呼び出し
四人は再び一緒にガイラ河まで出て、それから二方向に分かれる事にしていた。
ところがいざクエニに着いてみると、イリーサ宛にタサクの神官から伝言があり、それは神殿に寄ってほしいという内容だった。
タサクの神官が用があるのはイリーサだけだろうが、気になったラツとティズも海へ出ずに、付いて行く事にする。
「ワタクシに王都神殿へ来いと……?」
そこで告げられた神殿の名前にイリーサだけではなく、四人全員が訝しんだ。
「はい。巫女姫が御懸念された通り、我がエイラル王国を始め、近くの国交ある国々、全ての国に精霊が現れているのでしょう。
そんな折に巫女姫からの回覧を読み、長自らもしくはそれに連なる方々が巫女姫から直に対話をと」
「……」
直に……と言われても、回覧して、カミッシュに報告した以上の事は何もない。
イリーサだって、どうせ上に報告しなくてはならないなら、慣れた場所そして親しんでいるお偉方への方がいいから、一度カミッシュへ戻ると言ったのだろうし……。
「ラツ、ワタクシの代わりに行っていただけませんか?」
「ええええッ! ……って。ごめん、思わず言っちゃったけど、そんなに嫌なのかイリーサ?」
確かにエイラル王国における神殿の超ド級お偉方を目の前にすると、ラツなら固まって頭も口も回らない気がする。
しかし、超が付いても付かなくても、お偉方の指示は断れるものではない。
それなのにラツに代わりを依頼するほど嫌がるなんて、ラツはイリーサが心配になる。
「王都神殿へ行くのが嫌、というわけではありませんわ。ただワタクシ……」
口籠ったイリーサが続ける前に、慌てた調子でタサクの神官が内容を付け足す。
「言い忘れておりました。神霊山の術具の自我様とラツ神官も一緒に、という話です。ご同行されてはいかがでしょう?」
「あの、ティズと僕まで召喚ですか?」
「そのように伺っておりますが」
「そうですか……」
雲行きが怪しくなってきたなぁ。
精霊の話だけではなく、何か楽しくない話をされるのではないか……そんな気がした。
「……先程のはほんのわがままですわ。ワタクシ、王都へ参ります」
仕方なく、どうしようもないから諦めた、という口調でイリーサは言った。
王都神殿に行きたがらない様子を見てしまうと、どうしても気になって、ラツはタサク神殿から船着き場までの道すがら、イリーサに尋ねる。
「アイの先生に言われた事を気にしてるのか、イリーサ? あの時も言ったけど、人間と精霊の関係を一人で考え込まなくてもいいと思うぞ~」
てっきりこの事を悩んでいるのだろうと思っていたのだが、イリーサから否定が返される。
「……いいえ、違います」
「違う?」
「だってワタクシ、そこの自我もですけど、精霊がラツに近づいて欲しくないだけですから。
精霊が生まれるのを止められないのは、分かっていますわ。でも別にこちらから望んだわけじゃありませんのに次から次へと現れて、精霊に腹が立つんですの」
「近づいて欲しくないって……う、う~ん」
どう答えればいいものやら頭を捻るラツに、イリーサが怒ったように続ける。
「……正直にお話ししますわね。ただでさえ自我や精霊がラツの側にいるのが嫌なのに、もしとても困難な状態で、ワタクシと一緒で逃げ場もなければ、ラツだってそこの自我や近くにいた精霊の力を求めるでしょう。
それも嫌なんです。周りの力を借りて助け合って切り抜ければいいのに、ワタクシが一人で守りきってこそのラツだと……。そう考えていました」
自我でも精霊でも、ラツの側にいつも誰かがいるなんてイリーサは嫌だった。
自分以外の力には守られて欲しくない。
自分が自由に自然の力を摂取し、発現さえ出来れば、精霊の存在など目障りなだけだ。
ラツは自分が守るのだから、力なんて持たなくていい。
そして力のないまま、ずっと力ある自分を頼みにしてくれればいいとイリーサは思ってしまった。
だから本当はラツから頼まれた時、精霊の存在をイリーサは回覧などしたくなかった。
ガイラ河の精霊のように、ラツの側にいる事を求め、更に力を与えるかも知れない精霊など、これ以上は生まれて来なくていい。
広くその存在を認知されずに恐れられて、人間に近寄らないようになればいい。
身勝手な考えだと分かっているから、イリーサの理性は当然のように自己嫌悪を抱く。
ようやくラツはイリーサが怒っているのはティズや精霊にではなく、もちろんラツにでもなく、精霊を疎む自分に対してなのだと気が付いた。
「はっきり言って大っ嫌いな存在の事を話す為に、王都まで行くのが煩わしい」
腹が立つ、嫌だ、嫌いだ、煩わしいと散々言うけれど、イリーサはつまり……。
「イリーサって、男前だなぁ~」
ラツはしみじみ呟いた。
「……男前?」
「俺の獲物だ、勝手に手ぇ出すんじゃねーッ。てめーら、黙って俺に付いて来いッ! って事だろ、それって。カッコイイな~ッ」
「……」
これまで愛らしい美少女だという外見の形容はされた事があったが、性格が男だと言われたのはもちろん初めてである。
しかも性格が男だと言って来たのがラツだった為、イリーサは何気にショックを受け、そして一気に噴火した。
「ワタクシ、男なんかではありませんわッ!」
そして勢いよく、ガイラ河を目指して一人でダカダカ歩いて行ってしまう。
「あ、イリーサッ? あれぇ? 姉御の方が良かったかな?」
イリーサを怒らせたのに気がつくが、既に後の祭りだ。
ラツとしては褒めたつもりだったのだが、失敗したらしい。
でももし自分にイリーサのような気概があれば、ティズの力に飲み込まれそうになったりしないだろうにと、ラツはしみじみ感じる。
「あんなムカツク女ほっとけ」
そうティズは素っ気なく。
「ラツは女心を勉強した方がいいな」
と、アイには呆れられてしまう。
「う~ん、アイならどう言う……?」
「例えば。どんな力を手に入れようとも、イリーサの存在は特別だ。いつまでもどんな時でも、心から頼りにしているのはイリーサだけだ……とはどうだろう?」
「う~ん。アイも男前だなぁ」
悩みもせずに、アイはサラッと言っちゃってくれたが、それこそよっぽど緊迫状態でもない限り、ラツにはとても言えなさそうな言葉だ。
それにしてもアイがこの調子でイリーサを口説いたなら、二人がお互いを相棒として遺跡探しに行くのは間違いない気もした。
たまにでいいから、混ぜてもらって色々な国へ行きたいなぁ。
イリーサとアイの旅に付いて行くのを想像しただけで、ラツは楽しい気分になれた。




