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売店員と国の結界  作者: きいまき
精霊の再生
9/31

ミーシア

 ミーシアは日当たりの良い、南向きの斜面にこじんまりと出来た村……集落だった。

 カミッシュに比べると、断然狭い土地だが居心地よさそうな家々が不規則にならんでいる。


 牧草と家畜の匂い。

 時間がのどかにゆったりと流れているようなイメージを持ってしまう、土地だった。



「「こんにちは、おじさん」」

「おう、初めて見る顔だねぇ。どこから来たんだい?」


 まずイリーサとティズが話し掛け、ラツが話を続ける。


「こんにちは。はじめまして。僕は学者の卵でして、土地土地に伝わる昔話を集めて回っているんです」

「ほおぅ、そうかねぇ」


「この子達は、旅の間中、ずっと預かってもらえる心当たりがないもので、一緒に連れて歩いてます」

「なるほどねぇ」


「もし、お時間ありましたら、昔話をしてもらえないでしょうか? 僕に話し辛ければ、この子達に向かってする感じで」

「おう。いいよぉ。何から話そうかぁ」


 うん、いい感じだ。

 子供に対しての方が話しやすいだろうから、イリーサとティズを一緒に連れているという設定を信じてくれたみたいだった。



 やっている事は見聞課と同じなのだが、神官だなんて絶対に言えない。


 だけど、特に異常は感じないよなぁ~この人も。

 しかも、話が上手い。


 山で迷い、木の精霊に助けられた木こりの話。

 願い続けて湧き出した水の話。

 おっちょこちょいな鳥の話。

 それから、昼と夜の神の話。


 イリーサがそれは上手に笑顔でせがむので……もしかすると、その村人は即興で捻り出したのかも知れないが、様々な話を語ってくれた。



 いきなり石を投げられる事もなければ、余所者に酷く警戒している様子もない。

 ミーシアへ来るまでに出会った、村人達の雰囲気と何も変わらない。


 相手が魔物なら、条件反射で鳥肌が立つはずなのに……。


 知らず知らずのうちに、ラツは本気でふんふんと相槌を打ち、話にのめり込んでしまっていた。



 その時、ティズが立ち上がると、タタッとどこかへ向かった。


「あ~っ、と……す、済みませんッッ」


「いやいや、聞き疲れたのだろぅよ。お茶も冷めてしまったし。今入れ直すから、一時休憩としようじゃないか」

「ありがとうございます。とりあえず、連れ戻して来ます」


 皆でティズを追い掛けるのも変なので、イリーサには残ってもらい、ラツだけがその場を離れた。




 慌てて追い掛けたけれど、やっと捕まえられたのはティズが立ち止まってからだった。

 目の前には神殿が焼け落ちた跡と思しき、黒く焦げた土が広がっている。


 やっぱり神殿の事が気になるんだなぁと、何かを堪えるように口をへの字に曲げているティズの表情に、ラツは改めて思った。



 だが、ここにずっと立っていたら怪しまれてしまうだけだ。

 話をしてくれているおじさんの元に戻ろうと、ラツがティズの手を取ろうとした時……。


「昔々。力ある者はない者を従えようとした。力ない者は武器を持って、何とかそれに抵抗しようとしたが敵わず、力ある者の奴隷にされていった。

 そして力ない者が虐げられる悲しみに打ちひしがれた時、救いの使者がやって来て力を与えてくれた」


「……ッ?」

 いきなり始まった昔話に驚いたラツが振り向くと、一人の男性がこちらに近寄って来ている。


「その使者とは、今でいう魔物の事だ」

 もう数歩大きく踏み出せば自分達に手の届く距離で立ち止まり、その男性は更に続けて来る。


「救いの使者達の協力で、力ない者は力ある者に勝利した。その戦いから何百何千年……力ない者の側に付いた力ある者との混血が進み、昔の戦いが忘れ去られ。

 いつの間にやら力ある者が神殿という名を借りて金品を強要し、再び自らの力を誇示している」


 男性が語る昔話は、あまりに神殿における常識とかけ離れている。

 さすがにマズイとラツは反論する事にした。


「魔物は人を食べるんです。だから神官は……」


「それは神殿が流しているデマだ。そのせいで人々は救いの使者に、恐怖や敵意を持ってしまった。そんな感情を向けられては、悪い気分になるもの道理というもの。

 確かに我々人間の倫理からみれば行き過ぎだが……彼らにしてみれば、食べる事でそんな相手を完全に見えなくしているだけの事。

 かつて協力し合った仲間として好意を示せば、彼らとは仲良くやっていけるというのに」


 男性は間違いを優しく正す教師のように、諭すような笑顔を浮かべた。


 別にラツは優しくされればされるほど、裏があるんじゃないかと疑いたくなる性格ではない。

 話の内容は突飛すぎるが、辻褄は合っていた。


 それなのに……鳥肌は立たないが、なぜだかティズを連れて逃げ出したくて仕方ない。


「救いの使者は困った時には必ず手を差し伸べてくれるが、エイラジャールは違う。

 伝説通り本当にいたとしても、この陸海空が保たれていれば、それ以外の事はどうでもいいに違いない。……そうは思わないか、カミッシュの神官?」


 うわぁ、ばれている……。

 何を勘違いしているのか知りませんが、自分はただの学者の卵ですなんて嘘は通じそうにない。


 もしかすると、ミーシアに入った時からバレていたのだろうか?

 三人が別行動するのをずっと待っていた……?

 でも……もし、男性の話が本当なら?

 

 話を聞き、対応を変える事で、これから魔物の恐怖を味合わなくて済むのならば、目の前の男性の話を聞くべきだ。

 ラツは逃げ出したいのを堪え、その場に踏ん張り続けた。


「僕はラツと言います。それとティズです。お察しの通り、カミッシュ地方神殿の伝承部営業課の者で、神官とは名ばかりで力はありません。

 直接魔物……いえ、救いの使者と戦った事はないし、特別に恨みも持ってないのでこう言えるのでしょうが……正直エイラジャールに関しては、あなたの言う通りかも知れない。

 どうせ何もしてくれないなら、どの神を信仰しようが自由だと思います。あなたは今、救いの使者と協力している状態なんですか?」


「そうだ。だが、異質感も何も感じまい? 心というのは複雑だ。けれど表に出せるのはほんの一部。そして大抵その出した一部分しか、他者は感じ取る事が出来ないものだ。

 それと同じように上手く調節すれば、人と救いの使者は一つの体で共存する事も出来る」


「へぇ~。……あ、済みません。ジロジロ見てしまって」

「いや、構わない。どうやら少しは理解してもらえたようだな? 私の名はカサズ、ミーシアの村長の息子だ」


 ラツがたぶんそうだろうなぁと思っていた名前を、男性は名乗った。


「……それより力がないというのは嘘だろう。私の中の救いの使者が、その子供共々何か妙だと盛んに訴えているぞ」

「え……?」


 そうラツが尋ね返した瞬間、信じられない事が起きた。


 こちらを指差していたカサズの手の甲から、新たに爪の長く鋭い骨のような指がもう一本、グジュッと突き出て来たのだ。

 激痛のあまり、カサズは悲鳴を上げてのた打ち回っているのに、新たに突き出た指のある腕だけが、狙いを定めているかのごとく、ティズの方へと向けられている。


 新たな指が出て来た途端にラツは、湧き上がった拭えない異質感と鳥肌を、呆然としつつも恐怖と共に感じた。

 先程語っていた昔話は、ただの作り話だったという事だ。



 しかも、魔物が食べずに人を使っている。

 これは急いで神殿に知らせないと……。


「ティズ! 逃げるぞ!」

「うん! ラツ!」


 とにもかくにも逃げろッ! 

 そう思って走り出そうとしたが、ラツは断念せざるを得なかった。


 数こそ少ないが、サンフォが作った大量の幻のように、カサズと同様、体を魔物に乗っ取られたらしい村人達が、こちらを囲みながら近づいて来ていたからである。


 そしてカサズの悲鳴が急にパッタリ途絶えた。

 その一旦静まり返った中、苦悶に歪んだ表情と悲鳴と同じ音程で、カサズを乗っ取った魔物が刺々しくこう言って来る。


「あぁ、分かったぞぉ……力だぁ。凝縮された力ぁ。我々を死へ弾き飛ばす、力ぁ~ッ」

「マジかよ、おい……」


 外見は人間だが、でもゾワゾワとした警告が全身を走り抜けている。

 後ろに庇ったティズが必死にラツの腕を掴んで来た。


「オレに結界を張れって言ってよ、ラツッ! 結界だけじゃなくて、こいつらをぶっ潰せって願うだけでもいいからッッ」


 使う側の思考、そしてそれを受ける側の捉え方で、善にも悪にもなる力。

 今は善悪なんてどうでもいい……力を使えば、その分ティズの寿命が削られてしまう。



 まずは時間稼ぎだと、ラツは頷かずに魔物へ尋ねる。


「どッ、どうして急にッ? 話し合いの精神はッッ?」


「話し合いだとぉッ? ケケケッ、愚か愚かぁ~ッッ。力ある神官を我々の側に引き入れぇ、神殿を分断させようとしていただけの事よぉ。

 力ある者の巣窟、カミッシュ神殿がそうなったと知れ渡ればぁ、神殿全体が動揺するぅ。神殿が揺れればぁ、国も乱れるぅ。そうすれば我々は溢れ出せるッッ!」


「……」

 本当に全部が全部、嘘だったのだ……。


 魔物と友好関係を結ぶなんて、ただの理想でしかない。

 しかも、魔物を溢れ出させる? 

 冗談じゃない。


「ど~だ、惚れ惚れするような作戦だろぅ? 我ながら、イ~イ考えが浮かんだものだぁ」



「……。……僕が魔物だったら誉めてたか、行動に出た様子を見て、先を越されたって悔しがってたかも。

 でもティズに気を取られたせいで、最強の巫女姫を後にしたのが運の尽きだったんじゃないかと」


「何を馬鹿なぁ~」

「そこまでですわッ! よくもワタクシのラツを傷物にしようとしましたわねッッ」


 傷物って言い回し、何か違わないか?

 そうラツが思ったイリーサの第一声と、魔物の答えはほぼ同時だった。


 駆け付けて来たイリーサは余裕綽々笑っている。


「小物ばかりを寄越されて、随分舐められたものですわ。いえ親玉が親玉だから、集まったのも雑魚ばかりって事かしら?」

「まぁさか……?」


「そのまさかですわよッ! ……そういうわけで、サッサとお離れなさいッッ」

 イリーサが一喝した途端、全身の力を失ったかのように村人達が地面へと倒れ込む。


 その有様に魔物が気を取られているうちに、ラツはティズと一緒に脇へと逃れた。


「全く。ほとんど憑いているのが精一杯の連中ですわ、てんでお粗末。グシャグシャのポイッッにしてしまいましょう」


 村人達の体から弾き出され、イリーサが描いた光の輪の中へと追い立てられた魔物達は、ラツの目にまるで煙のようにしか映らなかった。

 そして光の輪がパチンッと消え去ると同時に、その煙までがなかったように失せた。


 イリーサの一喝には耐えた魔物達も、巫女姫との力の差を見せ付けられ、自ら村人達の体を抜け出し、我先にシュルリグニュリと風や地中へと引っ込んでいく。

 元々カサズを乗っ取った魔物に対し、強い忠誠心を抱いているわけではなかったのだろう。


「待ぁてッッ」

 焦って止めようとする、魔物の声が虚しく響いた。


「さあ、どうなさいます~? 逃げるか、留まるかの二つに一つですわよ。もっとも、後者の場合の結果はもう見えてますけど」


「……くぅ」

 魔物も命は惜しいようだ。


 カサズの体がバタッと倒れるのを見て、その退魔の鮮やかさっぷりに、ラツはイリーサへ思わず賞賛の拍手を送った。


「イリーサ凄いッ! さすがじゃんッッ」

「あれくらい余裕ですわよ。お怪我はありませんでしたか、ラツ?」


 ラツから手放しで褒められ、イリーサは大好きな人を守れた自分が誇らしくて、これまでの力を使う事に対する不安を忘れ、退魔の力があって良かったと初めて心から思えた。




 ミーシアの村人達はしばらくして目を覚ました。

 イリーサによれば、ただ意識を失っていただけだそうだ。

 今回の主犯の魔物に乗っ取られたカサズも、多少手の引き攣れが残るかも知れないが大丈夫らしい。


 けれど念の為、イリーサはミーシア全体を清めておいた。



 少し距離を置いた場所から、その様子を見ていたラツの耳に、ティズの小さいけれどムッとした声が入って来る。


「あれぐらい、オレにだって出来るのに」

「イリーサに任せとけばいいさ。何たって巫女姫なんだから、周りがキラキラ光って退魔の時よりもずっと綺麗で様になってる」


 イリーサの能力は退魔術でも、魔物を滅するより、弾いたり押し返したりと、結界や浄化の力の方が本領なのかも知れない。


「でもッ。……やっぱ、いい」


 どうも不満そうなのだが、ティズはずっとラツの側から離れようとはしなかった。

 なので……。


「読心術が使えれば良かったんだけどな。そうすれば、なかなか口に出しにくいような、ティズの気持ちも分かっただろうし。分かりさえ出来たら、何かこう上手い事が言えたかも知れないのに。……ごめんな?」


「……ッ」

 ティズはクイッと顔を背け、かと思うとラツに食って掛かって来た。


「何で、何でラツはそうなんだよッ! つっけんどんにしてんのはオレの方なのに、何でラツが謝って来るんだよッッ」

「ごめん……じゃなくて、え~と?」


「ミーシアの奴らが神殿をいらないって思ったように、ラツは力なんていらないって思ってるッ。オレなんか、いらないって思ってるくせにッ!

 所詮は術具でしかないんだからって、扱い辛いオレなんか放って置けばいいのにッッ」


「いらないなんて思ってないよ、ティズ」

 しゃがみ込み、視線の高さをティズと同じくしてラツはそう言った。


 ちょっと分かり辛いが、もしかするとティズが気にしていたのは神殿の事ではなく、ラツの反応だったのだろうか?

 ミーシアの神殿のように、いつか自分も拒絶されてしまうかも知れないという、不安があったのだろうかと。


 けれどティズは首を横に大きく振る。


「今回だって……ラツが一緒に来てくれるって確信があったから、オレはミーシアに行きたいって言ったんだ。

 オレがいなきゃ、ラツはミーシアに来る事もなかった。オレさえいなきゃ、魔物と話し合いで済んだかも知れない。オレがラツを厄介事に巻き込んだんだ」


「僕はティズとミーシアに来て良かったと思ってるよ。だって逆を言えば、ティズのお陰で神官の誰かが魔物に憑かれたり、洗脳されずに済んだって事だろ。

 火種は消えたから、神殿が混乱する事もなくなったじゃないか。なるべくなら僕も、カミッシュでよく分からないままオロオロする目には合いたくないしさ」


「だったら、オレを使ってよッ。例え命が短くなっても、オレが本望ならいいって言ってたじゃないかッ! オレだって、ラツの役に立ちたいんだ……ッッ」


 本当にティズは貧乏くじを引いてしまうタイプだ、自分から苦労を背負い込もうとしている。

 生まれたばかりだというのに、役に立ちたい欲求だけではなく、自己批判まで覚えてしまった。



「ティズ、……ありがとう」


 感情を高ぶらせたティズの目には涙がいっぱいに浮かんでいる。

 言い切ってくれた気持ちが嬉しくて、ラツは一度ぎゅう~っとティズを抱き締め、でも……と続けた。


「ごめんな、ティズ。ティズから見れば、僕は嘘を突いたんだ。自分の為にティズの命が削られるなんて嫌なんだよ。わがまま言ってホントにごめんな、ティズ」


 再び謝ったラツに、ティズが下を向く。


「……どうしても、ラツはオレを使ってくれないのか?」


 本当はここでキッパリと頷くべきだったのだ。

 けれどあまりにも悲しそうで、もし頷いたら、それこそティズが消えてしまいそうで……ラツは首を横に振ってしまった。


「ティズは僕の御守りだよ。本当にいざという時に願いを叶えてくれる御守り。それがいつなのか分からないけど、その時はしっかり頼むな」


「オレ、ラツの御守りなのか……?」

「いくらなんでも、御守りは嫌か……そうだよなぁ。もっと格好良く言うと、守護者ってトコか」


 ティズがやけにキョトッとしているので、ラツは言い直した。

 だが、ティズは大慌てで答えて来る。


「いいッ、御守りがいいッ! それって、ずっと肌身離さないくらい、オレがラツの側にいてもいいっていう意味だろッッ」

「えっ、あ~と……ハハハ」


 まさかそう取るとは……これでまた、ティズが主人を選び直すのが遅くなってしまったような気がする。

 ラツは失言だ~と後悔した。


 でも選び直すとしたら、自分の力を役立てたいと思っているティズの事だ、新たな主人は退魔神官の可能性が高い。

 そうなれば、ティズには魔物との戦いが待っているだけだ。


 ずっと神霊山で働いていたのだから、もうちょっとくらい休んでいても、罰は当たらないだろう。


 喜びを声と表情に溢れさせているティズを見て、ラツは否定するのを止めた。




 ティズと仲直りが出来て、ミーシアの一件が解決した夜、瞼を閉じてラツが不安に思うのは、神殿の売店に自分の席はまだあるかという事だ。

 約一ヶ月間、休職していた事になってしまうのだから。


 無断欠勤ではないので、大丈夫だろうが……もし席がなくなっていても、イリーサの威光を頼ってしまえば済む。

 そんな、よろしくない考えがラツの頭に浮かんだ。


 それは冗談で捨てておくとして、例え神殿を首にされても、本当にすぐさま仕事を探さないといけない。


 なぜならティズはラツに付いて来るだろうから。

 いつの間にやら、気分はスッカリ父親のラツだった。





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