【最終部 赤い瞳】〜ヒロの選ぶ道〜
気づけば朝日が山から顔をのぞかせていた。丘を降り村へ帰ると、パピス兵と亡命を望むラント兵が出迎えた。兵士たちの後ろでは、大勢の村の人たちがいた。
「ありがとうございました。……村の人たちほぼ全員……怪我なく一夜を過ごすことができました」
女王の馬から下りて、お礼を言った。女王は私に微笑みながら言った。
「いえ、勝利を収めることができたのも、勇気ある行動をしたシンのおかげです。彼がいなければ村人たちを救えていたかわかりません。……彼の死は無駄ではないのです。それから……ヒロ、ずっと考えていたのですが……」
そう言うと女王が馬から下りて、私の前に立った。少し間を空けてから、口を開いた。
「私の…城に住みませんか?」
「えっ?」
女王は真直ぐ私を見つめる。冗談を言っているようには見えない。
「あなたの能力は素晴らしいものだと思います。ですが、その先読みは王の言っていた通り、使い方によっては兵器になりえるほどのものです。私はあなたを兵器として見るわけではありません。しかし、ラント王のような考えを持つ王もたくさんいるのです。争いを避けたい私にとっては、あなたをほっておけない。……ですから私の目が行き届く城においておきたいのです」
そういうと、再び女王は馬へ跨った。
「……返事は今でなくても良いです。後日、再び村の復興のため訪れます。そのときに返事をください」
そういうと女王は馬を走らせた。女王のあとに続いて数え切れないほどの兵士を乗せた馬があとをついていき、その後ろからは兵士が走りあとを追いかけていく。見ると、ラント王は馬から縄を繋がれ引きずられていた。村の人たちは、去っていくパピス女王たちに手を振り見送った。
その日のうちに、倒れている兵士たちと一緒にシンの葬式が行われた。シンは村の人全員から信頼を得ていたので、村全体が悲しみに包まれた。私は涙さえ出なくなっていた。というよりも、シンの死が信じられなかった。棺桶に入れられたシンがひょっこりと顔を出すのではないか、とさえ思った。
「私たちはシンの言うとおり裏山に隠れていたんだが、大きな叫び声が聞こえてきてな……気になってこっそり見に行ったんだ」
献花をして私の隣に戻っていた叔父が口を開いた。目線はシンが眠る棺桶に向いている。
「叫んでいたのはラント王だった。見ると太ももを刺されたらしく、ラント王の顔が歪んでいたよ。だが、その手前には傷だらけのシンが倒れていてな……おそらく……ラント王の兵士たちにやられてしまったんだろうな……」
叔父が悲痛な表情に変わる。直接見ていない私でさえ、心が痛い。
「ラント兵たちが右往左往している間に村の入り口から一気にパピス女王たちが攻め込んできたのだ。ラント王の近くにいた兵士たちは王を抱えてどこかへ行き、その隙を突いてシンへ駆け寄った。……酷いものだった。背中に大きな切り傷と、胸の辺りには矢が刺さっていた。私の後ろから駆け寄ってきた何人かの村の人たちも、皆言葉を失ったよ。だが……シンはそんな私たちに『女王がきたから大丈夫だ』と弱々しい言葉で笑いかけたのだ。その直後に女王が私たちの目の前にやってきた。だが……そのときにはもう……シンの意識はなかった。……本当に良い青年だった」
叔父は顔を伏せた。横から見た叔父の目からは、涙が流れていた。
シンは村が見渡せるあの丘へ埋葬された。いつも二人並んで座っていた場所に、シンが眠る。葬式を終えた次の日、私はシンに会いに行った。
「……シン。パピス女王がラント王を処刑するって言っていたよ。私、王と結婚しなくてもよくなったの……」
シンの墓標の前に座り込んだ。風が私の髪を揺らす。
「パピス女王からね……城へ来ないかって言われたの。私の能力を悪用しようと考えてる人たちから守りたいみたい。パピス女王が悪い人じゃないっていうのはわかってるんだけど……」
丘から村を見ると、村の人たちが協力し合い、崩れた瓦礫を運び掃除をしている。村の人の会話の中には笑顔がこぼれ、未来への不安を微塵も感じさせない。
「……私、やっぱりこの村が好き。この村の人たちが好きなの。……いつか、きっと村の人全員と分かり合える日が来ると思う。……別に先読みしたわけじゃないんだけど……私の願い。シンも……わかってくれるよね?」
日差しが暖かい。丘には普段と変わらない風が吹き、花が咲く。いないはずのシンの存在さえも感じられる。
“俺が絶対ヒロを守るから”
“ヒロが好きだから。…これ以上ヒロを不幸にしたくない”
“…ヒロ…幸せ…に”
シンの言葉が私の頭の中を巡る。
私の両方の瞳とも赤く輝く。
未来が見える先読みの証。待ち構える未来を見る瞳。私の未来に、どんな世界が待っているのだろう。