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売店員と国の結界  作者: きいまき
小話
23/31

風の独り言

先生がうじうじ? してます。

イメージと違ったら、すみません。




 地の奴が主人としたエイラジャールは、精霊全ての王と女王をも受け入れられる領域を持った人間だった。


 エイラジャール本人からは全く力を感じず、見るからに弱々しいというのに、思わず縋り付きたくなる。

 こちらが抱きしめるのではなく、エイラジャールに抱きしめて欲しい。


 側にいて、穏やかに微笑みを向けてくれるだけで、安心出来て……。

 何度も家へ遊びに行って、帰り際は離れがたくて、離れていると思い出す……。


 行こうと思えばどこへでも行けたのに、エイラジャールの家の側をうろうろと彷徨って、そしてまた顔を見に行く……。


 地の奴がエイラジャールは自分だけの主人だと、無言の主張をしていなければ、きっと自分を受け入れてほしいと口に出していたと思う。


 暗も火も水も、それから少し前から(いつも通り主人としっくりいかず)ふて寝してしまったらしい雷も、同じ様に感じているに違いなかった。



 エイラジャールがいるから、日々増していく不安をまだ押さえていられる。


 もう随分前から風がおかしい。

 精霊達も力の弱い者から次々に狂い出している。


 それは少しも改善せず、むしろ急速に悪化していた。


 エイラジャールはその原因になっている人間達を動かそうと、必死になっていた。



 そしてそんなある日、突然やって来た地の奴にわたしは閉じ込められた。


 地の奴にはエイラジャールがいるではないか、狂うはずがない。

 それとも……まさか、そのエイラジャールがわたしを閉じ込めろと願ったのか?


 ただ動けなくなった。

 閉じ込めたきり、何もされなかった。

 殺すつもりはないらしい。


 閉じ込めるだけで安心するというのなら、無理に壊さずにこの地の奴の力の中に留まってやろうと思った。


 閉じ込められたお陰でかなり感じ辛くなってはいたが、それでも外の気配は探り続ける。


 そして、押し寄せてきた凄まじい狂気の波。

 怒り、嘆き。

 世界が消える、全て飲み込まれていく……。


 それを拒絶したくて、わたしは眠った。





「あのさ~それ、力を込めなきゃ点かないよ~灯り」


 次に目が覚めた時、上へ下へと弄り回し、スイッチをカチカチと押している人間を見て、つい言ってしまった。


 少し寝ぼけていたのかも知れない。


「……っ! えっ、何だ今の声っ! 岩がしゃべった!?!? これが灯り? で、ありますか??? 力を込めるとはどういう事でしょう、……神様ッ!?」


 神様……に、勘違いされた。

 しかも矢継ぎ早に質問されて、何だかもう口を開くのが面倒臭くて、また寝た。




 次に起きても、神様扱いは健在だった。


 生まれたばかりの人間を見せられたり、人間には節目の年というものがあるらしく、その時々に挨拶に来る。


 返事はしなかったが。



 そんな人間の中に乳茶色髪をした小さな少女がいた。


 たぶん物心付いた時からの習慣なのだろうが、毎日の日の出・日の入に、


「おはようございます、おやすみなさい、神様」

 と言いにやって来る。


 そうされている事に気付くまでも、きっと毎日続けていたのだろう、自然な態度。


 いつまで続ける気だと困惑し、いつまでも続くはずがないと少し意地悪に思い……。



 ついに神様扱いが我慢出来なくなって、


「わたしは神様じゃないよ~」

 と、声を出してしまった。


「岩の神様……っ?」


「地は水を堰き止め、水は地を崩す。

 水は火を消し、火は水を蒸発させる。

 火は大気の流れを変え、風は火を消し飛ばす。

 風は地を風化させ、地は風を留める壁となる。

 雷は暗にその輝く刃を放ち、暗はその刃を包み込む。


 わたしはそ~ゆ~ものなんだよ~。

 いつかどこかで神でも魔物でも人間でもない存在と会ったら、質問においで~答えてあげるから。

 そ~だ、先生と呼んでおくれ」


 この小さな少女が、今では遺跡と呼ばれている過去の遺物を巡って旅をしている一族だと知っていたから、わざと精霊という言葉は使わなかった。


 こうして人間が生き残っている様に、わたしが気配を探れない場所には、もしかすると精霊も存在するかも知れない。

 そんな存在を見つけてほしいとは頼まなかったが、どこかで期待してしまっていたからこそ出てきた言葉だった。


 とはいえ、こんな小さな少女にどこまで理解出来るかとも思っていたのだが、かなり頭の良い子でわたしの言葉を覚えてしまった。


 その子は、アイと名乗った。




 地の奴が何も悪意から閉じ込めたわけではないと、本当はもう分かっていた。


 わたし達が現す力だけで見ると、地と風は相性が良くない。

 けれど火と水の奴らのように、個人的には地の奴との関係も悪いわけではなかった。


 でも、だからこそ一言。

 たった一言でもほしかったと思うのは、閉じ込められた側の我儘だろうか。


 だから、拗ねた。

 その拗ねっぷりを誰に見てもらえるわけでもないのに、拗ねて閉じ籠ったままでいた。



 きっとエイラジャールはもう死んでいる。

 人間は精霊よりも早く死ぬ。


 寝る前に見た人間が、次に目が覚めた時にはその孫のそのまた孫だったなんて、よくあったからだ。


 アイも見る見るうちに大きくなっている。


 一日一日ではそうでもないのだが、一ヵ月・数ヵ月・半年……数年単位で振り返ると、このまま成長すれば、人の姿をとった時のわたしの背も追い越すのではなかろうかと思う勢いだ。


 アイの事は見ていたくて、深くは眠らないようにしていたから間違いない。




「先生はいつまで岩山の中にいるのですか? お外はきっと楽しいです。先生も私と一緒に行きましょう」


 楽しい、だって?

 時々外の気配を探るたびに感じる、あの嫌悪感を持つ蠢くモノ達の気配は山のように感じるのに?


 そして精霊の気配は一つもないというのに。


 たぶんわたしは嫌悪感を持っている魔物と呼ばれる存在を目にしたら、目の前から消し去ってしまいたくて力を暴走させてしまう。


 きっとアイすら巻き込んで……。


 だから拒否した。


「ん~? 無理~。アイちゃんにはわたしを受け入れられるほどの領域がないから」


 その時、だけど、と不安になった。

 魔物がいる外の世界へ、過去の遺物を求めて、アイは行くのだ……と。


「アイちゃん、ナイフを一本お供えしてほしいな~」


 アイが帰ってから、こっそり岩山から抜け出す。

 でも抜け出せる事は秘密だ。


 本当は既にわたしが自由に岩山から出られるとアイが知ったら、


「良かったですね。それでは先生、お元気で」

 と、アッサリ絶縁状を叩き付けられるに違いない。


 簡単なくらい想像出来て、泣けてくる。



 風精の王としての力を込めようとしたら、あっという間に壊れてしまうだろうナイフ。 


 それを返すまでずっと肌身離さずに持っていた。

 アイの無事を心から願って。


 そのナイフをアイが旅立つ日に渡した。




 アイに渡したナイフを通して、外の気配がますます伝わって来る様になった。

 アイがわたしに見せようとしている、今の世界の気配。


 少し前からアイがよく会うようになった、金色の力ある少女。

 グチャグチャな存在と、エイラジャールによく似た人間。


 その三人とアイが向かった過去の遺物にいた、相変わらずな火と水。

 そして生まれつつある精霊達。


 エイラジャールに似た人間は、かつてわたしがエイラジャールに対して抱いていた感情を沸き立たせた。


 抱きしめてほしい、側にいたいと。

 けれど、今も昔もそれは叶わないのだ。


 だからどうしても、叶わないと分かり切ってるのに感じた事を認めたくなかった。


 そのくせ無視は出来なくて、目の前に来た時には、逆に色々としゃべってしまった。




 アイの事は見ていたい。

 やはり側にいないと駄目だというのは、雷の奴のせいでよく分かった。


 奴がわたしの心を込めたナイフを折りやがった衝撃に、後先考えずアイのところまで飛んで行ってしまった。


 アイから絶縁状を叩き付けられ、もう二度と声を掛けて来てくれないかも知れない。

 ここ近年そう思って、誘われても岩山から出ないとアピールしてたのに……。


 気まずい……。


 だが、今度こそエイラジャールの時のように、ただ側をうろつくだけじゃなく、帰って来たら、アイと一緒にいたいと言おう。


 アイが一緒なら、きっと魔物が近づいても暴走しないで耐えられる。


 またナイフに心を込めて、それでも魔物に対して力が足りなくて、風精の王としての力が必要なら、金色の力ある少女を仮宿にしてもいい。


 風精の王を受け入れられるような物が本当にあるかは知らないが、アイと一緒に探していたい。

 君の人生を、君の側で見ていたい。


 そう思うんだ、わたしの小さなお姫様。





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