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売店員と国の結界  作者: きいまき
精霊の再生
18/31

仲直り

 さすがは王都神殿というべきか、見聞課にある資料は膨大だった。


 術具に残された力を集めるのはともかく、神官同士が力を合わせる事は今も行われており、遺跡も精霊も昔話や童話に使われている。


 メイニがここにあると教えてくれるので探す手間が省けているのだが、その一例全てや一話一話を読むのに一体どれくらい掛かるのか、見当もつかない。


 教えてくれるメイニには悪いし、王都神殿でティズと神官との対面は一日では終わりそうになく、終わるのを待っている間、資料を漁る事が今出来る唯一の事だと分かっているのに、今一つラツは熱心に漁り捲ろうという気が起きなかった。


 資料のあまりの膨大さに、面倒臭くなってきたのも確かだし、読み終えたとしても、知識にはなるが、果たして何かの役に立てるのか、という疑問までラツの中で湧いてきてしまっている。


 何でもかんでも読み込もうとして、頭が疲れてしまったのかも知れないと、ラツは神殿内の庭へ散歩に出る事にした。




 中にいると増改築の跡が分かるのだが、外からは一見王都神殿は一つの建物のように見える。


 たぶんこれからティズとの対面を控えているか、もう済ませた神官達からだろう、時折かなり居心地の悪い視線や言葉が聞こえて来て、王都神殿内はラツにとってかなり居辛い場所になっていた。


 イリーサの名前がカミッシュよりも轟いていない分、居心地の悪さは長引きそうだ。


 すでにイリーサとアイは、王都から召喚を受ける前の予定通り、カミッシュへ帰ってしまっていた。

 初めはエミヒで別れる予定だったし、二人が居ないのは当たり前なのに、ラツは王都神殿に何だか置き去りを食らった気分だった。


 アイに問われ、ちゃんと考えてイリーサやティズの側にいようと自分で決めたのに、今ラツの側にその二人はいない。


 元々イリーサとは一日に一度会えれば良いという調子だったし、ティズもカミッシュ神殿に慣れてからは少々だけとはいえ、単独行動するようになっていた。


 二人の面倒を見た覚えはないし、起きている間中、くっちゃべっていたわけじゃない。

 むしろ無言の方が多かった。

 四六時中行動を一緒にしていたのは旅の間だけなのに、何だか寂しい。


 カミッシュを出てから次から次へと移動を重ねていたが、王都神殿はすでに何日もとどまっている。


 しかし日中は周囲に誰かがいるとはいえ、向けられる態度は、まったく友好的ではなく、気分的にほぼ一人で居るのと同じで、ラツは鬱々とした日々を送っていた。


 もちろん過去の出来事もこれからの未来も、興味はあるし心配なのだが、ラツの心を占めているのは世界の事よりも、自分と周囲の事だった。



 そんな事を考えながら、王都神殿の端にまで辿り着き、ラツは眼下に見える海を眺めながら、ぼんやりしていた。


「ラツ」

「……えっ?」


 近づいて来る足音もなく、ふいに背後から声がして、ラツは驚いた。


 振り向くと立っているのはティズだったのだが、名前の呼び方の響きや、発している気配も何だかサンフォだったような気がしたからだ。


 ドギマギしたまま、ラツは尋ねる。


「あ、ごめん……。ティズ、対面は? 一時休憩なのか?」


 しかしそれには答えず、自分自身の額をとんとんと指したティズに問い返された。


「ラツは力の中を覗いて、どうするんだ?」

「? 前にも話さなかったっけ? 万が一の時に暴走しないように、ティズの力を見慣れておこうかなって。ついでに可能なら先生がグチャグチャって言う力を、少しでも整理整頓出来たらなぁと思うけど」


「……コレはラツの考えだからと思って、黙って言う通りにしてたみたいだけど、お前力ねぇし、土台無理だろ」


 そんなティズらしからぬ口調で言って来るのを聞いて、あぁやっぱりとラツは思った。


「サンフォだなッ? ティズはどうなってるんだよ? ティズをコレとか言うなよ、生みの親のくせに」

「ラツはこのままのコレじゃ嫌なのか?」


「絶対にそんな事ない。嫌なんかじゃ……いやでも、あれ……?」


 咄嗟に返して、ラツはハッとした。

 なぜティズが変わらなくてはいけないんだろう。


 本当のティズの主人が望み、自分から変わりたいとティズが願っているのならまだしも、そうではないのに自分が変えようとするなんて、おこがましい。

 余計なお世話だ。


 ティズの主人になる誰かには、ティズを自分にとって都合のいい、力の引き出し口として見て欲しくないとラツは思っていた。

 だから力が整理整頓されていて、扱いやすそうだというだけで、ティズを選んで欲しくない。


 例えグチャグチャなままでも一緒にいたいなと思ってくれる誰かが、ティズの主人になってくれたらいいと思う。



「今のはティズが僕に言うのを我慢してた言葉なのか?」


「いや、単に力のない奴が無理すんなってだけ。ま、主人の心底からの願いだったら、ホントに作り変わってたかも知れないけどな。ラツのコレに対する願いはそうじゃねーだろ」


「本気で願ってたよッ。だから怖い思いまでして、何度もティズの力を覗いたんだし。でも、うん。あーもーッ! 腹立つけど間違ってたのは分かった」


 ティズの力を覗かせてもらったわけだが、本当なら目に見えないものを、つまり心をラツは覗かせてもらったわけだ。

 丸っきり余計なお世話をしていたラツなんかに。


 ティズだけじゃなく、イリーサもサンフォも神殿に、誰かに必要とされている。

 自分さえいなければ、ティズも本当の主人をちゃんと見つける。

 ラツの存在はティズが本当の主人を見つけるための妨げにしかなっていない。


 ラツの代わりはいくらでもいる。

 ティズの力だけではなく、個性とか情緒とか、心を育んでいける人はいくらでもいる。


 ティズの本体がラツのどこにあるのか知らないが、きっとラツの余計な考えも伝わってしまっているのに、なぜティズはラツを好きで居続けているのだろう?


 たぶんティズと初めて会話が成立したのはラツであり、親兄弟のような状態だから、一種の刷り込みのような感じもあるに違いない。



 ラツもティズが好きだからこそ、ついつい余計な事を考えてしまうわけで、神殿のお偉方が望んでいるように、客観的にティズを見れるサンフォの方が主人として相応しいのではないかと思える。


 サンフォが主人になればティズもラツに振り回されずに済むし、本当の主人探し対面なんて面倒なものをお偉方からも押し付けられなくなる。


「サンフォがティズの主人になれば、何の問題もないんじゃないか?」

「何で俺が。それこそコレが承知しないだろ。断りはしたけど、ほぼ体を無断借用してるわけだしな」


「無断借用!? 早くティズに返せよッ」

「コレにかまけるぐらいなら、ちょっとは俺を気にしろよ」


「ティズって呼べッ! 主人にならなかったとしても、サンフォがティズの生みの親には違いないんだから」

「はいはい、ティズね」


 サンフォとティズの親子関係の修復を本気で願って力説したラツに対し、適当に頷いたサンフォはアッサリと話題を変えた。



「で? 答えは?」


 何の前置きもなしの問いに、ラツはすぐに返事が出来なかった。


 なぜならサンフォを唸らせるような答えが、未だに見つかっていないからだ。

 にわかに心臓はバクバク、手には冷や汗、口の中はカラカラ。


 屋根に出ているサンフォを見つけた過去の自分が呪わしい。


 今ラツの頭の中にある答えを言ったとしても、サンフォは絶対に納得しないというのが、見え見えだった。

 言っても仕方ないなら、言わない方がマシ……そんな答えしかラツの脳みそは導き出してくれなかった。



 けれど、言わなければ状況は動かない。

 サンフォがいつまでも沈黙合戦に付き合ってくれるとは、とても思えない。


 もしかしたら、下手な会話をしているうちに、何か妙案を思い付く事だって、出来るかも知れないじゃないか……そう気を取り直し、ラツは口を開いた。


「あのさ、サンフォ。答えを聞くなり、そのままじゃーなって事にもなり兼ねないから、先に言っときたい事があるんだけど……?」


 気を取り直したわりに、弱気な発言だとラツは内心自嘲する。


 けれど自分の出した答えでサンフォを思い止まらせる自信なんて、ラツには本当にこれっぽっちのカケラもなかったのだ。


「何だよ?」

 サンフォはチョイと眉を寄せ、でもまだ痺れは切れていないらしく、ラツに先を促して来る。


「あのさー、あのだなー、その……とにかく元気そうで何よりッ! 失踪したって聞いて、心配してたんだぞ~。僕だけじゃなく、他の同期生も」



「……嘘吐け」

「???」


 ところが、途端にサンフォからは不機嫌オーラが発せられてしまい、ラツは困惑した。


「心配してただなんて、嘘だなッ。ラツ……お前、俺の赴任先へ行って詳しく聞き込みするとか、俺の故郷に行ってみたりもしてねぇじゃん。お前、カミッシュから動こうともしなかっただろッ?」


 一方的に薄情者と決め付けられ、そのサンフォの視線と口調から喧嘩を売られたような気分になったラツは、負けじと言い返す。


「心配してたってッ。心配してたけど、サンフォだったら大丈夫に違いないって気がしたんだよッ!」

「何、勝手に決め付けてんだよッ! 透視能力も予知能力もないお前がッッ」


「力の有り無しは関係ないだろッ!」

「力が欲しいんだろ、ラツ? 欲しいって言ってみろよッ。こんな力、お前にやるからさッッ」


 サンフォから絡まれて、何だか話が大きく脱線しているような気がするのだが、勢い止まらずでラツは唾を飛ばす。



「あ~欲しいよ、欲しいッ! ティズの力を使うんじゃなく、サンフォみたいのがさッ! それをどうやって僕にくれるんだ、サンフォッ?

 出来もしないくせに、グチャグチャ言って来んなっつーのッ! ギャーギャー、ヒステリー起こしやがってッッ」


「何だとぉッッ?」

「ウルセーって、言ってんだッッ!」


 あわや本気で殴りや蹴りが出そうになって、傍から見るとティズと喧嘩をしているように見えるとラツは思い直して。


 ようやく……。



「ホント。何だよ、も~。メチャメチャ元気してるじゃんか、サンフォ。あの時、屋根の上でラッパ呑みなんか出来るサンフォなら、どこに行っても大丈夫だって。

 神官の力なんかなくったって、その性格で充分世の中渡ってけるって。そのうち、よぅとか言って姿を見せるに違いないって……僕が思ってた通りじゃんか」


 別に口論し始める気なんて、ラツにはなかったのだ。



「力なんかなくってもって……俺の事、マジでそう思ってんのか?」

「だってそうだろ? いくら王都に行きたくないからっていったって、あそこまではしないだろ~、普通? 変に、割り切り良過ぎ。

 それに、世界平和の為に自分が敵役になろうとしたり……そもそもさ~、考え付かないってそんな事」


「……」


「言いたい事、言えたし……僕なりの答えだけど。実はエイラジャールが完全無欠じゃないからなんじゃないかと。

 お偉方には内緒な? かなり神官失格な答えのような気がするからさ。……でも僕の頭じゃ、この答えが精一杯ってトコです」


 サンフォだって誰だって、重々分かってるんだろうけど、生まれた時から世界があったように、エイラジャールも聖なる山の伝説もあって、魔物も存在していた。

 サンフォの疑問の正解は長達でも知らないに違いない。


 それにサンフォに尋ねられるまで、ラツはそんな事、頭の隅でも首を傾げたりしなかった。

 どうやらサンフォとは色々と思考回路が違うらしい。


 でも自分以外の人間と、全ての面で考える事が同じなんてありえない。



 この出任せのような答えを、サンフォはどんな風に感じただろうかと、ラツは彼の様子をじ~っと窺った。

 サンフォは口を引き結び、鼻から大きく息を吸い……また怒鳴り合い再開かなぁと身構えたラツに吐き捨てて来る。


「あ~もうッ! お前って、どうせそういう奴だよッッ」

「そーゆー……?」


「他人の悩みはいつの間にやら、ただの愚痴に変えてくれるわッ。自分の存在がどうのなんて……自分の悩みは、大勢の前でアッサリ口にしやがるッッ」


「アッサリって……僕、あの時かなりヘコんでたんですけど。なのに、一蹴されてさ~。それに、もう同期生全員が家族みたいなもんだったろ?」


「家族にだって言わねぇよ、そんな事。弱音曝したら、弱みを握られた感じで、自分が無防備になった気がする。情けねぇカッコ悪ぃって、思われたくねぇし。

 俺は、俺は……言えなかった。悩んでたのは、世界の平和の為にも、魔物が必要なのかも知れないなんて事じゃない」


 そういえば愚痴ったり、弱音を吐くサンフォの姿を見るのが始めてだと、ラツは思い当たった。

 退魔能力が高い分、危険度数の高い場所へ行かされるに違いないサンフォ自身、不満や不安を抱え込んでいたに違いなかったのに……。


「魔物退治を生き甲斐や快感にはしたくない。世界を救うだなんてご大層だけど、上辺だけな気がする。俺は……一体何の為に力を使う?

 そもそも退魔神官になれって決め付けられて。必要とされてるのは俺自身じゃなくて、力だけなんじゃないか……?」



 退魔術や武術を使えるのは大変名誉な事だ。

 それに正義のヒーローにもなれる……でも、そう夢見ているうちが華だった。


 神官学校卒業を控え、いざ魔物との実戦を考えるようになり始めると、力のある同期生は、道を一本に絞られてしまった不満を兼ねて、不安を一気に増殖させた。


 どことなく雰囲気がピリピリして、時には何かや誰かに向かって爆発する事もあったし、反対に深く思い悩む同期生もいた。


 そのまま放って置く事も多々あったが……明らかにそれが陰湿だったり、行き過ぎだという時。

 ラツは退魔術を使う同期の中で、一目置かれていたサンフォと一緒に仲裁に入ったり、溜め込んでいるものを吐き出させた。


 あの時は気づかなかったが、たぶんサンフォも、出会った時のイリーサと似たような心境だったのだ。

 やたらと期待されて、自負も高くなっていって、誰にも弱みを見せられない。


 サンフォはイリーサよりも、神官としての勉強を積んでいる。

 知識があるのはいい事なのだが、その分サンフォの方が思考も多方面に深く広がった。


 そして密かに悩み続けて、誰も考えた事もないような事を考え付き、それをラツにも振って来た。



「あのさぁ、サンフォ……」


 何と言っていいのやら? 力がなくても悩むし、力があっても悩む……ラツは躊躇いがちに名前を呼んだ。


 けれどサンフォの話には先があったらしい、大袈裟なくらいのため息を突く。


「ラツ。お前、そう簡単に彼女とか作ったりするなよ」

「はぁッ? 何で?」


 話の急展開に、ラツの声は少々裏返ってしまった。


「お前に彼女が出来たら、その女の事ばっか中心にして、構ってくれる時間が減るのが目に見えてるから。

 会いたいって時に、すぐ来てくれる居てくれるっていう、都合のいい存在でいて欲しい、ラツには。ちなみに……たぶんこう思ってるのは、俺ら同期生一同だからな」


 この前メイニが「僕のパパ」と言えとティズに良からぬ事を吹き込んでいたし、今回はサンフォもか!


「あ~の~な~」


 ラツにすれば、まさに何だ、それは~ッ! である。

 もしティズの体でなければ、頭をバシッと叩いていた事だろう。


 そのサンフォが急に表情を引き締めた。


「ラツ」

「ん?」


「さっき声掛けた時にお前、中身が俺だってすぐに分かっただろ?」

「分かったってほど確信じゃなかったけど、あれ? とは思った」


「……しょーがねーから連れてってやるよ」

「は?」



 どこへ? というラツの当然の疑問に答えたのは、ティズだった。


「今すぐ神霊山へ帰りたいッ!」


 ラツはティズに引っ張られる形で走り出した。


 何の準備もなく、数少ない荷物を中央神殿に置き去りのままで。





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