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Earthquake  作者: 安楽樹
第二章 ASAP
12/21

3/19 15:06 『被災地での心得』

「既に何人何組もの人たちが各地で活動を開始しているが、おそらく、これからも徐々に参加者は増えていくはずだ。……そうした人たちの受け入れ口を作るというのも目的の一つとしてある」


荒城の説明は続く。

この団体『ASAP』は、これからも活動する人を増やすことを念頭においているようだ。

確かにそれはそうだろう。

ここにいる十数人の人間だけでは、できることなんてたかが知れている。

……もちろんそれでも、いないよりはマシだとは思うが。


確かに、ここに集まった人たちを見ても、少しずつではあるが、外から人が被災地に入り始めているようだった。

これからこういった情報が色々な場所に流れて行き、徐々に人も集まってくるのかもしれない。

涼はそれを期待したかった。……でなければ、復興なんて夢のまた夢だ。


説明はさらに続く。


「まず、被災地に来るのが初めての人のために少しだけ忠告しておく」


荒城の目が、先ほどより少し鋭くなった。

視線だけで集まったメンバーを左から右へと見回す。

その奥には、少しだけ何かを試すような意味合いが含まれている気がした。


「当然の事だが、今の所、食料は持参で賄ってもらう。我々も多少は用意して来ているが、あくまでそれは個人の物として扱うので、自分の分は自分で用意して欲しい」

「…………」


強めの口調は、妥協を全く許さないような重圧を含んでいた。

これは後で聞いたことだが、荒城はこの前に別の人から、食料に関して援助してもらえないかという話を持ちかけられていたらしい。そして、それは当然断ったとか。

その人がさすがに全く手持ちが無いのであれば別だっただろうが、その人物は帰るだけの分はあったようなので、丁重にここから離れることを勧めたようだ。


「同様に、ここでは食料はもちろん、ガソリン・風呂・トイレも無い。……ご覧の通り、まだ寒さも残っているし、もうしばらくはこうした過酷な状況は続くだろう」


荒城の視線に合わせて、集まった人々は周囲を見回した。

……空は薄曇りだ。三月も中旬に近づいたとは言え、ここは東北だ。いつ雪が降ってもおかしくは無い。

吐く息は、当然まだ白かった。


それと同時に、涼は改めて『被災地で生活する』と言うことについて考えさせられた。

食料は全て流されたか、水没したか、または残っている分は被災者の人たちに回っているはずだ。

ガソリンは当然、既に枯渇している。

上下水道が破壊されているため、水道水は出ないし、トイレを水洗する事もできない。


これらは、ある程度想定していた部分ではあるが、まだ彼にはあまり実感は無かった。

彼はこれまで、文明がある生活に慣れきっていたのだ。

それらが一気に崩壊した場所での暮らしなんて、考えたことすらない。


一応、食料を始め、身の回りの物は一通りバックパックに詰めて持ってきてはいたのだが、これで足りるのかどうか、さらに準備に漏れは無いかと言われれば、あまり自信は無かった。

うっすらと自覚してはいるが、彼の周りの世界が変わってしまったあの日以降、彼の心はどこか浮き足立ってしまっているのも確かだ。……「自分は冷静である」とは、とても言い難かった。


「あと、今日も何度かあったのは皆さんも知っているだろうが、まだこちらでは余震がずっと続いているので注意してもらいたい。震度4程度の余震は、まだ一日に何度もあるから」


そうなのだ。

涼も驚いたのだが、こちらに来て一日も経たないというのに、もう三回も余震が起きていた。

最初の一回目は全く実感が湧かず、何か変だなと思いつつも、一瞬遅れてから気付いた。

そしてそれを自覚した二回目以降は、かなり敏感に察知するようになった。


(……そう、ここは震源地に相当近い場所なんだ)


このことが頭にあるだけで、家では何となくやり過ごしていた震度4が非常に恐ろしく感じられるようになっていた。

普段ほとんど感じることの無い、命の危険。……それがごく身近に存在しているということ。

人の生存本能のようなものが、非常に敏感に揺れに反応するようになってしまった。

後に聞いた話では、ここにずっといる人たちは、『地震酔い』のような感覚にも陥っているらしい。揺れていないにも関わらず、揺れているように感じるとか。

……それほど頻繁に、余震は続いていた。


「そもそも、この間のような規模の地震も起こらないとは限らない。これからの活動の内容によっては、俺たちはかなり危険な地域に足を踏み入れる可能性もあるし、海辺にいるときに津波でも起きた場合、……最悪、死ぬこともあり得る」


最後の一言に十分重みを持たせて告げた後、荒城はしばらく沈黙する。

誰かが、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。

涼は、荒城が自分たちの度胸を試しているのかと思ったが、よく考えてみると、そうではないのだろうと思った。

新参者に対する脅しのようにも感じられたその台詞は、涼のような初めての人だけでなく、彼自身にも言えることなのだ。

慣れているからといって、必ずしも安全なわけではない。

……天災は誰にも平等にやってくるのだから。


誰もがその現実をまだうまく自覚できないまま、辺りを重苦しい空気が包む。

今この時に地震が起きる事を考えてみた人もいるはずだ。

その空気を多少和ますように、荒城は多少の優しさを込めて伝えた。


「……このような状況に耐えられない者、自分が生きるために必要な物資を準備してきていない者は帰ったほうがいい。現地でなくとも活動する方法はいくらでもあるはずだから」

「……荒城」


そこまで話した時、後ろから現れた男が荒城に声をかけた。

背はそれほど高くなく、メガネを掛けてニット帽をかぶっており、ダッフルコートを着てラフな格好をしている。

男は振り向いた荒城と何事かを軽く話していると、男が離れると同時に、荒城は振り向いて全員に告げた。


「……ちょっとすまない。十分後にもう一度続きの説明をしましょう。それまでに自分たちの活動可能な期間や範囲を考えておいて下さい」


少し丁寧な口調で荒城がそう伝えると、彼を呼びに来た男と共に、一台のキャンピングカーの中へ入っていく。

その間に、涼は簡単に自分の荷物を確かめていた。


(……うん、これなら頑張れば一週間はいけるな)


慌てて準備したので大した食料は無かったが、カロリーメイトなどの保存食がメインなので、切り詰めれば何とか一週間ぐらいはやっていけそうだ。

問題なのは、それよりもガソリンの方だろうか。どこかで給油できる場所を探しておかないと……。


そう思っていた時、さっきまで涼と一緒に話を聞いていた二人の男性が、さやかの方に歩いていくのが見えた。

二言三言彼女に何かを伝えると、そのままここから去っていく。

涼はさやかに近付くと、尋ねてみた。


「……あの人たち、どうしたんですか?」

「持参した食料が足りないから、これで戻るって。……まあ、仕方ないわね」

「そうですか……」


それだけ聞くと、涼は何とも言えずに黙ってしまう。

……どうやら、さやかも同じようだった。


知り合いになることも無く去っていく二人の背中を、涼は少し寂しげに見送ることしかできなかった。


文明が無いと、現代人は本当に無力だってことを思い知りました。

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