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収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


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2/14

橋本千尋

中学の同窓会が昼からある。久しぶりに、あの頃の庭を思い出していた。


私の庭に、小川一華という名の、少し変わった苗木があった。


クラスに馴染めず、他の雑草たちにいじめられていた、ひどく傷ついた苗。私はその苗が気になって、声をかけた。


そこから、私たちの共生が始まった。



だが、一華は私たちが三年生に上がる前の春休み、私の庭から忽然と姿を消した。何も告げずに。まるで、根を張る前に引き抜かれたかのように。


理由はお父さんの失踪後にお母さんが亡くなったと聞いた。母方の実家で暮らすということ以外、場所も連絡先も、私を含めた誰一人として知らなかった。


それ以来、一華とは音信不通になった。 どこにいったのか誰も知らない。中学以来、交流している友人もいるが、その後も誰一人として一華の行方を知らなかった。



やはり、いじめられていたという事実は、思い出したくもない過去なのかもしれない。私たちと一緒にいたということも、忘れたいのかもしれない。


私は、一華が連絡を絶ったことを、そう結論付けていた。私の前から、一華は消えてしまった。


しかし、私の中の庭師は、決してその苗を忘れることはなかった。



あれから13年。


私は結婚して、姓も矢島から橋本になった。中学時代に打ち込んでいたバスケも、高校に入ってからはやらなかった。


新たな友人もでき、活動範囲も変わった。私を取り巻く環境は、まるで季節の移ろいのように、どんどん変化していった。


高校から大学に進学した私は公務員になり、そして異業種交流会で知り合った証券会社に勤務する橋本明と結婚して今に至る。


唯一変わらないのは、趣味の家庭菜園だ。今も家の庭で、トマトを育てている。これだけは小学校時代から変わらない。


結婚して家庭に入ったのも、公務員を続けていては、この庭の手入れに十分な時間を割けないからだ。



昔は一華と二人で、実家の庭にあるトマトに水をやったりしたこともあった。あの頃の一華は、まだ未熟な苗だったが、その根には、私が求める「何か」が確かに宿っていた。



水を止めて、水滴を落とすトマトを一つ一つ手に取り、観察する。


これはダメ。

この子はいい感じで育っている。

この子も。

これも良いかも。

こっちのはダメ。

これも。


順調に育っていくトマトを見ていると、心が安らぐ。すべて同じように見えても、この子たちはそれぞれ違うのだ。欲しがる栄養も、水の量も、それぞれ違う。それらを観察しながらノートに記録し、少しの変化も見落とさないようにする。


それだけ丹精込めても、残念な結果になってしまう時もある。そういう時、私は躊躇なく鋏で不出来なトマトを切り落とす。


それまでどんなに心を砕いて育てたものでも、そのときには何も感じない。



もはや異物となったものをゴミ箱に放り込むと、ふと庭の隅を見た。


「あそこに井戸があればいいのに」


自然と口許がほころぶ。

井戸の水は特別だから。

特別きれいな水。


庭から上がると、日課の観察記録をリビングでつけはじめた。 分厚いファイルから記録するトマトのページを開く。


このトマトはご近所の石坂さん。

こっちのトマトは二丁目の坂下さん。


どれも順調に育っている。


他にもいろいろ名前を付けている。人の名前を付けると、なんとなく愛着が増すものだけど、こんなこと他人には言えない。私の内に秘めた、最高の楽しみだ。


新しい気付きがあれば、書き込む量は日毎に増えていく。



「あっ……。そろそろ出かける準備しなくちゃ」


いけない、いけない。夢中になりすぎて、時間がすぎるのを忘れていた。

同窓会に行く準備をしなくては。


明さんにこれから同窓会に行くことをラインで送る。日曜日にもかかわらず、明さんは会社に行っている。


夫が仕事に励むことを殊更に貶すような人もいる。しかし私はそう思わない。こうして明さんが働いてくれるから、私は今の生活を維持できる。


時間があれば家事も手伝ってくれる。私も明さんが気持ちよく仕事ができるように、思いつくことはなんでもする。



人間関係。結婚生活は、相手を尊重しなくては成り立たない。私はそれを、この庭から教わった。支度を終えた私は家を出ると、今日来るクラスメイトに今から向かうことを報せた。



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