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Earthquake  作者: 安楽樹
第二章 ASAP
21/21

3/19 17:36 『一日目、夜』


一日目の夜は、涼にとって忘れられないものとなった。

それは確かに、初めてと言ってもいい非日常の世界で迎える、最初の夜だったからかもしれない。


チームの紹介が終わった後は、彼らの好意により、この場所をキャンプサイトとして使ってくれていい、と連絡があった。初めてここに来た人々のために、軽い携帯食とホットコーヒーが振舞われると言うことだ。

それに甘えることにした涼を始め、その場にいた人々が次々にテント設営の準備をしている間に、貴重なお湯が湧かされ、コーヒーが淹れられる。

……当然、インスタントの物だ。


しかし、思い出してみればみるほど、あの時の情景を浮かべれば浮かべるほど、涼はあの夜に感じていたうまく表現できない想いは、ただこんな機会は初めてだったから……それだけではなかったのではないかと思う。

それほどまでに、彼が感じたASAPのメンバーたちと迎える被災地での夜の帳は、どこか遠い国に来たのではないかと思えるほど、不思議な魅力を放っていた一夜だった。


まだ凍えるほどの寒さが辺りを覆う中、誰かが持参していたテントを囲んで、まだ当時は貴重だったホットコーヒーを飲みながら語り合う。

拾ってきた瓦礫を使い、焚き火を起こして暖を取りながら、ホーホーと白い息を吐き、ポケットに手を突っ込みながら肩をすくめる。


……雪山にキャンプに来た、と言う感じが近いだろうか。

こんな感想は、ネットにでも書き込んだらすぐさま、「そんな台詞、不謹慎だ!」と誰かに叩かれそうな感覚だったが、その場にいた誰もが、涼の意見を聞いたら賛同してくれたに違いない。


後々、他の場所のNPOたちや避難所などを回った時の感想からしてみても、やはりどこかここの人たちの雰囲気は違う。

当時、どこの団体でも漂っていた……『ピリピリした雰囲気』がほとんど無かったのである。

それはやはり、彼らの中心である『荒城龍一』という男が纏っていた雰囲気によるものだったに違いない。

そんな風に思いながら、荒城の方へ視線を向けていると、急に後ろから声が掛かる。


「おい、君。……明石君、だったっけ?」

「え、あ、はい。あなたは確か……」

「鵜殿だ。【騎馬隊ナイト】の隊長をやってる」

「ああ、そうでしたね」

「驚いたろ、明石君。……ナイトとか言ってるのに、その中身はこんなおっさんなんだからな」


そこにいたのは鵜殿、と名乗った大柄で小太りの男と、その横には確か……遠藤という、細身で背の高い男のコンビだった。

その対照的な体格を比べてみると、何だか妙にピッタリ納まりそうな二人だ。

遠藤という男は、先ほどの自己紹介で見せた鋭い目つきが緩み、少し親しみやすい印象になっている気がした。

からかわれた鵜殿が、軽く「てめーっ」と遠藤を小突きながら、和気藹々と談笑している。


「そんなこと無いですよ。中世の騎士だって、体格が良くなければなれなかったはずですからね。今の女性がイメージする白馬の騎士なんて、ただの幻想ですし」

「そうそう、そうだろう!明石君、いいこと言うなぁ!」

「何言ってんだ。……こっそりみんなから『ウドの大木』とか言われてるくせに」

「お前、新人に余計なことを吹き込むんじゃないっ!」

「いずれバレることだろーが」


やはり、この二人はかなり仲が良いらしい。

後で聞いた所によると、地元が埼玉の外れの方で、普段からよく仕事などを一緒にしているとのことだった。

そのまま、何となく雑談になり、軽くそれぞれの自己紹介を済ませた後、涼は気になっていることを聞いてみた。


「何か……不思議な雰囲気ですよね、ここ。まるで被災地だなんて思えないぐらい……」

「……」

「そうだろうな。俺も今の役割柄、各地を回ってるが、こんな雰囲気の所なんてほとんど無い。特に、最初から来た連中の間ではな……」

「やっぱり……そうなんですか?」

「君も見たろう?あの光景を。……戦場だよ。特にこの石巻周辺から岩手の海岸沿いにかけてはな」

「ここへ来た一般人たちは、みんな『狂気に感染する』。それは……『義憤』だったり、『絶望』だったり、『使命感』だったり、『同情』だったりと様々だ。だがどれもみんな、『正気を失う』という部分では共通している」

「俺も最初来て数日は、感情が昂ぶって眠れなかった。知らないうちに体が強張っているのが分かったよ。だがそれも、自覚できているうちはまだいい。……そのうち、無意識な精神的負担が体に現れてくることになる。だから無理をするな」

「……はい……」

「まあ、そんな雰囲気を緩和してくれてるのが……アイツなんだけどな」

「荒城さん……ですか」

「ああ、ここのメンバーはみんな、アイツに大分救われてるよ。だからここには、まだ『日常』がある」


そう言いながら、二人は荒城の方へと視線を向ける。釣られて涼もそちらを向いた。

荒城は、隣にいるさやかと何やら打ち合わせをしているようだったが、こちらの視線に気付くと、二人一緒に近づいて来るのだった。


「よお、自己紹介は済んだか?」

「おお」

「はい。あの……ありがとうございました」

「別に礼なんて言われる筋合いないよ。……俺が用意したもんじゃないしな」

「ちょっと!誤解を与えそうな言い方やめてくれる?」


荒城の言い分に、さやかが横から突っ込みを入れる。……どうやらこれらの食料は、街にいる人々からの協力によって活動家のメンバーたちに賄われた物だという事だった。

少し眼鏡を尖らせて文句を言うさやかに、荒城はもう慣れたように「はいはい……」とあしらっている。

それを見ていた鵜殿と遠藤が、「また始まったよ……」と肩を竦めているのが分かった。


そんな彼らの様子を見て、涼の頭にはあるイメージが浮かんでくる。

ふとそれを確かめてみたくなり、涼は思わず考える前に口にしてしまった。


「……あの、お二人は付き合ってるんですか?」


その質問に、一瞬場が固まりつく。

荒城の笑顔は引きつり、鵜殿と遠藤の視線は右斜め前方に泳いだ。

……さやかの表情は、眼鏡が反射してよく見えなかったが、とりあえずそれ以外の部分は無表情だった。


(な、何だ?マズい質問だったかな……)


またやってしまった……と涼が後悔しそうになった時、荒城が後頭部を掻きながら挙動不審に口を開く。


「え~いや、まあ一応……」

「違います」


言い終わる前に、さやかは言葉を被せてくる。


「ああ、え~と……」

「違います!」

「……」

「……」

「……」


さらに答えようとする荒城に、ムキになって突っかかるさやか。

何かを言おうとして何も言えない周囲をよそに、そのまま【司祭】チームの唐澤の方へと歩いていってしまう。

その歩く音を表すとするならば……『プンプン!』だ。

……そちらでは、飲み終わったコーヒーカップの片付けや、配った残りの携帯食の在庫を数えているようだった。


「僕、マズいこと言いましたかね……?」

「ああ、気にすること無いよ」

「いや、かなりマズいな」

「ああ、あれはヤバイ」

「……」


結局、先ほどの質問の答えをハッキリとは聞けぬまま、一日目の夜は更けていく。

普段は日付を跨ぐほど起きているのが普通の涼だったが、さすがに九時頃にはもう眠くなってきてしまったのだった……。

ポツリポツリとそれぞれのテントに消えていく中、涼も自分のテントへと戻ることにする。

寝袋に包まってみても、頭が冴えてあまり眠れない時間がしばらく続いたのだが、体の疲れはそれ以上だったのか、いつの間にか彼の意識は、ここ東北の空の色と同じ闇の中へと溶け込んでいってしまった。


……そしてそれからしばらくの間、彼が今日ほど落ち着いた夜を迎えることは、無くなってしまうこととなる。


大変申し訳ありませんが、この作品は打ち切りにさせて頂きました。

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