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売店員と国の結界  作者: きいまき
精霊の再生
11/31

遺跡

 カミッシュよりは断然小さいが、エミヒも賑やかな町だった。

 商店や民家が道を挟んでズラリと並んで、絶えず人々が行き交っている。


 エミヒの神殿で荷物を降ろし、一息付いてから、四人は早速問題の遺跡へ行ってみる事にした。



 実物を見て、神霊山のような畏敬もしくは、とにかくもっとド派手な金キラ金を想像していた、ラツは思わず拍子抜けしていた。


 ティズはアイに案内されてチラッとそれを見たきり、そっぽを向いて他に面白そうな物はないかとキョロキョロしているし、イリーサに至ってはズバッと直球で問い掛けた。


「これ? 本当にこれですの、アイ?」

 ラツ自身もだが、イリーサもかなり半信半疑のようだ。



 問題の遺跡は、エミヒの町外れの一角にあった。


 ちょっぴり雨除けの屋根があって、大人一人が立てそうな大きな深皿のような形をし、鈍く光るソレは確かに錆びてもいないし、そして埃も被っていなかった。

 どうやら誰かが毎日手入れをしているらしく、お供え物もあって、白い小さな陶器に注がれた水は澄んでいるし、お菓子まである。


 どこからどう見ても、エミヒの村の鎮守様といった風だ。



 しかしアイだけは落胆する事なく、ソレの周囲を一通り回ると、イリーサに言った。


「どんなのでも構わないから、力をぶつけてみてくれ、イリーサ。それも思い切り」

「え、今は止めた方が……」


 日暮にはまだ早い。

 それに町のはずれとはいえ人も歩いていたし、エミヒの通行人からは、子供三人(うち美少女二人)と若そうなオマケの保護者(?)という事で関心を集めてしまっている。


 だがラツの言葉も空しく、火が激しく爆ぜるような、突然の豪雨が何かを叩き付けているような、そんな穏やかではない音が周囲に響き渡った。

 同時に深皿の底の部分から、湯気よりも濃い朝霧のようなものが湧き出す。


 先程まであり触れられた深皿の底は、目の前から跡形なく消えてしまっていた。



「行こう」

 アイだけが変わらず落ち着いた調子で、音と霧に固まっていた他の三人を促し、一番に霧の中へと入っていく。


 興奮と好奇心や不安から何となく顔を見合わせ、アイの後を追ってイリーサ、ティズ、ラツの順に飛び込んだ。

 瞬間、エミヒの町の音も聞こえなくなり、湯気の熱さも、朝霧の冷たさも感じなかった。




 ほんの少しだけ時間差はあるが、みんなと同じ場所に飛び込んだはず……。

 長い間目を閉じていた覚えはないのだが、気付けばラツの側には誰もおらず、一人だった。


 周囲は闇ではないものの非常に暗く、ろくに見渡せないし、人の気配も感じられない。

 心細さから、恐る恐るラツは名前を呼んでみた。


「……おーい、アイ~、イリーサ~、ティズ~」

 返事はない。


 だが、突然目の前にパッパッと二枚の大きな絵が浮かび上がった。

 しかもその大きな絵は、普通の絵とは違い本物のように動いている。


 一枚は、エミヒの遺跡を見る前に、ラツが想像していたような金キラ金の遺跡の内部と思しき場所を、アイとイリーサが話し合いながら歩いている。


 そしてもう一枚は、ティズは男とも女とも判別がつかない神官と退魔にあたっていた。


 それぞれ真剣で、そしてとても充実しているような表情だ。

 それはいつか近いうちに訪れる未来のような気がした。



 ラツの中で孤独が深まった。

 そして目の前の未来が訪れた時、ラツは今こうしているように一人取り残される。


 ラツにだって分かっていた事だ。

 いつかそうなればいいと、願っていた事でもある。


 でも、いつかは、いつかでしかなかった。



 営業課をクビになり、見聞課ではまだ何も成果は上げていない。

 イリーサとティズがいなくなった神殿で一人になった時、自分はどうなるのだろうとラツは考えた。

 今まで優遇されていた分、風当たりは強くなるに違いない。


 学校から神殿に身を置き、過ごして来た。

 果たして本当に神官を辞めた時、世間の中で自分は暮らしていけるのだろうか……。



 ラツの思考は泥沼にはまったように、どんどん沈んでいった。

 沈み込むのが止められず、ずっと心の中に存在してはいたが、眠っていた卑屈な感情が浮かび上がる。


 力がないからだ、自分に。

 力さえあれば、きっと誰も離れていったりしないはずなのに。


 ……力さえあれば。



 今ならまだティズはラツを主人だとしている。

 目の前の絵のような未来になる前の今なら、力を得る事が出来る。

 ティズだって、ティズの力をラツが使う事を望んでいるのだ。


 何を躊躇する事がある?

 そんな誘惑の声が聞こえて来た。



 力があれば、ラツは神殿という場所を失う事なく、神官という職にいられる。

 力さえあれば、魔物と戦うのだって苦じゃないかも知れない。

 ティズの力を使って魔物を退治すれば、周囲から賞賛を浴びる。


 今度会えたらサンフォにも神殿に戻ってもらって、そしてイリーサとも一緒に仕事が出来れば楽しいに違いない。

 色々な想像が浮かび、ラツは自然と頬を緩めた。




 ……だけど。


「いいわけあるか~~~~~~~ッッ!」


 お腹に力を込めて、誘惑を切り払うべく、頭に血が上るくらい、ラツは自分に対して叫んだ。


 誘惑されてしまえばいいじゃないか、わざわざ貧乏くじを引いてどうする、という心もそのまま残ってはいたが、結局損な性分から抜け出せない。



「……ラツ、大丈夫か?」

「げ、ティズッ! 心の中で盛大に呼んじゃったのかッ? しまった~~~ティズの力、使わせちゃったかあああぁ」


 先程までは確かにいなかったティズから、唐突に隣で心配そうな声を掛けられ、ラツは自分の軽率さを呪った。


「ティズ、僕をぶん殴ってくれッッ。あ~変なものを見たとはいえ、ティズに力を使わせるなんて最低だ。痛い目みて、ホントに喝を入れとかないとマズイ。ううう」


「オレがラツを殴れるわけないだろ? 力なんて使ってないよ、オレの本体はラツの中にあるんだから、ただ戻って、また出て来ただけ。何だよ、変なのって? あの女二人のせいかッ?」


「中? 神霊山で消えたと思ってたのに、ティズの本体は僕の中にあるのか? それに女二人???」


 目の前から、動く絵も消えている。

 ティズの口振りではアイとイリーサの事ではなさそうだが……。


「それよりも。……ティズ、僕はいつか自分の欲の為にティズの力を望んでしまうと思う。なのに力を込め直す事も出来ない。ティズは消えてしまう前に僕から離れて、ちゃんと主人を探す旅をした方がいい」

「嫌だッ!」


「そんな即答しないでさ……」

「オレは力を使うならラツの為がいい」


「……うん。そう思ってくれてるのは知ってるし、本当に本当は嬉しいんだけど、でもどうしてもこのままじゃ良くないって気持ちが消えないんだ。

 ティズを山から下ろしてしまったように、また身勝手な考えを押し付けてしまうわけだけど……ごめん」


「……」

「御守りも駄目だ、ごめんなティズ」


 アイの言っていた事は正しい。

 だからあんなにグサッと来たのだ。

 ティズの思いを受け入れない癖に、好意に甘えて振り回している。


 ティズが何も言ってくれないので、ラツは居た堪れない気分になった。


 だがティズの為に、たぶんちゃんと引導渡すことが必要だ。

 例え寂しくても、無責任だと嫌われたとしても。


 あぁでも、やっぱりティズに嫌われたら……寂しいを通り越して悲しい。

 だけどティズの未来の為に、ちゃんと送り出せればそれでいいのだ。


 ラツはティズの未来を考え、悲しいけど我慢だと、そんな思いは極力顔に出さないように頑張っていた。



 ……だが。


 ティズはそんなラツを見上げ、いつも以上に決心が固いのを感じて、むっとしていた。

 好きだから一緒にいるだけなのに、ラツには好きだけでは側にいられないらしいと考えて。


 それならばラツが折れてくれるような、もっともらしい理由をとりあえず作ってしまえばいいと、ティズは閃いた。



「……分かった。ラツの言う通り、ちゃんと主人を探す」


 ラツ攻略の為、始めティズはしょげた振りをして、次は心細げに表情を作った。


「だけどオレ、見つかるまで一人でいるなんて嫌だよ」

「神殿に言えば、いくらだって僕の代わりの同行者はいると思うけど」


「そいつ……その人達は本当に、ラツみたいに旅を付き合ってくれるかな? みんな自分こそが選ばれたいって、押し付けられそうな気がする」


「……う」

 そんな事はないと、ラツはキッパリ言えなかった。


 ラツの心が揺れたのを見逃さず、ティズは続ける。


「そんな人と、しかも全然知らない人と、旅なんてしたくない」

「それは……そうだろうけど、でもだな。もしかしたら気が合うかもって事があるかも知れないだろ?」


「ラツが言ったし、気の合う人が居たらいいなとオレも少しはそう思って、カミッシュ神殿の人達と会ったりしたけど、今のところ……」


 気の合いそうな人が居たらいいなだなんて真っ赤な嘘だったが、ラツを攻略する為に更にティズは項垂れて見せた。


「オレ、ちゃんと探すから。こいつだって人を見つけたら、ちゃんとその人に噛り付くから。付き合わせて悪いけど、それまではラツと一緒にいたいよぉ」


 外見に見合った子供らしい甘えた声で、ティズはねだった。

 ティズにすれば、見つけたのも齧り付きたいのもラツなのだが。


「う~ん……でも、僕はさっきも言ったけど、ティズが主人に会うまで大事にしておかないといけない力を使ってしまうかも知れないんだ」


「ラツより体も小さいし、弱く見えるかも知れないけど。オレ、馬鹿男が神霊山の結界を解いて、出て来た魔物を退治し、ついでに抑え込んで従える為に集められた力なんだよ。

 ちょっとぐらいじゃオレは消えない。だけどヤバイと思ったら、ちゃんとムカツク女に補充してもらう。

 だっていざという時、ラツが何もオレに望んでくれなかったら、それこそオレは何も出来ずに消えちゃう。

 オレは自分が生き残る為に、ラツに力を使うのを望んでほしい。ムカツク女も、ラツの為ならオレに力を分けてくれると思う」


 ティズは神殿のお偉方が旅の道中で、イリーサを主人に選び直してくれればいいと思っているのを知っている。

 そんな事は絶対に嫌だったが、ラツと離れるくらいなら、ムカツク女の力だって借りてやってもいいとティズは思った。



 ティズの言葉を聞いて、ティズがいなくなったら寂しい悲しいと思っていたラツは完全に説得する勢いを失ってしまった。


「……。……本当に探すんだな? イリーサからも力をもらうんだぞ?」

 ティズがイリーサの力を借りてもいいと言い出した事に、ラツはビックリしていた。


 ラツもお偉方の思惑を知っていたし、今のところ火種にしかなれていないが、イリーサとティズが少しずつ仲良くなるには一緒にいるのが一番だろう。


 今のところ二人が一緒に行動する接点は自分しかいないのだからと、我ながら屁理屈だと分かっていながら、勢い失いついでにラツはティズから離れる事を断念してしまった。


「絶対に、約束だからなッ?」

「うんっ」


 ラツはため息を付き、ティズはしてやったりな笑みを浮かべないように表情筋を総動員する。




 気がつけば、周囲は薄明るくなっていた。


「ラツ~~~ッッ」

 突然、イリーサの悲鳴のような声が聞こえる。


「どこだッ?」


 思わずラツは叫んでしまったが、イリーサを探す必要な全くなかった。

 今まで全く感じられなかったイリーサと、それにアイを視界に捉える。


「イリーサッ!」

 手を伸ばすと同時に、ラツはイリーサにしがみ付かれた。


「イリーサも何か見たのか?」

「……昔の事を。でも今のワタクシにはラツがいますから」


 ギュウッと、イリーサの手にはいつになく力が籠っている気がする。


「大丈夫。ちゃんといるよ、ここに」

 少しでも安心させようと、イリーサの背中を撫でながらラツは言った。


「ええ」

「僕だけじゃない。イリーサにはアイって友達も出来たじゃないか」

「アイ、は……」


 そうイリーサが呟くと同時に、掛け寄っていたアイも側に来る。

 ラツに顔を埋めているイリーサは、それに気付かず続けた。


「アイから色々な話を聞くのは楽しいですわ。今回は特に神殿を離れてエミヒに来られましたし。でもたぶん巫女姫と呼ばれる力がなければ、きっと誘ってはもらえなかった……」


「待って、イリーサ」

 それを聞いて、アイが慌てる。


「確かに始めは、巫女姫っていうのを見てみたいという興味だけだった。でも今の私はイリーサと旅をしたい。イリーサの人を真っ直ぐ見て意見する所とかが好きだよ。

 もしイリーサに力がなくて生家にずっと住んでいたら、私はあちこち旅をしているし、誘うのは多少は遅くなったかも知れないけど、それでもいつかイリーサを旅に誘っていたと思う」


「……アイ」


「ただ立って使われているだけの飾りの巫女姫なんて、いくら力があっても見るだけで終わり。……ずっと私、どんな場所にでも一緒に突っ込んでいてくれて、意見交換が出来る相棒が欲しかったから」


「……。……勘違いしていて、ごめんなさい」

 ラツから少しだけ離れ、でも片手だけは掴んだまま、イリーサはアイに言った。


 そんなイリーサに少しほっとして、照れるようにアイは笑う。

 アイの笑い顔を始めて見て、ラツはアイと二人で話した夜の会話も含め、イリーサに対する気持ちが本物なんだと実感していた。




「必要なのか」

「そうみたいねぇ」


 四人みんなで合流出来て、安堵したその時。

 急に声が聞こえ、目の前に二人の女性が現れた。


 ティズが言っていた女二人とは、この二人の事に違いない。


 一人は真っ直ぐな赤い髪を結い上げ、灰色っぽい茶色の瞳のスラッとした体型で。

 もう一人は逆にややぽっちゃりとし、腰まである柔らかそうな銀色の髪と紺碧の瞳をしている。


 綺麗系と可愛い系、二人とも文句なしの美人だ。

 しかも成熟した大人の女性でもある。


 ただ単に男の習性だけではなく、思わずラツは眼を奪われて見惚れてしまった。

 ぽ~っとなっているラツに気が付いた、イリーサとティズに両方向から腕を引っ張られる。



「随分とごちゃまぜな世界になったみたいじゃないか」

「本当よねぇ、力ある人間とない人間が仲良く一緒にいるなんて。……さて、どうしましょう?」


 その言葉に、ラツはミーシアでイリーサに追い祓われた魔物の昔話を思い出した。

 だが、聞き出す暇も隙も与えてもらえなかった。


「他に選択肢がないんだから、仕方ないんじゃないか? そこの金色のお姫様。アンタ、アタシ達の主人になってくれないかい?」

「なるべくワタシ達二人の力をまとめて受け入れてくれる人間がいいのよ。ここを目覚めさせたのも、貴女よねぇ」


 目の前の女性二人から出る主人という響きから、ついラツはティズを見やった。

 そのティズは吠え掛りそうな表情で、二人を睨んでいる。


 もしかするとラツの所へ来る前、ティズは何か言われたのだろうか?

 ティズが何を言われたかを聞きたかったが、美女二人の話はラツの思いをよそに続いていた。


「そしてアレを、いるだろ? 魔物がさ。それを一緒に倒して欲しいんだよ」

「ワタシ達の力を取り込んで合わせられるのも、調節出来るのも人間だから」


「アタシは火を」

「ワタシは水の。今以上の力を貴女に約束するわ。いかがかしら?」


 疑問はいくつもある。

 まず一体ここはどういう遺跡で、そこになぜ二人が居たのか、という始めからラツには謎だ。


「お断りですわッ。ワタクシは今の力で充分ですからッ」


「そっか、残念」

「アッサリ振られちゃったわね」


 イリーサの答えに、二人は顔を見合せて軽く肩を竦める。



 その時、更にまた別の声が割って入った。


「いらない力なら俺がもらう。俺でもいいんだろ?」


 イリーサは名前を呼ばなかったし、どうやって遺跡の中に来られたのか分からないが、神霊山で別れたきりのサンフォがいた。

 けれど名前を呼ぶより早く、美女二人が応じる。


「もちろん大歓迎さ。アタシはフェシー」

「ワタシはリマ。貴方を主人に選ぶわ」


 途端、ほんの一瞬ではあったが、サンフォの周りを火と水が取り巻いたかのように見えた。


「サンフォ……ッッ」

 ラツが思わず名前を叫んだ時には消えていて、サンフォは余裕で笑っている。


 サンフォの表情にラツは安堵するが、まずサンフォに、それから名前が分かった、フェシーとリマの二人にも言いたい事と聞きたい事がある。


 けれど。


「さて。フェシー、リマ。こいつら追い出せるか?」

「ッ! オイコラ待……」


 アイ、イリーサ、ティズ、ラツの四人はエミヒの町に強制的に戻された。




 魔物と戦う事も、外傷もなく町に戻れたのは大変素敵だったが、ラツの言い掛けた文句はサンフォに届いていないに違いない。

 悔しくて八つ当たり半分、もしかしたらもう一度中に入れてもらえるかも知れないという期待で、ラツは腕を振り上げて地団太を踏む。



 その時、地面が小刻みに、やがて激しく揺れ出した。

 終いには遺跡のある場所を中心に地面がひび割れ、ゆっくりとではあったが盛り上がり始める。


 当然立っているのもおぼつかない状態だったが、とりあえず走って逃げるしかない。


 近くにいた通行人も、それから家や店にいた人々も異変に気が付いて、少しでも遠くへと悲鳴を口々に叫びながら転げるように走った。



 そして激しい揺れが収まった時、エミヒにいた人々は祀っていた鎮守様と同じ色をした巨大な物体が、地面から浮かび上がったかと思うと、空に溶けるように消えた様を見たのだった。





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