始まり
それはまだラツが学生の頃、神官として正式な資格をもらう前の事。
カミッシュ地方神殿付属神官学校の屋根の上から、ラツはサンフォにこう言われた。
「なぁ、ラツ。どうしてエイラジャールは全ての魔物を追い払わないと思う?」
「サンフォ~、とりあえずさ……」
「それは人間には敵が必要だからさ。しかも敵が強力であればあるほど、それに力を合わせて対応しようと必死になる。
つまり魔物がいるおかげで、人間同士は大きな戦争をしないで済んでる。だからこの世界に魔物は必要って事だ。そう思わないか?」
サンフォの片手には酒瓶。
でも、酔ってなんかいないに違いない。
サンフォがうわばみなのは、同期生全員が知っている事実。
うっかり一番に見つけてしまった以上、見て見ぬ振りも出来ず、かといってサンフォの言葉に素直に頷けないラツは、自分でも綺麗事だと思う理想論を答える。
「魔物なんていなくても、とことん話し合いさえすれば戦わなくたって、人は分かり合えるはずだ」
「なら、どうしてだ?」
「ん~ん~? ??? ……はぁ~。頼むから、いきなりそんな場所から難しい質問をして来るなよ、サンフォ。僕に考える時間をくれって」
「……」
その時サンフォは誰かに見咎められる事で、堂々と放校処分になる気だったのだ。
退魔術において、サンフォは同期生の中でも一番の期待の星。
例え素直に辞めたいと言っても、これほどの人材を失うのは惜しいって思惑で、考え直せと流されるに決まっているから。
それは無理でも……せめて、精神的に中央神殿へ行くのは無理があるという事で、カミッシュに残りたいが為に屋根へと出た。
ところがラツに見つかって気分が殺がれたのか、サンフォは放校願望を思い止まり、屋根から室内へと入った。
けれど卒業し、決められた着任地に赴いて一ヶ月も経たないうちに、ラツは中央神殿へ行ったサンフォが職場を無断欠勤し、更には失踪してしまった事を、他の同期生から手紙で知らされたのだった……。




