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収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


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閃き

小野寺は、別れ際に柚香が放った言葉を反芻しながら、重い足取りで駅へと向かっていた。


『もしかしたらトマトの延長かもしれませんね』


その言葉が、小野寺の脳裏にこびりついて離れない。


トマトの延長。人間をトマトと同じように育てる。


それは比喩だ。教育や洗脳といった精神的な支配を指す言葉のはずだ。


だが、何かが引っかかる。刑事としての勘が、その言葉を「比喩」として聞き流すことを拒絶していた。


小野寺は立ち止まり、懐から捜査資料のコピーを取り出した。


未だ発見されていない田島紅音と小田茉莉を除き、遺体で見つかった三人の被害者たちの写真だ。

直視に堪えない無惨な遺体。だが、小野寺は改めてその「損壊箇所」に目を凝らした。


 小橋愛と関本果歩。


二人の遺体は、どちらも左右の腕が一本ずつ、根元から切断されていた。

切断面は鋭利だ。迷いなく、まるで不要な枝を払うかのように切り落とされている。  

なぜ首でも足でもなく、腕なのか?



 捜査本部では「猟奇的な演出」あるいは「身元隠滅の失敗」として片付けられていたが、小野寺には違和感があった。犯人は遺体を隠そうともしていない。むしろ見せつけるように遺棄しているのだ。


 ――トマトの延長。


 小野寺の脳裏に、橋本千尋の庭で見た、青々と茂るトマトの苗がフラッシュバックした。  

 そして、かつて農業高校出身の同僚から聞いた言葉が蘇る。


『トマトを大きく育てるコツは、鬼になることですよ』 『主茎と葉の間に生える余分な芽——脇芽を、見つけ次第摘み取るんです。そうしないと栄養が分散して、いい実がつかない』


 脇芽かき。

 電流が走ったような衝撃に、小野寺は思わず資料を握りしめた。


「……そうか。『脇芽』か」


犯人にとって、小橋愛と関本果歩は人間ではなかった。

橋本千尋という「主茎」から、栄養——すなわち時間や関心——を奪う、除去すべき「脇芽」だったのだ。


だから、胴体という「茎」から伸びる腕という「芽」を、物理的に切り落として剪定した。 そう考えれば、あの不可解な損壊理由に説明がついてしまう。


「なんてことだ……」


ならば、最初の犠牲者、高橋智花はどうだ?  彼女は腹を裂かれ、内臓を抜かれ、代わりに凶器という異物を詰め込まれて縫合されていた。


あれは虐待への報復であると同時に——「土壌改良」だ。


汚れた土を掘り返し、新しい養分を混ぜ込む作業。あるいは、害虫駆除の見せしめ。



この異常な「処置」のルールを一貫して持っているのは、トマト栽培を偏愛している橋本千尋だけだ。

だが、実行犯が千尋だとは思えない。彼女は手を汚さず、言葉で人を操るタイプだ。返り血を浴びて死体を解体するような真似はしない。


ならば、実行犯は誰か? 橋本千尋の思考を熟知し、彼女の思想を崇拝し、あまつさえ「千尋になりたい」と願っている人間。


 ——小川一華だ。


小川一華は、小橋愛と関本果歩を復讐のために殺したのではない。 

千尋の流儀で、千尋の美学に従って、邪魔な人間を剪定し、土に還した。

それは小川一華にとって、自らが橋本千尋と完全に同化したことを証明する、聖なる儀式だったのではないか。


儀式……。いや違う。高橋智花、小橋愛、関本果歩、この三人の遺体を通してメッセージを送ったのだ。  自分がどれだけ成長したのか、共感し理解しているのか。  

その本意が伝わるかどうかは受け取る相手次第だとしても――



あまりにも理解しがたく現実離れしているが、小野寺にはこれが真相に最も近いと思えてきた。

しかし証拠は何一つない。そして自分一人ではこの事件を捜査するのは無理だと悟った。

もはや事件を解決するには彼女たちの自供しかないが、彼女たちがそうした取り調べの対象になることは、現在の捜査本部を見ているとまずないだろう。


唯一の望みがあるとしたら小川一華だった。


今の小川一華は限りなく橋本千尋に近付いているのかもしれない。それでも橋本千尋に比べればまだ人間味が残っていると思う。


もし対話ができれば、今の自分なら彼女の心に訴えかけることができるかもしれない。

だがそうなった場合、正式な捜査でないのだから自分は一人で会うことになるだろう。

運良く自供が引き出せるかもしれない。あるいは殺されるかもしれない。

そう考えたとき、殺される可能性の方が圧倒的に高いだろうと小野寺は思った。



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