3/11 14:46 『幕開け』
この物語は、実際の災害を元にした『フィクション』です。
実在する団体や実際に起きた出来事も記載していますが、あくまで個人の創造物であり、一意見として捉えて頂けると幸いです。
全ての皆様が、一刻も早く『日常』を取り戻せる事をお祈りしております。
その時は、特に何をしていたわけでも無かった。
たまたま家にいて、本を読んでいただけだった。最近久々に読んでみて気になったライトノベルを読みながら、体内に活字を溜めていただけの時間だったと記憶している。
最初は、自分の体の揺れかと思った。
しかしその考えはすぐに間違いだったと分かり、視線を周囲へと移す。
本の読み過ぎとゲームのやり過ぎで著しく悪くなり、今や0.01以下になってしまった視力でも、その異常はすぐに感知できた。
……揺れている。間違いない。
安っぽい板が張ってある天井からぶら下がっている、部屋の中でたった一つの電灯の紐が、ゆっくりとダウジングでもするかのように左右に揺れ動いているのが分かる。
それが確認できると同時に、――地震だ、と脳内でも認識していた。
咄嗟に何かをする、ということは全く思いつかなかった。
しばらく待った後、それでも揺れが収まらないのを知ると、彼はすぐに外に出た。
1Rの彼の住んでいるアパートからは、ドアを開ければそこがすぐ外だ。
古くなって錆付いた手すりに手を掛けながら、ミーアキャットのようにキョロキョロと周囲を見渡してみる。
眼下には、近所に住む人々や近くの工場の従業員たちが同様に外に出てきて、不安げに辺りを見回しているのが見て取れた。
そして、目に付いた街路樹や電線などが同じく不安げにゆらゆらと揺れている。
彼はしばらく何をするでもなく、ただ漠然とそこに佇んで周囲を見ることしかできない。
……正確には、およそ一分ほどの時間しか経っていなかったことだろう。しかし、彼が感じた時間は三分~五分にも近いように思えた。
まだ周囲の人々は彼の家のすぐ横の駐車場に集まり、ぼそぼそと噂話をしている。
――ようやく揺れは収まってきたようだった。
(これは――でかいな)
彼の三十年余りの経験と直感からそう確信し、急いで部屋の中に戻る。
玄関のすぐ横にかかっている鍵束を引っつかむと、すぐにまた部屋を出て、駐車場へと向かった。
彼の家にはTVは無い。
家にあるメディアと言えば、インターネットのみだった。
……彼は、ネットではリアルタイムな情報を知る事はできないと考えた。
駐車場にある彼の貴重な財産であり道具であり、相棒でもある軽自動車に乗り込むと、キーを挿してカーラジオを点けた。
……彼の持つ、唯一のリアルタイムメディアが、このラジオなのだ。
いつも聞いているJ-WAVEからは、いつものようにJ-POPのような音楽が流れていた。が、それもすぐに途切れると、普段であればまるで場違いなためリスナーからクレームでも来そうな、無機質に作ったDJの声が流れてきた。
「え~、ここで臨時ニュースをお知らせします――」
たっぷりと一分以上かけて伝えられた情報は、彼の予感を的中させ、またその後、それ以上に上回る結果をもたらす事となる。
しかしその事をまだこの時、彼は知る由も無かった。
震源地、震度などを一通り確認した後、彼はラジオを切り、部屋へと戻った。
とりあえず、すぐに避難しなければならないような緊急事態ではないらしい。その事にホッと一息吐く。
無情にも彼は、震源地がここ関東から遠く離れた東北地方だと聞き、深く安堵したのだった。
部屋に戻り、敷きっ放しだった布団にごろんと横になった彼は、今手に入れた情報を考察してみる事にする。
だが、落ち着いて考えるよりも早く、次なる異変が彼を襲った。
(……また、揺れてる……)
最初は、さっきまでの揺れの余韻が体に残っており、感覚が正常に戻っていないのかと思っていた。
が、その判断は、すぐに揺れる電灯の紐や、尚も収まらずに発生し続ける微震によって間違いだと気付かされた。
ここに来てようやく彼は、『東日本大地震』を自分の日常に起こったものとして捉え始めたのだ。
こちらのブログにおける情報を参考にしております。
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65613403.html