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売店員と国の結界  作者: きいまき
精霊の再生
15/31

願い

 先生の所から帰って来て、明るいうちにクエニへ戻るのは難しそうだったので、その晩はアイの家に一泊させてもらう事になった。


 里はまだ明るかったが、一族の人間ではないし、アイと一緒でなければ好き勝手に出歩くのが憚られ、家の中に籠ってしまった。

 四人とも口数が減り、静かな時が過ぎて行く。



 そして夜、ティズと二人だけになってからラツは一つお願いをした。


「一回、ティズの力を見てみたいんだけどいいかな?」

「ラツが望むんならいくらでもッ」


 嬉しそうにティズが近寄って来るが、主人になって力をふるう為ではない。

 ちゃんと誤解のないように伝えなくてはと、口を開く。


「先生は僕がいずれティズの力を使い、暴走すると言っていた。主人なしに力を使っても暴走すると」

「……うん」


 途端にティズの表情が曇った。


「このままティズと一緒いれば、力を暴走させてみんなに迷惑をかけてしまう。それぐらいなら、ティズから離れた方がいいんじゃないかって」

「……」


 やっぱりティズも先生に言われていた事を考え、帰ってから無口だったのだろう。


「力は訓練していないと、ろくな事にならないと先生は言った。……だとすれば訓練すれば、暴走しないという事だと思うんだ」


 ラツの言葉に、びっくりした様子でティズが見つめてくる。


「僕は力がなくてティズの力の見極めも出来ない。けど何かしたいと思う。ティズ、力を貸してくれないかな?」

「うん! 何でもする! オレはラツと離れたくない!」


 どうやらティズも乗り気らしい。



 ベットの端に並んで座って、少しでも見えるように願ってティズと手を繋ぐ。


「僕は僕の中にあるティズの力が見たい」


 繰り返し繰り返し呟いて、集中出来るように目を閉じた。



 視界を閉じると、始めはただの暗闇があるだけだった。

 神官学校で習ったように、呼吸を整える。

 極力静かに一つの願いに意識を集中させる。


 全ては見えなければ、始まらない。

 ラツの強い願いがティズを通して反映し、そして学生の時にはまるでなかった力を、確かにラツは自分の内側に感じた……。



 目がチカチカした。

 神霊山で始めて見た時のティズの姿よりもずっと強烈で、混ざり合ってうねる力。


 混ざっているはずなのに一色にはならず、一瞬視界から消えたとしても別の場所でまた浮かぶ。

 一つの力なのに、個々としている。


 それを見て、ラツはカミッシュの神官学校や売店を思い出した。



 昼食後の教室での気だるい時間、ぼんやりと先生の話を聞いては一応ノートも取っているような。

 また逆に神殿の売店でとてもお客が賑わっている時間、口や体を忙しなく動かしている時のような。


 自分がほとんどなくて、まるで教室や売店の一部と化してしまっているふとした瞬間。

 確かに自分はちゃんと存在しているのに、自分の存在が薄まる。



 急に全神経が警報を発し、意識が力に飲み込まれ掛けているのをラツは感じた。

 消える、という先生の言葉が浮かび、このままではマズイと力を拒絶しかけて、踏み止まる。


 この力はティズのもので、拒んでラツの意識がティズから離れるだけならいいが、もしかするとティズの存在が消えてしまうかも知れない。


 逆に力が暴走して、この部屋を中心に家や村までにおよび、被害を与えてしまう可能性だってある。



 ……大丈夫、まだ理性が残っている。

 冷静に考えられる自分がいる、とラツは懸命に自分に言い聞かせる。


 確かにまるで教室や売店と一塊りになってしまったようだという感覚を覚えた事があるけれど、逆にこれまで自分の居場所なんてないという、孤独感だって多々覚えた。


 きっと集中する事で、一時自分という存在を意識しなくなった気分の問題だから、ティズの力が自分を飲み込もうとしているのではなく、そう勝手に自分が感じてしまっているのだと、ラツは力と自分とを客観的に見ようとする。



「……ラツッ、ラツってばッッ?」

 そしてラツの様子がおかしいと感じたのだろう、ティズの声。



 それが決定打になって、ラツは繋がっている手と、早鐘を打つ鼓動と恐怖でジンジン痺れたようになっている全身を意識した。

 目を開いて、ティズの事を見る事も出来た。


 その本当にちょっとした動きが出来る事に安心したものの、恐怖は消えてくれず、完全にラツは心細くなってティズをぎゅうっと引き寄せる。


「ごめん、ティズ。しばらく……」

「そんなのいくらだっていいけどッ、ホントに大丈夫かよ、ラツッ?」


「力に飲まれ掛けてた。もう大丈夫なんだけど、そのはずなのに、まだ自分がなくなりそうで怖いんだ……ごめん」


 ただ見ようとしただけで、この有様。

 情けないと思ったが、どうしようもない。


 とてもティズの主人には、いやどんな精霊の主人にもなれそうにはないと、ラツは今まさに体感させられた。

 ティズの力はラツが簡単にどうこうしていい物ではない、驕るなと突き付けられたような……。



 でも万が一の万が一、ラツがティズの力を使う事になった時、ティズの力が未知のモノでなくなっていれば、焦って暴走させてしまう確率がきっと低くなるはずだ。


 ティズの力を見て、とてつもない野望に感じるが、もし可能ならば先生がグチャグチャだと表した力を整頓したいとラツは思う。


 大元は神霊山の結界を作る力だったとしても、数えきれないほどの術具の力の集まりなのだ。

 例えば覆う様な網、重たく阻む壁、押し返す槌、落ちて来る鋭い罠、強烈な目暗まし、そんな色々なイメージが重なっているのだろう。


 一つ一つ解きほぐすのは無理でも、同系の種類に分けさえ出来ればいい。


 ティズの本当の主人だって、グチャグチャより整理してある方がティズの力を扱いやすいだろうし、グチャグチャが好みならまた混ぜてくれればいいだけの話だ。



 それに自分の中にあるティズの力を扱うのが無理でも、力を理由にこうして心底心配してくれているティズを遠ざけたくはない。

 それだけは明確で、だからこうして抱きしめてもいられるのだと、ラツは気持ちを落ち着かせながら感じた。





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