【最終部 赤い瞳】〜ヒロの赤い瞳〜
「シン……シン……!」
血で汚れようとも寝ているシンに覆いかぶさるように抱きしめた。どのぐらい泣き叫んだのかわからない。いくら私が抱きしめてもシンは眠ったままだった。左目が熱く痛みを発している。だが、それは泣いているせいだろうと考えた。
しばらくすると、村の人たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。私を気遣ってのことなのか、なにがあったのかと誰も聞いてこない。みんな黙ってシンの周りに集まった。
「シン。村のために……ありがとう。お前のおかげで村の人全員……無事だ!」
叔父が目頭を押さえ、泣くのを堪えている。が、言葉が震えていた。村の人たちも次第に泣き崩れていき、鼻をすする音が部屋に響き渡る。
冷たくなったシンの身体から離れた。シンの顔を見ても今にも起き上がりそうだ。私はしなければいけないことがある。シンが最後の力を振り絞って教えてくれた王の情報。それを女王に伝える義務がある。
私はすっと顔を上げた。命がけでシンが行ったことを無駄にしたくない。
「ヒ、ヒロ!……あんた左の瞳も!」
おばさんの声が聞こえたが、私は背を向け、家を出た。
「……パピス女王様!」
家の前に馬に跨った女王がいた。女王は私の声に反応し、馬を私の方へ向けた。
「ヒロ!……シンはどうでした?」
私の姿に一瞬驚いた表情をした女王だったが、すぐに真顔になった。私は首を横に振った。それを見た女王は残念そうにうつむいた。
「そう……ですか。それは残念です。……シンはなにか言いましたか?」
「王に傷を負わせた、と。……王はどこかで村の様子をうかがっているようです」
「なるほど……そうでしたか」
女王はすっと顔をあげ、家の前にいた兵士たちに命令を下した。
「ほとんどのラント兵は村から撤退し、降伏をしました!そこで、護衛をしているあなたたちに新たな命令を下します!ラント王は傷を負い、村からそう遠くない場所で様子をうかがっているものと考えられます。その場所を探し出し、ラント王を見つけ出すのです!」
「はっ!」
何十人といた兵士が声を揃え敬礼をした。
「ま、待ってください!」
走り出そうとしていた兵士や馬を走らせようとしていた女王の動きが、私の大声でぴたっと止まった。
「……どうしたのですか、ヒロ。あまり時間がないのです。ラント王に逃げられてしまっては全てが無駄になってしまいます」
馬に跨っている女王の表情は険しく、眉間に皴を寄せて私を見た。
「……今なら先読みができそうな気がするんです。だから少し時間をください」
女王は私の顔をじっと見つめた。私はその目線から逸らさなかった。今なら王の居場所がつかめるような気がした。両目が熱を帯びている。
「……半分残り、もう半分は私が今下した命令を遂行しなさい」
「はっ!」
女王の命令でその場にいた半分の人数の兵士がその場を去った。もう半分の兵士はその場を動かず、直立不動に立っている。
「……ヒロの赤い瞳を信じてみましょう。ですが、見えなかった場合はこの残りの兵士も私の命令通り動いてもらいます。……さぁやってごらんなさい」
その場にいた女王、兵士までもが私を見つめる。
失敗は許されない。でも、なぜかプレッシャーを感じない。ゆっくりと目を閉じる。
赤い世界。全てのものが赤く染まっている。
ここは…いつも来る場所。シンと出会った場所。一人で泣いた場所。村を見ていた場所。
思い出深いこの場所に……王と数人の兵士が……村を見ている。
目を見開いた。思い当たる場所は一つしかない。
「見えました!私が案内します。ついてきてくだ……」
走りかけたそのとき、女王が私を止めた。
「待ちなさい!……あなたの走るスピードでは遅い。私の後ろに乗りなさい」
私に手を差し伸べた。私は女王の手を握り、後ろに跨った。
「さぁ兵士たちよ!私に遅れないようについてきなさい!王はもうすぐです!」
女王は私が後ろから示す方向どおり、馬を走らせた。後ろからは何十人かの兵士たちが遅れまいと走って追いかけてくる。目指す場所は丘だった。山道を駆け抜け、丘へと出た。丘へ着いてみてみると、地べたに座り込んだ大きなラント王と、数人の兵士がいた。
「ラント王!」
「……パ、パピス!」
村の様子を見ていた王だったが、声に反応しすぐさま振り返った。振り返った顔は目を見開き、驚いている様子だった。すると、すかさずラント兵が立ちはだかった。槍や剣先を私たちに向けている。少し遅れて、パピス兵たちも追いついた。パピス兵も女王の前に出て応戦する構えを見せる。数だけでは圧倒的に女王のほうが有利だった。
「……ラント王よ。無駄な抵抗はやめて降伏しなさい。あなたの兵士の大半は……もう戦う意思がありません。無駄な争いをやめ、いますぐにで……」
「黙れ!なぜ貴様ごときに降伏せねばならんのだ!……やれ!」
ラント王は女王の言葉を遮り、目の前にいた兵士たちに攻撃命令を下した。圧倒的な数のパピス兵の前にラント兵たちは顔をこわばらせていた。が、それを悟られまいと大声を上げながらパピス兵につっこんできた。
だが、適うはずもなくあっという間にパピス兵の剣の餌食となった。
「おのれぇ!……貴様なんぞに捕まってなるものか!」
座り込んだままの王は、倒れた兵士には目もくれず這いつくばってでも逃げようとした。その姿からは、以前のように威勢の良い王はいなかった。
「哀れな。立ち上がることさえできなくなってしまったのですね」
女王はその王の姿を見下ろした。倒れているラント兵を避けつつ、王へと近づいていく。
「……あの若造のせいだ!あいつのせいで太ももに怪我を負ってしまった……くそっ……憎憎しい!必ずあいつの首を……この私の手で切り捨ててやるわ!」
女王は這いつくばっている王の目の前で馬を止めた。王はびくっと反応し、私たちを見上げた。見上げた王と目が合った。
「おぉ……ヒロではないか。おまえのためにこの村へ出向いてやったのだ。ヒロ、お前は私のものだ。早く降りて私を守れ。そして城へ連れて行け!……私はお前の主なのだ!」
這いつくばった状態から王は起き上がり、私に向かい手を伸ばしてきた。でも、私は手を出さなかった。代わりに、女王が腰に差していた剣を王の顔に突き出した。
「思い上がりもいい加減にしなさい。ヒロはあなたのものでも、兵器でもありません」
女王は様子を見ていた兵士たちを手招きした。
「縄で縛りなさい」
「はっ!」
やってきた二人の兵士がラント王を手際よく縄で縛っていく。
「パピス……貴様……今していることがわかっているのか」
王が憤怒の形相で女王を睨み付ける。
「わが国の兵力全てでかかれば、貴様の国など一日で滅ぶのだ……私に対する侮辱……いつか返すからな!」
女王はそんな王に対し、冷たい目線で見下ろした。
「……あなたには時間さえも与えません。私の国へ連れて帰り、あなたがしてきたのと同じように、あなたを処刑します」
「なんだと!……し、しかし私の部下どもは黙ってはおらぬぞ!」
女王はため息をついた。
「……哀れラント王。あなたの部下たちはあなたを見切り、私の国へ亡命しました。……これは人命を軽視したあなたの末路です。後悔の念に囚われながら死を迎えなさい」
縄で縛られた王は見る影もなく、ただ呆然としていた。王を繋いだ縄を兵士二人が手に持ち、そのまま王を引きずった。
女王を先頭に兵士たちを従え、丘を下っていった。