ガイラ河
ガイラ河渡った国、バウタ王国とエイラル王国は仲の良い国だ。
同じ国内でも場所場所によって独自性が出てくるものだが、河を挟んだだけの両側の地域は言語や習慣が似通っていた。
自然は共有財産を始め、物事に対する考え方などの共通点が多いので、互いに意思の疎通がしやすく、行き来も激しい。
たまたま河の両側に王国が成立し、両国の線引きが単に分かりやすい、ガイラ河となっただけなのだ。
エミヒを出て三日後のお昼過ぎ、ラツ達四人はバウタ王国へ渡してくれる船着き場の村タサクへ着いた。
いよいよ国境越えのはずだったのだが、どうも村の様子がおかしい。
昼間だというのに見る家全て、窓も戸も隙間なく閉じられているし、家から出てきた人達も、普段は賑わっているのだろう広い通りを、大急ぎで用事を足しては家の中へ引っ込んでしまう。
「これ絶対おかしいよ! ラツ、そう思うだろ?」
「うん」
「タサクで問題が起こったなんて、エミヒを出るとき聞いてませんわ! ラツもそうでしょう?」
「うん……」
変だと思いつつ、タサクの人にはとても声を掛けられるような雰囲気ではなく、そのままガイラ河へと出てみた。
ところが河岸には剣や、その代用品で先を鋭くした棒を持った人々が、厳めしい面持ちで並んでおり、ますます殺伐とした緊張が漂っていた。
近くはないが遠くでもなく見えるガイラ河の対岸、バウタ王国側クエニも同じように武装した人々が並んでいる。
ガイラ河を挟んで揉め事が起きたのだろうかと、河岸を守っている人に尋ねてみた。
「子供は近づくな、あっちへ行ってろッ」
更に殺気立って追い払われてしまい、とてもクエニへ渡してくれそうにないし、この調子では渡し船もなさそうだ。
「ラツ~、クエニに行くの無理そうだよー」
「しょうがない。タサクの神殿に行ってみよう」
「神殿に行けば、何が起こってるか教えてもらえるかも知れませんわね」
「……」
本当は本日中にさくさくっとバウタ王国へ行ってしまう予定だったのに、結局四人はタサクで神殿に寄る羽目になった。
タサクの神殿でも、危うくおざなりにされ掛けたが、イリーサがカミッシュの巫女姫であると分かるや否や、タサクの神官は態度を一転した。
「ガイラ河に大人の背丈の何倍もある、人一人なら簡単に丸呑みにしてしまえそうな、大蛇が出たのです」
「ホントデスカ……?」
ラツが見た事のある蛇といえば、せいぜい腕の長さくらいのものだ。
「信じられないのも無理はありません。……が、その大蛇が水面から上体を出し、餌を見定めるかのごとく辺りを見回すのを、ちょうど通り掛った船の上から何人もが見ています」
「え、誰か、その……」
「いえ、たまたま大蛇の好みに合う人間がいなかったのでしょう。幸いにも犠牲者は出ませんでした。
けれどそのまま去らず、うろうろとエイラル側とバウタ側を泳いでは、時折顔を覗かせているのです」
タサクの神官の言葉を聞いて、本当に丸呑みにされた人がいないのだと、少しはほっとする。
とはいえ、それではタサクとクエニの河岸が臨戦態勢な状態になるはずだ。
だが、四人の目的地はアイの故郷である。
ガイラ河を越えねば、辿り着けない。
問題は大蛇である。
大蛇の正体として、簡単に思い浮かべられるものをタサクの神官にラツは尋ねてみた。
「魔物なんでしょうか?」
「ぞわぞわはしなかったけどな~」
「それがその……」
ボソッとティズが呟き、タサクの神官は非常に言い辛そうに続けた。
「近づくのすら恐ろしく、本当に神殿の管轄なのかどうかも定かではありませんので確認していないのです。
けれど今この時、ガイラ河へ巫女姫がいらっしゃったという事に、何やら巡り合わせを感じます」
あの大蛇を何とか出来るものならして欲しいと、イリーサにタサクの神官は懇願して来る。
けれどもし大蛇の好みにイリーサが合ってしまった場合、イリーサは生贄に選ばれたも同然だ。
だが大蛇だって腹が満たされれば、当分は出て来ないだろうし、再び現れる時までにバウタ側と連携を密にするなり、他所から応援を呼んでおく事も出来る。
大蛇に捧げられる巫女姫だなんて、まるで昔話のようだ。
「お話は分かりました。ワタクシ、もう一度河へ行ってみますわ」
巫女姫とはいえ、エミヒの遺跡で摩訶不思議な体験をしたばかりの子供のイリーサに、手に余る事態の全てを押し付けようとしているエミヒの神官。
そして、それを止めようとしない自分に腹が立ち、同時に代わりにはなれない不甲斐無さを感じて、ラツは情けない思いでガイラ河へ向かう。
今回はエミヒの神官が河岸まで同行してくれたので、追い払われずに済んだ。
流血沙汰がまだ出てないので、そこまで緊迫してはいないが、相変わらずの膠着状態らしく、対岸も同じ様子だ。
大蛇は今、ガイラ河の流れの中で泳いでいるのか、エイラル側にもバウタ側にもいないようだった。
「イリーサ。一緒にいるだけだけど、見ていてもいいかな?」
「私もそうさせてもらう」
「……ケッ」
ラツとしてはせめての気持ちだったし、アイは見るだけと言いながら、小刀の柄に手を置いて大蛇を切り付ける気満々らしい。
ティズはラツが行くならと、渋々の態度だ。
「それでは参ります」
桟橋に立つと、イリーサは両手を広げて金色の光を撒き始めた。
ただ綺麗は綺麗なのだが、神霊山やミーシアで見たのとは違い、何だか光が刺々しい。
「さあ、お出でなさい。どちらが餌なのか、思い知らせて上げますわよッ」
しかも巫女姫らしくない物騒な言葉を吐いている。
イリーサのキッパリとした声に、ラツは心強くなる。
大蛇が何であれ、イリーサが簡単に生贄にされてしまうわけがない。
イリーサの声の勢いに乗って、ただ小石を投げたのでは届かないような場所にまで、光は降り注いだ。
河の水面がゆっくりと盛り上がったかと思うと、タサクの神官が言っていた通り人一人を簡単に丸飲み出来そうな大きさの大蛇が現れた。
イリーサは大蛇を睨み付け、大蛇の方もイリーサに狙いを付けているように見える。
河岸で固唾を飲んで見守っていた人々も、今こそ雌雄を決する時とばかりに鬨の声を上げ、即刻大蛇と戦う事になると誰もが思ったのだが……。
「ごめんねごめんね。ボクね、ただね、ただ……うわぁん」
大蛇から聞こえて来たのは、その姿に似合わず幼い人間の言葉で、しかも謝ったかと思うと、声だけだったが泣き始めた。
「……ラツ」
くるっと踵を返して、イリーサがラツを見る。
「えっ、ん? 何、イリーサ?」
「後はお任せしますわ」
「は……?」
そしてスッカリやる気の失せたイリーサはアイを引っ張って、ラツを遠巻きにするように下がってしまった。
何やらティズには悪いが、神霊山でサンフォからティズの説得を押し付けられた時を彷彿とさせる。
確かに役に立ちたいとは思っていたが、身を呈して盾になるとか……いや想像は想像でしかなく、実際は大蛇を見て固まっていただけなのだが、もっとこう格好イイ風を想像していたのに。
ともあれ、任せられてしまったからには仕方ない。
「泣かないで泣かないで」
とりあえず、ラツは言ってみる。
けれど大蛇からの答えは同じ。
「ごめんねごめんなさいぃ~」
「あ~いや、その~……ほらっ、もう光もないしさ」
「うわぁああん」
しきりに謝り、盛大に泣いている大蛇を間近で見ているうちに、段々その姿に慣れ、恐怖が薄れてきて、ラツは一歩前へ出た。
どう見ても大きな蛇に違いないのだが、水に濡れた鱗は銀色に光ってとても美しく、とても魔物とは思えない。
口調に威厳はないが、化け物という言葉も相応しくなく、むしろ。
「ガイラ河の主、神獣……あ~と蛇だから聖蛇? 守護者とか精霊っぽいなぁ」
「あああああああああッッ」
突然大蛇に大声を出され、ラツは思いっ切り飛び退った。
「うわぁん、せっかく話し掛けてもらえてるのにぃ。ごめんねごめんね~、逃げないで。ねぇ、ボクってそんなに怖いのかなぁ?
ボクね、ただ挨拶したかっただけなのに、逃げられるし、その後からは何だか両側から大勢で睨まれてるし。
どうしよう、ボク。何も悪い事してないはずなのに、何でだろ? ボクって、いない方がいいのかなぁ? ……うぅ、うわぁ~~ん」
ここで正直に怖いと答えたら、そのままゴボゴボと河の中に沈んでいってしまいそうな口調だったので、さっきよりももっと大蛇の方に近づき戻り、ラツは慌てて言う。
「待った待ったッ。何で、あーッて大声出したんだ? それに挨拶って?」
「ガイラ河の子、水の精霊がボクだよ。さっき精霊って言ってくれたでしょ? それでやっと自分は精霊だって分かって、つい声が出ちゃったんだ。
そんなボクなんだけど、生まれました、どうぞよろしくって言いたくて。……でも普通はそんな事しないのかな? それで余計変に思われちゃったのかなぁ?」
「そんな事ないぞ。挨拶だなんて、前向きでいいじゃんか」
「……そうかなぁ?」
「だって生まれたばっかりなんだろ? それなのに自分からそんな風に思えるなんて、そりゃ凄いもんだッ!」
このデカさじゃ、とても生まれたばかりには見えないと内心思いつつ、ガイラ河の精霊をラツは必死で励ました。
だが、返事は冴えない。
「……じゃあやっぱりボクの形が悪いんだ」
「大丈夫だって。それも時間の問題で、みんなすぐに分かってくれる」
「ほんと?」
こんなに慰めたくって、つい撫で撫でしたくなるくらい、低姿勢なのだから。
本当にガイラ河の精霊へ手を伸ばそうとしたその時、唯一離れずにいてくれたティズが突然吠える。
「オイッ! ラツはオレだけの主人なんだからな、駄目だからなッ!」
「名前、ラツっていうんだ? どうしても駄目? ねぇラツ、駄目?」
どうやらティズが止めなければ、危うくガイラ河の精霊の主人にされていたところだったらしい。
契約を止めたティズではなく、ラツをじーっと真ん丸な目でガイラ河の精霊が見つめて来る。
さすがに見つめられ過ぎると大蛇だし、まだちょっと怖い。
「ごめん、絶対に駄目」
「駄目かぁ。でも、そうだっ。ボクもラツみたいな形になればいいんだっ。そしたら怖がられはしないよねっ」
ガイラ河の精霊は一人納得し、すると大蛇は水となって崩れ、その代わり河の上にティズよりも小さい子供が立っていた。
色合いが微妙に違うが、その髪はエミヒの遺跡で会ったリマを思い浮かばせる。
リマも水の力を与えると言って、サンフォを主人に選んだ。
水の力を持つ彼女がエミヒの遺跡から出てすぐに、ガイラ河の精霊が生まれた事は何か関係があるのだろうか?
「ねぇ、どう? これで怖くないよね?」
「も~文句なし。何なら早速挨拶といってみよう」
「うんっ。はぁどうしよう、緊張するなぁ」
河岸にいた人々の殺気は消えていて、口をあんぐりと開けている。
「まずはタサク側からでいいかな? クエニの方には手を振っておくとか……いや~お辞儀じゃ見えないと思うから、ほらほらもっと大きく~っ」
「……うわぁん、誰も振り返してくれないよぉ」
「こっちの会話まで向こうには聞こえてないから、どういう反応すればいいか困ってるだけだって。あとでちゃんと行こう」
「ラツ、一緒にいってくれるの?」
「もちろん」
そこにティズが再び割り込んで来て、ガシッとラツの手を掴んだ。
「オレ達は元々あっちに用があったんだからな、お前の為じゃないから勘違いすんなよ」
「そっかぁ。だけど、それでもいいや。ちょっとでも長く一緒にいられるなら」
「……」
生まれたばかりなのに、この健気さ。
落ち着くまでずっと側にいてあげたいと思うけれど、ティズのようにガイラ河の精霊が主人を見つけるのが遅くなってしまうだけだ。
ただどうか良い主人と巡り合えますようにと祈りながら、ラツは空いている片方の手で小さな手を握った。
桟橋にはまずタサクの神官が近づいて来て、唖然としたままの調子でイリーサに尋ねている。
「巫女姫、これはどういう……?」
「大蛇の正体とは、生まれたてのガイラ河の精霊」
「精霊が本当にいたのですね。昔話にしかいないのかと思っておりました。ただ……申し上げ難いのですが、本物なのでしょうか?」
「詳しい事を問われても、今のところ何とも答えられません。見て聞いた通りそのままですわ」
そこでタサクの神官はガイラ河の精霊を見つめ、恐る恐るという風に近づいて来る。
「ここはタサクって地名で呼ばれてる。そこの神官だよ。所属神殿は違うけど、イリーサと僕の同業者だから……ともかく安心して、な。挨拶するんだろ?」
ガイラ河の精霊は固い動作で、深々と頭を下げた。
「はじめまして。ボク、ガイラ河の子、水の精霊ですっ」
「……。……これはご丁寧に痛み入ります。精霊、様?」
「う、う、うわぁぁぁんっ。何か固い言葉遣いされてるよぉ。どうしようぅぅ」
「え、あ、どうしたら……」
外見だけだが小さな子供のガイラ河の精霊に、泣き出されたタサクの神官はおろおろしている。
「大丈夫大丈夫。精霊なんてホントにみんな初めて会うんだよ。そのうちみんな落ち着くから」
「……うん」
泣いているガイラ河の精霊の頭をやさしく撫でてやると、どうやら落ち着いたらしい。
「どうする? クエニの方にもすぐに挨拶しとくか? それともタサクでちょっと話をしてからにしようか?」
「まず挨拶する」
そこでタサクの神官に頼んでクエニまで渡し船を出してもらい、また挨拶したが、やっぱりクエニでもぎこちない同じような遣り取りが繰り返されただけだった。
まだみんな目の前の子供が、ガイラ河の精霊である事に半信半疑なのだ。
だが、大蛇から子供の姿に変わった現象を、その時河岸にいた誰もが見ている。
魔物でない人間外のモノ、そんな子供との会話なのだからぎこちないのは無理もない、と思うしかなかった。
荷物を置きっ放しだったし、またもや見聞課として、ガイラ河の精霊について報告書を作らなくてはならなかったラツは、一度タサクの神殿へ戻った。
タサクの神殿で報告書を書いていると、一緒に付いて来たガイラ河の精霊がラツに聞いて来た。
「ラツはボクが精霊とは違うんじゃないかって疑わないんだね」
「そりゃ~一番多く話してるし、精霊って言葉に大声で反応したり、大蛇から子供の姿に変わったのを僕はすぐ目の前で見たからな~。それに……」
実は先程から、ずっと気になっていた疑問をラツはぶつける。
「あのさ、根掘り葉掘り聞いて悪いんだけど……」
「うん、なぁに?」
「大人で人間の女の人の姿をした精霊もいるのかな?」
「ラツはそんな姿の方が好き?」
「いや~そりゃ好きだけど、そうじゃなくってさ。……人間の姿だったり、それ以外のだったり、声だけだったり、精霊って昔話とか伝承の中でしか今まで聞いた事なかったんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。なのに、キミは自分を精霊だというし、ついこの間エミヒで不思議体験した時に会った二人も、もしかしたら精霊だったんじゃないかなぁと」
フェシーとリマの話を出すと、ティズの表情が硬くなった。
ティズにはラツが何を尋ねているのか分かったようだ。
もしかしたら彼女達も火と水の精霊だったのではないかと、ガイラ河の精霊を見てラツは思ったのである。
ガイラ河の精霊とラツの話を聞いていたアイも頷いた。
「私も同意見だ」
けれど残念ながら、ガイラ河の精霊は首を横に振った。
「ごめんねごめんね。ボク、まだ他の精霊に会った事がないんだ。その人に会ってみたいなぁ。そしたらきっと分かるよ」
「う~ん。それがすぐに消えちゃって……。こっちこそ、ごめんな。じゃあ他に精霊がいるかどうかも分からないよなぁ」
「あのね、きっとね。他所でもボクと同じくらい自然なんかの力を大きく貯められる精霊が、生まれてるよ」
「力を貯める、か~。あ、口を挟んじゃってごめん。それで?」
「声だけっていうのは、力のない人間には見えないくらい、あんまり力を貯め込んでなかったか、元々貯められない精霊だと思うんだけど、この辺に今は全然いない。だけどこれから、い~っぱい生まれてくる。そんな気がするなぁ~」
「うほ~、そうなのかッ。楽しそうだな、それ。河で生まれたんだから、海にも生まれてるかな? 源泉なんかにもいそうだなぁ。
……でも待てよ。あっちこっちで生まれてるって事は、あっちこっち精霊退治騒ぎが起きてたり」
「えええええ、うわぁああん」
「あ、ごめんッッ」
頭に浮かんだ事をそのまま口に出して、ガイラ河の精霊を泣かせてしまい、ラツは咄嗟に謝った。
でも実際あり得そうで怖い。
エイラル王国とバウタ王国内だって、神殿を通して急いで回覧を回してもらっても、行き渡るのにどれくらい掛かるか分からない。
「……でも何も知らなくたって大丈夫かな」
「ほんとにそう?」
ガイラ河の精霊を見て、ラツは思う。
「始めはビックリだけど、よく見て聞いてもらえれば、そんな倒さなきゃならない恐ろしいモノじゃないって分かるはずだし」
それでも何もしないよりはいいだろう。
「イリーサ、一応巫女姫の名前を借りてもいいかな?」
「仕方ありませんわね」
発信者をカミッシュの巫女姫にすれば、重要度も信憑性も回覧速度だって上がるだろうと、ラツはイリーサに頼んだ。
なぜか気乗りしないようだが、それでもイリーサはタサクの神官の所へ走って行ってくれた。
ガイラ河の精霊の話を聞いていると、精霊とは自然の力を貯められる存在。
極端な話、自然と人とで力の大元は違うけれど、力が込められる点で精霊と術具は同じだ。
そしてティズは術具の自我、だからフェシーとリマは自分達と似ていると言ったのだろうか。
やっぱり考えれば考えるほど、彼女達も精霊のような気がする。
とすると古代文明はただ物質的に高度に発達していただけではなく、もしかしたら精霊と強く結び付き、その精霊の力を借りて魔物と戦っていた文明なのだろうか?
あくまでもラツの憶測でしかないが……。
明日こそガイラ河を渡って、アイの一族の村へ行こうと、四人は早目に就寝した。
朝、準備を済ませて四人とガイラ河の精霊はタサクの桟橋へ向かった。
桟橋ではガイラ河の精霊の一件で足止めを食らった人々が、エイラル王国とバウタ王国、それぞれの物資を船に積み込んでいる最中だった。
活気づいてる桟橋に、ラツ達四人と一緒にやって来たガイラ河の精霊を見た人々は、ギョッとした様子で固まる。
「……ボクも他の精霊と会ってみたいから、探検に行って来るね。まったねぇ、ラツぅ」
そう言って、ガイラ河の精霊は河にふわっと飛び込み、同時に元の大蛇へと姿を戻し、すいすいと泳ぎ始めた。
その大きさにも関わらず、小さな雫だけがラツに飛んで来る。
川下の方へ泳いでいるので、海にでも出る気なのだろう。
「巫女姫様、船を出しても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。安心なさい」
「……はい」
イリーサのお墨付きの一言で、ラツ達は無事にガイラ河を渡る事が出来た。
もちろんまずはアイの一族の村だけれど、そのうち海も見てみたいな~とラツは思った。
そしてふと、今のティズの外見って思いっ切り自分の影響を受けているという考えが頭に浮かぶ。
本当ならもっと精霊らしい姿だったのではないかと、ラツは心配になった。
目はやっぱり瑠璃色だったかも知れないが、もっと美しいとか愛らしいとか、そーゆー風になっていたのではないだろうか?
せめてティズの本当の生みの親であるサンフォ似だったら……。
「う~~~ん」
思わず、唸り声が出てしまった。
「何だよ、ラツ。オレの顔をじろじろ見て、急に唸ったりしてさぁ」
「いや~何でもない」
「絶対に何でもなくないッ。すっごい気になるッッ」
「あははは。いやその……ティズが僕と会わなければ、どんな風な人の姿になってたのかな~と思ってさ」
「さー? だけどオレ、ラツと会わなきゃ、きっと人の姿になろうだなんて思わなかった。
馬鹿男に無理やり従えられてたら、オレは色んな術具の力が合わさってるから、グチャグチャのもやもやのままだったんじゃないか……?」
何たって馬鹿男と呼ぶくらいだから、サンフォの名前を出せば絶対にティズは嫌がる。
そのサンフォ似だったらと話して、自分の外見に固執されでもしたら困るので、ラツは始めに浮かんだ考えだけを明かした。
けれど残念ながらティズは興味がなさそうだ。
もしかしたら本当の主人を見つけた時、本来取っていたはずの姿を取り戻せるかも知れないし、ティズの姿が周囲の影響を受けやすい性質なら、これから顔立ちなんていくらでも変わっていくだろう。
ラツはそう思う事にする。
「ティズ。一緒に色んな場所へ行って、色んな人に会おうなッ」
「……うん?」
外見の話から急に違う話になったので、ティズはよく分からないまま、とりあえずラツと一緒ならと頷いた。
そんなティズの頭をラツは撫でたのだった。




