【最終部 赤い瞳】〜ヒロとシン〜
「シン!」
私はシンの肩を掴み呼びかけた。シンの身体には、いくつもの傷があった。特にひどいのは、私と会ったときからあった両足と右腕の傷、それに腹部にあるなにかが刺さったような傷だった。破れた服は血で染まりあがっている。シンの背中からも出血しているのか、寝ているテーブルから血が広がり床に滴り落ちていた。
「シン!起きて、シン!」
今まで出したことがないような大声でシンに呼びかけ続けた。周りにいた村の人たちは黙って私の様子を見ている。するとそこへパピス女王がやってきた。
「……ヒロ。シンは私たちが村へついたとき、すでにその状態でした」
村の人たちは間近で見るパピス女王に緊張しているのか、パピス女王から少し距離を置いた。パピス女王は私の横に並びシンを見た。表情は辛そうだ。
「……なにがあったのかわかりません。ですが、シンの手には短剣が握られ、その刃には血がついていました。私たちが村へ入ったとき……大勢いたラント兵たちは、隙をつかれたかのように慌てふためいており、攻め込みが思った以上に楽に行えました。戦闘が落ち着いたごろ、命令を下しているはずのラント王が見当たらないことに気がついたのです。おそらく……王になにかあり、そのせいで軍隊に隙ができたのでしょう。……そして今に至ります」
女王は横を向き、私の顔を見た。真剣な目つきで女王は続けた。
「もしかすると、シンがラント王の行方を知っているのかもしれないのです。シンが私の城へやってきたとき、言葉の端々からあなたがどれだけ大切な存在か、感じ取ることができました。ヒロ、シンはまだ死んだわけではありません。しかし、意識を失い命が危ない状態です。ヒロの呼びかけなら……もしかするとシンは意識を取り戻すかもしれません。……村人たちよ」
女王は私から目を離すと、村の人たちを見回し、大声をあげた。
「全員、この部屋から出なさい!立ち上がれない者には手を貸し、部屋から出るのです!」
いきなりのことで村の人たちは慌てた。女王の険しい表情に驚き、次々と部屋から出て行く。叔父と叔母、おばさんも急ぎ足で部屋から出て行った。この部屋にいた全ての村の人が出て行ったあと、女王も私に背を向けた。
「ど、どうして……」
女王は立ち止まり、顔だけ私に向けた。
「……邪魔者があんなにいては言いたいことも言えないでしょう。……私は家の外で兵士たちの指揮と取っています。なにかあったら私のところへきなさい」
そういい残すと女王も部屋から出て行った。部屋には、私とシンだけになった。
「シン!起きて!…シン!」
何度もシンへ呼びかけた。シンの血だらけの大きな手を握った。あんなに大きくて温かい手だったのに……今は血のせいで弱々しく見え……冷たい。私は手を握り締めた。少しでも手が温まるように。昔のような、私を受け入れてくれた手になるように。もう一度私の頭を優しく叩いてくれるように。
「……うっ」
かすかにシンが動いた。
「シン!シン!私よ、起きて!」
シンがゆっくりとかすかに目を開ける。だが、焦点が定まっておらず意識が朦朧としているようだった。シンが遠くに行ってしまわないように、強く手を握り締める。
「私のことわかる?!……お願い目を開けて」
彷徨っていたシンの視線が、ゆっくりと私を見た。シンは私を見つめたまま何度かまばたきをした。
「ヒ……ロ」
握っていたシンの手が、少しだけ力が入り私の手を握り返してきた。
「……また……泣い……て……るの……か」
シンの口が少しだけ笑っているような気がした。でも、途切れ途切れの言葉で、今にも消えてしまいそうなか細い声だった。
「……泣いてないよ。シン……どうしてこんなに傷だらけなの……?私、どうしたらいいの……」
シンはゆっくりとまばたきをする。まぶたをかすかに開き、口を少しだけ動かし、私の手を弱々しく握っている。
「……王に……傷……負……わせ……た……どこ……かで……村……様子……を……見て……る」
「うんうん……わかった……。シンお願い……目を閉じないで……」
握り返していたシンの手の力が弱まっていく。
「……ヒロ……返事……まだ……か」
唐突な質問だった。おそらく、告白についてのことだ。シンがじっと私のことを見つめる。その瞳は以前のような輝きを放っていない。私は涙ながらシンに訴えかけるように告げた。
「……私も……シンのこと好きだよ!だから……お願い!私を一人にしないで!」
その言葉を言った瞬間、シンの力がすっと抜けた。私を見つめているが、まばたきさえしていない。
「シン?」
驚いてシンに呼びかけた。が、次の瞬間。
シンは笑った。目を細め、口の端を上げ、笑っている。力の抜けていた手も再び力強く握り返してきた。
「……嬉しい」
その表情を見る限りでは、とても深い傷を負っているとは見えなかった。そのぐらいシンの表情は明るかった。
「……シン!私もシンが告白してくれた時すごく嬉しかった!私シンにいっぱい伝えたいがあるんだよ。王がとても怖かったことや……おばさんが優しくなったこと……村の人たちが……私を……認めてくれたこと……こんな日が……ずっと……続けばいいなって……。私……シンにいっぱいお礼が言いたい!いつも一緒にいてくれて……励ましてくれて……好きって言ってくれて……本当に……本当に大切にしてくれて…。私……シンと一緒に……この村で……!」
言いたいことがいっぱいあるのに、涙が溢れてしまう。
「……ヒロ……もう……一人……じゃない……。俺……が……いな……く……ても……大……丈夫」
「いやだ!私……シンがいないとだめなの!いつも支えてくれて……守ってくれて……ずっと二人だったじゃない!」
「……俺……ヒロ……との……約……束……守……れた……かな」
「うん……うん!守ってくれたよ!……だからお願い!シン!目を閉じないで!」
まばたきが、更にゆっくりとなっていく。手の力はほとんどない。
最後、目を閉じながらシンの口元が笑った。
「…ヒロ…幸せ…に」
そういい終えたあと、シンは眠るように、息を引き取った。
握っている手がより一層冷たくなっていく。強く握っても握り返してこないシンの手。
私の心を温めてくれた、大きな温かい手も温かな眼差しも、永遠の眠りについた。
何度呼びかけてもシンは目を覚まさない。流れ落ちる涙が、シンの頬を濡らした。