【第三部 隣国の女王】〜シンと城下町〜
うっそうと茂る木々の隙間から太陽の光が薄暗い森を照らしている。耳をすませば鳥の鳴き声、葉がゆれる音、と見た目以上に騒がしい。俺は薄い皮の靴を履き、肩からかばんを提げ、ライアからもらった地図を片手にひらすら歩いていた。地図によると女王の城は山を二つ越えた先の湖の中にあるらしく、俺はやっと一つ目の山を越えた辺りだった。険しい道のりが続くのかと思っていたが、さほど険しい道ではなくひたすら長い道のりだった。山を直進するのではなく、山の周りを沿うように歩くので余計に時間がかかる。直進したい気持ちもあったが、なにがあるかわからないので地図どおりに行っていた。
一人黙々と歩きながら、自分の役割の大きさに今更ながら感じてきた。もし、女王の協力が得られなかった場合一体村はどうなってしまうのだろう。ラント王の権力の元、滅ぼされてしまうのか。たとえ、村人全員で歯向かっても王は痛くもかゆくもないだろう。だとすれば……やはり女王になんとしても協力してもらわなければいけない。無意識の内に歩くスピードが速まっていった。
気づけば夜になっていた。だが、道はまだまだ続いている。足場の悪い山道のせいか足がだるく足の裏もズキズキと傷む。明日に備え寝ることにした。
日が出ると同時に再び歩き始めた。今日中に行かなければ、いつ王が村に来るかわからない。黙々と山の中を歩いていった。
日が傾きかけた頃、前を見ると道の先が開けているのに気づいた。行ってみると道が終わっている。川が流れその少し下流には塀に囲まれた村があった。さらにその奥には湖が見える。逸る気持ちを抑えながら、村へと急ぎ足で行った。
村の入り口には二人の槍を持った兵士が警備していた。村の周りは森で人気はない。村に入る手段はこの入り口しかなさそうだった。すると、近づいてきた俺に兵士が気づき、槍を突き出してきた。
「待て。貴様こんな時間になんのようだ」
日が沈み辺りはすっかり暗くなっている。兵士二人は槍を向けたまま睨みつけた。
「ここはパピス女王の城下町だぞ。用がないのならさっさと立ち去れ」
「…パピス女王の城下町?!ってことはあの湖が女王がいる城か!」
思わず顔がほころぶ。だが、怪訝そうな様子で兵士たちが警戒する。
「だとしたらなんなのだ。…貴様この国の者ではないな。女王になんのようだ!」
槍の刃が喉元にぐっと近づいた。思わず背筋が伸びる。だが引き下がれない。
「村を……村を救ってほしいと頼みに来たんです」
「村?貴様、正気か?何から救ってほしいかは知らんが、自分の国の王に頼めばよかろう?」
「……王から村を救ってほしいんです」
二人の兵士が顔を見合す。すると突きつけられていた槍がおろされた。
「ラント王の国の者か。……もう城へ繋がるつり橋は引き上げられた。今日はあきらめて、明日の朝もう一度来られよ。つり橋がおろされ城に渡ることができる」
さっきまでの表情とは打って変わって、兵士は穏やかな口調で丁寧に説明をした。俺はそれが不思議に思った。
「……俺がラント王配下の村ってこと、よくわかりましたね。しかし、そんなあっさりと会っていいものなんですか?」
そう言うと、二人の兵士は少し困った表情をした。言うのを渋った感じだったが、一人の兵士が口を開いた。
「……実は貴様のようにパピス女王様に救済を求めてくる村のものが大勢いるのだ。お優しい女王様はその用件を全て聞いてくださる。そのような者が訪ねてきたら拒むでないと命令がくだっているのだ。……わかったなら、村の宿屋にでも泊まって朝を待つことだ。さぁいけ」
そういい終わると、兵士二人は俺を村の中へ押し入れた。村は静まりかえっていた。見上げれば夜空にまん丸と月が出ていた。家がいくつも並び、道は舗装され、商店らしき店がいくつもある。昼になるとこの村は賑わいそうな、そんな雰囲気が漂っている。少し歩くと、明かりのついた大きな建物を見つけた。看板には大きく宿と書かれており、躊躇わず戸を開けた。
宿屋の部屋は家よりも二倍ぐらいの広さで、綺麗な畳が敷き詰められていた。その割には、料金が安く、この国の豊かさをうかがい知ることができた。入ったこともない温かな布団に包まれながら、一日が終わった。
山の向こうから日が昇る。日の出ともに、湖に面している村の隅へと行った。兵士の話ではここから湖の中にある城へと行けるらしい。着いて見てみると、大きなつり橋が湖の中の島にある城まで続いていた。距離はそこまでは長くはない。つり橋の幅も手を広げた二倍ぐらいだった。このつり橋を渡れば女王がいる城に着く。女王に会うため、つり橋に一歩踏み出した。