3/19 15:00 『ASAPって何?』
「行くアテが無ければ、私たちと一緒に来るかい?」
そう言われて、彼らが向かったのは、石巻市外にある小さな空き地だった。
そこには、キャンピングカーと車が数台停まっており、何人かの人々がテーブルを囲んで何かを相談していた。
少し年代に幅があり、彼よりも少し上の人たちもいれば、40代や60代と思しき人たちも参加している。
テーブルの面々に合流する前に、彼をここに連れてきた男は、彼に対して向き直ると話し始めた。
「いきなり悪かったね。まずは自己紹介しようか。……私は荒城龍一。彼女は伊井さやか。私のサポートをしてもらってる」
その言葉に合わせて、軽く会釈をする女性。
肩よりも少し長めの髪を後ろで一つに結んで、アウトドア系の服装に身を包んでいる。
しかしそれとは対照的に、かけた眼鏡が理知的な雰囲気を醸し出している人だった。
二人に対して、彼は何だか少し照れながらも自己紹介をした。
「……あ、明石涼って言います。皆さんはその……ボランティアグループか何かですか?」
「ん~、まあそんなようなものかな。一応自分たちではNPOということにしてある」
「NPO?」
「聞いたことないかい?『非営利組織』って奴さ」
その言葉は何度か彼も聞いた事があった。
営利企業ではなく、それ以外の目的を持った組織……ぐらいの認識だった。
大まかにはボランティアの集まりだと思っており、そういうと「まあ、大体そんなものだと思ってもらえれば」という返事を貰う。
……まあその定義についてはあまり重要ではないと言う事だろう。
「……さっきの、ASAPって何ですか?」
「As soon as possible.『可及的速やかに』ってことさ」
「カキュー的……?」
「もっと簡単に言うと、『できる限り早く』ってこと」
「……なるほど。それで……」
この状況を考えてみれば、確かにその言葉はピッタリだった。
さっきから彼の中にも、どこか焦燥感が心の隅に潜んでいる。
……何かしなければならないんじゃないか?……こんな事をしてていいんだろうか?
あの光景を思い出すたびに、ザワザワと喉の奥の方がざわついて落ち着かない。
きっと体を動かしていた方がいいんだろうと、そんな気がしていた。
「ちょうどいい。他にも何人かキミみたいな人がいるから、合わせて紹介しようか」
そういうと荒城と名乗った男は、テーブルの方へ歩いていく。
彼も着いていくと、ちょうどそこに集まっていた人たちで円になって、簡単な話が始まるようだった。
「皆さん、よく集まってくれました。久しぶりの人もいれば、初めての人もいるでしょう」
ぐるりと円になった人たちを見回してみると、10人ちょっとの人たちがいるようだった。
テーブルの上には、宮城県の地図が置いてあり、ここ石巻のページが開かれたままになっている。
「ここにいる人たちは、有志によって集まったメンバーです。その目的はシンプルでただ一つ。
『困っている人を助ける事』」
その言葉を聞いたとき、全員の表情が一瞬引き締まる。
……まだ彼は初対面だったが、ここにいる全員が同じ想いと目的を持って集まっていると言う事が良く分かった。
「今は国家的な非常事態だと言えます。今後色々あるでしょうが、皆で助け合ってやっていきましょう」
そこまで言うと荒城は、にぃっと不敵な笑みを浮かべる。
まるで小さい子供がいたずらを仕掛けた後のような表情だ。しかし何人かの人も、それに呼応するかのように同じような笑みを浮かべていた。
「可能な限り速やかに――ASAPに」
再び聞いたその単語と共に、このNPOの名前は『ASAP』と言うのだ、ということも聞いた。
吹いてきたまだ冷たい風によって、テーブルの上の地図が何ページかパラパラとめくれる。
「集まった人々の紹介などは、また夜にでもやりましょう。……どうせ夜にはやれる事はあまり無いだろうから」
どうやら雰囲気からすると、全員が知り合いと言うわけでもないらしい。
彼と同じように、何人かは初めて会ってここに連れてこられたという人もいるようだ。
「というわけで、私たちがまず最初にやらなければならない事は、……『現状の把握』からだ」