【最終部 赤い瞳】〜シンの誘導〜
周りを見渡すと、薄暗く太陽は山にすっぽりと隠れてしまっていた。村へ戻り村長の家の前に行くと、大勢の村人が集まっていた。どの顔も皆集められたことを不審に思っている様子で、ざわざわと騒がしい。なにかの上に乗っているのだろうか、村長夫婦とおばさんの顔だけがはっきりと見えた。だが、集めてもどうすればいいのかわからない様子で三人ともうろたえていた。が、三人は俺の姿に気づいたようで大きく手招きをした。すると、村人たちが途端静まり俺のほうを振り返った。村人たちの顔が同時にこわばり、俺の姿に驚いた。口をふさぐ者、目を背けるものと様々だ。俺は足を引きずりながらもゆっくりと村人の集団に近づいていく。血は止まることなく流れ出ている。血は滴り落ち、地面に点線を描く。意識が朦朧とするが、気を失うわけにはいかない。痛いという感覚さえわからなくなっている。村人たちは自然と道を開け、俺はその中をゆっくりと進み、やがて村長夫婦おばさんの前に来た。それぞれ椅子の上に立っていた三人は椅子から降りた。
「……ヒロはどうした?」
と、降りて即座に村長が聞いてきた。
「教えてもらった小屋に……残してきました」
「なぜだ?……シン、今日は一体どうしたのだ?ヒロは王との結婚が決まっているのだぞ!もし、ヒロの身になにかがあったらどうするつもりだ!」
村長が顔を紅潮させながら怒鳴り声を上げた。そんな様子を村人たちは黙ってみている。
「……村長。村人を集めたのも、ヒロを小屋に残してきたのも……全て理由があります。今から俺が説明しますから、少し聞いていてください」
すっと村長の横をすり抜け、椅子に足をかけた。そばにいたおばさんが手を貸してくれ、ふらふらとしながらも椅子の上に立った。
「……集まってもらってありがとうございます。皆さんにお集まりいただいたのには理由があります」
全ての村人の視線が俺に注がれる。村が静かになった。
「……あるラント兵が命がけで情報をくれました。その情報と言うのは、いつか王が村を滅ぼそうと考えている、というものでした」
そう言うと、村人が再びざわつき始めた。だが、俺は続けた。
「そしてそれを防ぐべく、ラント兵の助言で隣国のパピス女王への下へ行きました。そして、女王から本当の事実を聞かされました……」
再びざわつきがおさまり、俺の声が村人にいきわたる。
「……王は今日、この村を攻め込んできます」
言った瞬間に、村人たちからどよめきが起こった。天を仰ぐ者、泣崩れる者、呆然と立ち尽くす者……一瞬にして村人が混乱に陥った。俺の近くにいた村長夫婦とおばさんも動揺しているようで、夫人とおばさんは椅子に座り込んでしまった。村長は信じられないと言わんばかりの怒った顔で、俺を見上げ怒鳴った。
「シン!こんなくだらん冗談を言って村の人たちを混乱させるな!なぜラント王がこの村を滅ぼす必要があるのだ?!第一、その情報は本当に信じても良いものなのか!」
俺は村長を見ずに、村人たちに向かって叫んだ。
「ですが!心配ありません!もうすぐ、パピス女王の軍隊がやってきてくれます!ですから皆さん落ち着いてください!」
村人たちの動きが止まり、徐々に静けさを取り戻していく。村長は俺が立っている椅子を掴み、再び俺に怒鳴った。
「なぜだ、なぜ王はこの村を滅ぼすのだ?ヒロとの結婚はどうなる?え、はっきりと言えシン!」
村長を見下ろすと、目を見開き興奮しすぎているせいで呼吸が乱れていた。
「そうだよ、シン!なんで王に滅ぼされるんだ?」
と、村人の一人が叫んだ。すると、口々に村人が疑問を俺に訴えるようなざわつきが起こった。俺は少しだけ間を開け、口を開いた。
「……この村は……裕福な村ではない、そのことは皆さん自身わかっていることと思います。貢ぐ作物が少ないせいで、王は気分を害しこの村を消そうとしていました。ですが……ある兵士のおかげでなんとかこの村は王の魔の手から逃れていたんです……」
村人は騒ぐのをやめ、村長も椅子から手を離した。
「ですが……王は村を消すということは諦めていなかったようです。きっと……今日でなくても、いつかこの村に王が攻め込んでいたと思います。……そんなとき、ヒロとの縁談が持ち上がった。直接見た王はヒロを気に入り、そして……とんでもないことを考えたのです」
思い出しただけで握りこぶしに力が入った。
「……これから言うことは、決してヒロが悪いんじゃない!絶対に誤解しないで聞いてほしい!」
いきなり叫んだ俺を不審に思ったのか、村人同士顔を見合わせたりしている。これを言うことでヒロに対する村人の態度がひどくなるのではないかと思った。が、言わなければいけないことだった。
「……王は……ヒロの先読みを……兵器として使うために……ヒロを使いやすくするために……ヒロへの見せしめとして……村を滅ぼそうとしているんです」
「な、なんだと!ヒロへの見せしめだと?」
聞いていた村長が驚きの表情で叫んだ。村人たちも唖然としている。
「……王はヒロをさらい、村を滅ぼし、そのまま隣国のパピス城へ攻め込むらしいです」
俺のそばで聞く村長は怒りをあらわにし一人叫んだ。
「ではヒロ一人のために、この村が滅ぼさせるのか?!……おのれまたあいつか!あんなやつなんていなければよかったのだ!この村にとって汚点でしか過ぎん!」
全ての村人がいる前で、大口を開け叫び散らす村長。その言葉を聞いた瞬間カッと頭にきた。村長を見下ろし、その頭に殴りかかろうとした。
が、俺よりも前に村長の頬にビンタが飛びバチッという音が響き渡った。
「な、いきなり何をする!」
叩かれた左頬を手で覆いながら村長が言った。
「……村長さん、言っていい言葉と悪い言葉ぐらいお分かりでしょう?」
いつの間にか椅子から立ち上がったおばさんが、村長の頬を強く平手打ちをしたのだ。
「シンくんも言っていたでしょう、ヒロが悪いのではないって。あの子は兵器として王に使われるかもしれないんですよ?……悪いのはあの子じゃなくて、ラント王でしょうが!」
「何を言っているんだ、君もヒロのことを嫌っていたじゃないか。君だけじゃない、この村の人全員だ!なのに、今更ヒロは悪くないだと?いい加減すぎんかね!」
村長がおばさんに一歩踏み出した。だが、おばさんも負けていない。
「昨日ヒロとほぼ一日中過ごしたよ。あの子は思った以上にいい子だね!私を含めもう村のほとんどの人はヒロへの誤解は解けているよ。あの子に今までのことを謝ったら、笑ってね……。あんたこそ、目がおかしいんじゃないかい!」
すると、様子を見ていた村人たちの半数が、そうだそうだと、おばさんを加勢している。村長は雰囲気に圧されてしまい、なにも言えなくなっていた。
俺は目の前の光景が信じられない。今までこんなことあっただろうか。
「お、おばさん……じゃあ村人たちもヒロを認めてくれるのか?」
「そうだよ。……まぁ全員とまでは言えないけれどねぇ。まぁ私はあの子の味方だよ」
とにっこりと笑顔を浮かべおばさんが言った。ヒロのことが自分のことのように嬉しかった。ヒロがこの光景を見たら、どんな顔をするだろう。
「……ありがとうおばさん。きっと……ヒロ、喜ぶと思うよ」
顔を上げると、村の遠くのほうでなにやらたくさんの淡い光が見えた。その数は多く、片手では数えられないほどだった。
あれは……軍隊だ。
俺は慌てて村人たちに向かって叫んだ。
「皆さん!もう時間がありません!今から村長の家の裏手にある、裏山の中へ入って身を隠してください!必ずパピス女王の軍隊が助けに来てくれます。……子供、女の人を優先して!さぁ早く!」