問い
売店の仕事を終え、夕食を食べたり、神殿内にも引かれている温泉に入ったりの就寝までの間、ティズから一日の出来事話を聞くのを、ラツが新しい日課にするようになってから一ヶ月と少し。
今日の天気、様々な事柄に関する噂、神殿の某部署の誰々、神殿に訪れた人々……ティズの話は多岐にわたる。
ラツも楽しめたり、面白く感じたり、興味を持ってしまう話がいつも続いた。
ティズはラツに外見だけでなく中身も似たのか、それとも術具としての性質なのか、初対面の人でも話しやすいらしい。
もしかすると相手は子供だからとか。
どうせ何も分からないに違いないと安心して。
つい口を滑らしてしまったのかも知れないが、子供にそんな事を話すなよな~と、眉を顰めてしまうような内容まである。
例えば悪し様に誰かを、時には自分を罵ったり、夢も希望もない恨み辛み等々。
心の中のどこもかしこもが、キラキラ輝いてますなんて人はいないだろうけど、今日のティズは、どうやらよろしくない内容を耳に入れてしまったらしい。
いつもならラツの方から尋ねなくても、色々と喋り出すティズが妙に押し黙っている。
「……ティズ、今日はどんな人に会ったんだ?」
本当はもっと上手い聞き出し方があるんだろうけど、と思いながらラツはティズに尋ねた。
もしかすると、ラツに対する悪口でも仕入れてしまったのだろうか?
ティズはラツから微妙に視線を逸らせる。
……が、やがてモゴモゴと、いつもの数割減の声が返って来た。
「ウティと……、あとミーシア」
「そういや、午前中にウティからの魔除けの納品があったなぁ。それにしても、ミーシアって? あんまり聞かない地名だけど、カミッシュから近いのか?」
「こっから山脈沿いを西に行った小さな村だって……。……なぁ、ラツ。ラツもホントは馬鹿男やムカツク女を妬んでんのか?」
ちなみに馬鹿男とはサンフォ。
ムカツク女とはイリーサの事である。
それにしても妬むだなんて、また随分と難しい言葉を覚えたもんだと、ラツは問い返した。
「ね、妬む……?」
「だって、二人には力がある。でもラツにはない。不公平でズルイって。エイラジャールは差別してるって。魔物を倒せる力さえなきゃ、神殿なんかどうでもいいに決まってるのにって……」
「あ~、それはだな~」
誰でもいいから、ティズの心に黒い染みを残さないように、この深刻な話題を終わりにしてくれないだろうか?
ラツは天を仰いで見るが、部屋には生憎と自分達二人しかいない。
ここは保護者として、しっかり答えなければと腹をくくる。
「ティズ……正直に言うと、僕もそう思った事がある。神官だからこそ、どうして僕には力がないんだろうって悩んだ。
でも退魔は下手したら命に関わるくらい大変な仕事だから、今はもう妬んではいない。
それからこの世界は魔物が出るから、神は必要だよ。存在を証明しろって言われても無理なんだけど。
漠然としたモノだから、特にここぞって時は神霊山や神殿へ行った方が、よ~し祈った~ッて気にもなれるし。困った時の神頼みって、言うだろ」
「……」
一応ラツとしては神や神殿の必要性を懸命に話したつもりなのだが、ティズの表情は晴れなかった。
その日からティズは塞ぎ込むようになり、そうかと思えばじっとラツを窺って来る。
その視線を感じて、問い返してもティズは何も答えようとせず、その繰り返しが続いた。
数日後、ラツ自身がミーシアの事件を職場の同僚から聞かされた。
しかも事態は悪化しているようだ。
同僚の話によると……。
ミーシアの村長の息子カサズは人望があり、神殿にも祈りを欠かす事はなかった人物だったのだそうな。
ところがある日を境にピタッと足が遠退き、段々……そして一気に神殿へ村人が来なくなった。
神官の方から出向いても、村人には相手にされず、食料さえ売ってもらえない。
畑と少々の蓄えはあったが、それもいつ尽きるか分からない有様。
不安に思っていたミーシアの神官に、村を出て行くようにと村人が通告をして来たという。
断ると、ミーシアの神殿が放火され、崩れ落ちる光景を見せられたらしい。
極論になるが、神殿は人々の神への信仰があるからやっていけている。
魔物に対抗する為の神や神殿=信仰心と位置付けた場合。
ミーシアのように、一人一人に力を与えなかった神自体が間違っているという考えが国中に広がった場合、神殿は成り立たなくなるだろう。
ミーシアの神官は元々力も弱くて、突然の事で動揺もあったので、カサズを始め村人に魔物が入り込んでいるかどうかの判別が付かなかったらしい。
近いうちに魔物の関与を見極めに、誰かがミーシアへと行く事になる。
けれど魔物が今回のように……食うのではなく、人間を使うなんて話は聞いた事がない。
もし本当に魔物だとしたら、わざわざミーシアの神官を殺さずに逃がしたという事になる。
たぶん他の神殿へ訴えるに違いないと踏んで。
実際に村から追い出されたミーシアの神官は、近隣で一番大きなカミッシュへ泣き付きに来ている。
完璧、神殿全体に喧嘩を売っている行為だ。
そんな物騒な推測が、ミーシアの件を聞き付けた神官らの間で実しやかに囁かれている。
妙に神殿内の雰囲気が緊張している事から察するに、この話を聞いた誰もが内心そう思っているに違いない。
「……。……オレ、ミーシアに行きたい」
「ティズ……」
ラツは色々な場所から来た人々の話を聞いて、ティズが実際に行ってみたいと思っているのを知っていた。
けれどラツには売店の仕事があるからミーシアに行くのも無理だと、あの晩以外ミーシアの話は口に出さず、話を黙って聞くだけだった事にも気付いていた。
そんな風に、ずっと我慢していたティズが切り出したのだ。
だけどラツは妙な具合になっているミーシアに、ティズを一人で行かせたくなかった。
「じゃあミーシアに行きたいと希望を出しに行こう」
「え?」
「ティズが希望しているんだ。きっとミーシア行きに同行させてくれるさ」
「うん!」
ミーシアに派遣する神官の選定で忙しくなっているに違いないお偉方の所へ、ラツはティズと一緒に出向いたのだった。




