薄笑いは、この家に来て以降ずっと続いている。すると、後ろにいたシンが大きく咳払いをした。二人はシンの存在に気づかなかったのか、少し慌てた様子だった。
「おや……シンもいたのか。わざわざヒロの見送りとは……はは、すまないね」
「いえ当然のことです。あの、一つ聞きたいことがあるのですが……」
シンは大きく息を吸った。
「どうして……ラント王との縁談なんでしょうか。王は噂どおりの人柄です。それは城に貢物を持っていくお二方ならよくご存知のはずです。あんな王と縁談なんて……信じられません。先ほど縁談を申し込んだとおっしゃいましたがそれはヒロの考えも入れてのことなんですか?」
叔父夫婦は顔を見合わせた。少し驚いているようだった。シンの顔を見上げると、真直ぐな目だった。
すると突然、叔父が私の肩を掴み引き寄せた。私は叔父と叔母の間に入るような格好になり、いきなりのことで体がよろけた。叔母はよろける私を支えるため肩を抱き、叔父は私の頭に軽く手をのせた。
「あははっ。当たり前だろう。なにを心配しているんだね、シン。直接の血の繋がりはなくとも、今は私たちの娘なのだよ。娘の将来を考えることは 親にとっては当たり前のことだろう。違うかね。その上相手が王様なんてこれ以上いい相手はいないよ。ヒロも……そして私たちも幸せになれると、そう確信しているよ」
叔父が私の頭を撫でる。
「そうですわ。シン君は今までヒロの面倒をよく見てきたから心配しているのかもしれませんけどこの縁談に関しては何の心配もしなくて結構よ。……ヒロは必ず幸せを手に入れるわ。……ね、そうでしょ、ヒロ」
二人が一斉に私の顔を覗きこむ。顔は笑っているが、視線が冷たくどこか怖い。私を支える叔母の手と、頭にのせている叔父の手に力が入る。
本当のことを言いたくても口が動かない。そっとシンを見ると、私が何か言うのを待っている。私がいや、と一言言えばシンはそれに加勢してくれるのだろうか。でも、私にそんな勇気はない。
叔父と叔母の見えない圧力に負けてしまい、私は何も言えず、ただうつむいた。
「さぁもう遅い。シン、そろそろ家に帰ったらどうだ」
叔父がシンの肩を突く。
「……おやすみなさい、シン君」
二人は無理やり玄関の扉の前までシンの背中を押すと、扉を開けシンを外に出した。シンは何か訴えている様子だったが、叔父が玄関の扉を閉めてしまった。
「……シンはヒロに近づけないほうがよさそうだな」
「そうね。いろいろとやっかいなことになりそうだわ」
叔父と叔母が再び私の目の前に立ち並んだ。
静かな夜。二人は押し黙ったまま、口を開こうとしない。叔父と叔母は互いに目で合図をし、叔父が一つ咳払いをした。
「……ヒロ。近々、ラント王自らおまえに会いにいらっしゃるそうだ」
第一部終了です。ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
物語はまだまだ続きますので、どうぞ引き続きよろしくお願いします!