【第三部 隣国の女王】〜シンの深手〜
城下町を出るなり俺は走り始めた。もう時間がない。空を見上げると日が高くなっている。女王の言う通りならば、明日には村にラント王の兵が攻めてくる。なんとかそれまでに村に戻り、村人たちを避難させなくてはいけない。村から女王の城までに要した時間は約二日間。それを今から一日の間に戻らなくてはいけない。正直自信がなかった。が、女王がある道を教えてくれた。
『その地図は安全な道のりが書いてあるものです。ですが道は他にもあります。その道を使えばより早く村へ到着できるでしょう。ただ……』
女王が言っていた道というのは、山を一直線に抜ける道のことだった。行くときは山を沿うように歩いてきてが、それは安全な道ということだったのだ。
『……狼の巣となっているらしいのです。下手をすれば襲われる可能性がありますが……それでもその道を行きますか?』
『……はい!』
山に少し入ったところから、薄暗い獣道があった。それが女王の言っていた道だった。太陽の光を拒むように、木や草が生い茂り一直線の獣道がずっと続いている。この道は二つの山と繋がっている道らしくずっと歩いていけば村の近くまで出れる。ただし、一つ目の山の中には狼の巣。二つ目の山の中には絶壁の谷があるらしい。それらを越えなければ山から抜けられない。だが、それらを恐れている時間などない。俺は獣道に一歩踏み出し走り始めた。
昔誰かが通ったのだろうか、ずっと踏み鳴らしたように草が倒れている。これなら道に迷うことはない。ただひらすら走ればよいのだ。なにかあってはいけない、と女王が少し薬草を分けてくれた。武器も貸すと申し出てくれたがそれは断った。腰にはライアから借りている短剣がある。
ふと走りながら、なにかの気配を感じた。なにかがいる。
だが立ち止まるわけにはいかない。気にしつつも走り続けた。すると目の前に大きな大木が横倒しになっていた。飛び越えられる大きさではない。仕方がないので立ち止まり、越えるために大木に足を掛けた。そのとき。
大木に乗せていない足のふくらはぎに激痛が走った。見ると狼が足に噛み付いていた。
「っぐ!……くそ!」
ずきずきとふくらはぎが痛み、血が流れ出す。腰に差している短剣を抜き、狼めがけ剣を振り下ろした。が、すんでのところで狼が足から離れた。
「……ち、ちくしょう。いきなり噛み付きやがって」
ふくらはぎが痛むせいで足に力が入らない。狼は唸り声をあげながらこちらに牙を向けた。すると、草の中から二匹の狼が姿を現した。今にも襲い掛かってきそうな勢いだ。唸り声を上げながら徐々に近づいてくる。
「……ここで立ち止まるわけには……いかないんだ!」
痛みを堪え勢いよく大木に飛び乗り、なんとか飛び越えることができた。が安心はできない。足の痛みを我慢して再び走り出した。走りながら振り返ってみると三匹の狼たちが追いかけてきている。
「はっ……はっ……はっ……くっ!」
先ばかりを見ていたせいで足元の石に気づくことができず、そのまま転んでしまった。狼たちの駆ける音が近づく。振り返って見ると狼たちがどんどん近づいてくる。牙をむき出しにし、鋭い爪で地面を蹴り、そして一匹が飛びかかってきた。
「ちくしょう!」
持っていた短剣を狼に向け切りつけた。当たったのか、なにやら感触があった。だが飛び掛ってきたのは一匹だけではない。残りの二匹もすかさず襲ってきた。そのうち一匹が腕に噛み付いてきた。
「ぐっ!……噛み付くんじゃねぇ!」
とっさに片方の腕で狼の顔を殴った。殴られた狼はその場にうずくまった。噛み付かれた傷口から血が流れ出す。あまりの痛さに剣を握る手が緩まっていく。だが、これを離したらこの狼たちに勝てる手段はない。残っていたもう一匹の狼が俺の首を狙って襲い掛かってきた。痛みを堪え再び短剣を強く握った。
「くっそぉぉ……!」
振り切った短剣の刃が狼を切り裂く。狼は血を噴出しながら地に落ちる。だがまだ二匹残っている。見ると、最初に切りつけた狼が俺に牙を向け再び襲い掛かってきた。座った状態では危ないと判断し、痛みを堪え立ち上がった。
「ち、ちくしょう……くらえぇ!」
狼めがけ短剣を振り下ろした。短剣の刃は見事狼に命中し、狼はそのまま動かなくなった。倒れている狼の数を確認した。が、先ほどまでうずくまっていたはずの狼がいない。
「はぁ……はぁ……まだ……もう一匹……いたはず……!」
後ろから気配を感じた。そう思った瞬間噛まれていないもう片足に激痛が走った。最後の一匹が噛み付いてきたのだ。
「うぐっ!……こ、このやろう……!」
勢いよく短剣を狼に突き刺し、狼は息絶えた。
今の騒ぎが嘘だったかのように、再び森は静寂さを取り戻した。目の前にあるのは三匹の狼の死体。だがここは狼の巣。いつどこから狼が現れるかわからない。早くこの場から逃げなければ。
だが、両足と片腕からの出血が止まらない。あまりの激痛で意識が遠のきそうなほどだった。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。一旦座り、震える手でかばんから薬草を取り出すと、ぱっくりと開いたそれぞれの傷口に当てた。
「……ぐっ……く、くそ……あとは包帯で巻いて……」
薬草が傷口にしみる。痛みを我慢をしながらなんとか全ての傷に包帯を巻き終えると、再び立ち上がった。
「……い、急がなくては」
痛みを堪えながら、小走りに近い状態でその場をあとにした。
第三部はこれで終わりです。シンは王よりも早く村へ帰ることができるのでしょうか。
次は第四部です。
おそらく最終章となりそうですが、まだわかりません。
えー申し訳ないのですが、第四部まだ書いていません(;´▽`)
ここまで毎日更新してきましたが、何日か遅れそうです。もし、この連載をここまで読んでくださっている方がいらっしゃいましたら誠に申し訳ないです。