【最終部 赤い瞳】〜シンの謁見〜
夫人とおばさんが先頭に立ち、村人たちを裏山へと導いていった。裏山は手が加えられておらず、道と呼べるものはない。例え大勢の人数が裏山に逃げ込んでも簡単には見つからないだろう。その様子をぞろぞろと裏山に入る村人たちの列の少し後ろから眺めていた。
「……さっきはすまない。少し言い過ぎたところがあった。」
うつむき加減の村長がとぼとぼと近づいてきた。
「あの人のビンタで……少し頭が冷えたよ」
見ると、くっきりと手形が残っている。
「いえ……それならいいです。村人たちが……ヒロのことをあんな風に思ってくれているのだとわかりましたし……」
「人は変われるものだな……」
「……村長も早く裏山へ……隠れてください。……王の軍は、もう見えるところまで来ています」
月が浮かぶ暗闇。村の遠くのほうで、いくつもの明かりがゆらゆらと揺れながら近づいてきている。あれはラント王の軍隊なのか、パピス女王の軍隊なのか暗闇のせいではっきりとわからない。
「しかし、あれは女王の軍隊かもしれないだろう」
「どちらにしろ、この村は危険です。早く……避難をしてください」
俺の様子に異変を感じたのか、村長が俺の肩に手をのせてきた。
「おい!シンはどうするのだ?お前も一緒に避難しなければならんだろう」
「……俺は少しでも村人たちが遠くへ行けるように……パピス女王の軍隊が来るまで……この場所に残り、時間を稼ぎます」
そう言ったことに驚いたのか、のせている村長の手に力がこもった。
「……それは断じてならん!あんなに遠くにいるのだ、その間に村の人たちは十分奥へと進むことができる。それにシンもこの村の者だろう?一緒に避難するんだ!」
俺は肩にのっている村長の手をそっと振り払った。
「……きっとこの時間まで王の軍隊が遅れたのは……あるラント兵のおかげだと思っています。それに、遠くに見えていてもすぐにこの村へと来るでしょう。今この村に王の軍隊が来て、村人を縛られ、ヒロが見つかってしまえば……この村は終わりです。……村長。俺は大丈夫です。……こんなに血だらけでも生きているんですから」
「しかし……」
「……さぁ行ってください!」
村長はもの言いたげな表情を浮かべていたが、ため息一つ漏らすと申し訳なさそうな顔をしながら、村人の列へと戻っていった。戻った村長は村人たちに急ぐように言い、そのおかげですぐに山に全ての村人たちが入った。最後まで残っていた村長が振り返り俺に向かい叫んだ。
「必ず戻って来い!みんなでお前の帰りを待っているからな!」
俺は大きくうなずいて答えた。
誰もいない村。村の中心部に立っているが、物音一つ聞こえない。暗闇に包まれた村は、異様なほど静かだった。村の正面を見るとどんどんいくつもの明かりが近づいてきている。遠くのほうから、馬が土を蹴る音や人の歩く音が聞こえてくる。それは近づくにすれ大音量となり、台地がゆれるような感覚になった。
そして時間がさほどたたないうちに、ラント王が率いる軍隊が村にやってきた。
王たちは村の入り口の手前に一旦止まると、先に歩兵何人かを村へ入れ、そのあとに悠然と王を先頭に数えられないほどの軍隊が村へ侵入した。先に村へ入った歩兵は、ヒロを探すためなのか、一軒ずつ家を回っていた。その歩兵たちが村の中心部に立っていた俺に気づき、手に持っていた槍の尖端を向けた。
「貴様、この村の者か!村人がいないようだが一体どこに行った?答えろ!」
あっという間に五人ほどの兵士に囲まれてしまった。どの兵士も槍を俺に向け、身動きをとらせないようにした。だが、入り口から馬にのった王がやってきた。
「村の者がおらぬだと?それは一体どういうことだ?」
王は馬に乗ったまま、兵士たちを見下ろした。かすれた低い声が響く。
「はっ!ただ今数軒の家を回りましたところ、どの家にも村人がいないのです。おそらくどこかに隠れているのではないかと思われます」
五人の兵士が全員槍を下ろし、王に敬礼をした。王の後ろでは馬に乗った兵士がたいまつをかざしている。
初めて近くでラント王を見た。王が馬に乗っているため見上げるような格好になっているが、王の巨漢さはわかった。この間丘から見たときはマントにスーツを着ていたように思ったが、今日は鎖帷子に赤いマントを着用し、立派な鶏冠のようなものをあしらった兜を被っている。足には頑丈そうな足防具を履いている。
「……そこの者、村の者はどこへ行った?」
王が俺に問う。俺は黙って王を睨み付ける。
「貴様!ラント王様が質問されているのだ、なにか答えんか!」
再び五人の歩兵全員が槍を俺に向ける。俺はゆっくりと口を開いた。
「……ラント王様、何かを探しておられるようですが……」
「さっさと質問に答えんか!」
歩兵の叫び声とともに、槍が俺に近づく。
「……村人全員……この村にはおりません」
「……ほう」
王は冷たい視線で俺を見下ろしている。俺は決して王から目を離さず睨み続けた。