3/19 16:00 『勇者』
楠本、という屈強な男が脇に退いてからは、代わりに誰が出てくるということもなく、再び荒城が中央に進み出る。
未だ思考が整理できていない……という風の一同を見渡すと、少し間を置いてから説明を再開した。
「以上だ。……何か質問がある人はいるか?と言っても、各チームの細かい業務内容に関しては、後ほど個別に聞いてくれ。忙しそうなリーダーに関しては、私か彼女が代わりに答えよう」
先ほどまでの説明から、まだ現実に『自分がどこに所属するか?』……という所に戻ってきていないのか、人々の間から質問が出ることはなく、しばしの時間が過ぎた。
その様子を黙って待っている荒城の佇まいを見ていた時、涼の脳裏にはふと思い浮かんできたイメージがあったのだった。
「……勇者っていないんですか?」
気付くと、その疑問が声に出ていた。
それはほとんど、自分一人のただの呟きのようなものだったが、それでも静まり返っていた周辺には届いたようだ。
驚いて何人かが彼の方を振り向く。
「……いい質問だね」
しかし、全く的外れと言っても過言ではない彼の質問に、荒城は意味深に口の端を歪めると、一枚の紙を取り出した。
それと同時に、傍らの美女が参加者一人一人に同じものと思われる、A4サイズの紙を一枚ずつ配り始める。
彼女の切れ長の目から直接目を見て渡された男性の中には、少しドギマギしているような人もいそうだ。
そんな様子を見ているのかいないのか、荒城は再び全員に聞こえるような声を張り上げた。
「ここに、今説明した一通りのことが書いてある。気になる人は改めて見ておいてくれ。残念ながら、予備は無いので汚さないように頼むよ」
涼も、渡されたその紙に目を落とす。
……そこには、先ほどまでに説明された各チームの簡単な紹介と、リーダーの名前が書いてあった。
記載されていた文章を読んで、先ほど見せた荒城の意味深な笑みと、彼がここに来たことに対する不思議な繋がりを実感する。
そして、これから起こりそうな『何か』を予感して、思わず全身が軽く震えるのを止めることができなかったのだった……。
*
【ASAP チーム紹介】
唐突だが、君たちはRPGは好きか?
俺は大好きだ。
何故ドラクエの勇者たちがパーティーを組むのか。
……それは技術が異なる者たちの連携が重要だからだ。
今回の出来事ほど連携が重要だと思ったことは無い。
政府だけでは手が回らないからだ。
上からの指示を待っているだけでは、現場では対応できない。
その状況に応じて、臨機応変に連携を組んでこそ、初めて計画はスムーズに行く。
これから長い戦いが始まる。
君が好きな職業はどれだ?……望む職業を考えておくといい。
【戦士】:自衛隊、レスキュー隊、警察官、現場で対応する人々
【魔法使い】:学者、技術者、設計者、IT
【商人】:物流、仕入れ、寄付
【盗賊】:偵察隊、ルート探索、ネットワーク、情報収集
【僧侶】:生産業、農業、畜産、保育、介護、メンタルケア
【賢者】:上記をうまく組み合わせ、考えて実行できる人、社長、代表、首相
ここに出ている、みんなが勇者だ。
健闘を祈る。
*
再び顔を上げた時、ふと荒城と目が合う。
彼は、楽しみにしていた新発売のゲームを並んで手に入れた時の少年のような目をして、彼の方を見つめ返してきた。
(結構、そーゆーの好きな人なんだな……)
改めて、涼はそう思った。
そんな心境を見透かされたかのように、荒城は彼を見ながら、その場にいる全員に対して声を掛けたのだった。
「……さて、行こうか」