夢見心地・一華
眠らせた福山を裸にし、何本かのナイフを握らせ、浴槽の手すりに手錠で拘束する。
目覚めたときの「舞台」は整えた。
私はアトリエに戻り、作品を進めながらその時を待つ。
数時間後、ルイが「目を覚ました」と告げに来た。いよいよ「収穫」の時だ。
浴室の扉越しに、助けを求める声が聞こえる。
「先生、先生!」
「だ、誰だ? 誰でもいい、助けてくれ!」
「私ですよ、小川一華です」
「お、小川? どこなんだここは?」
「私の家ですよ。覚えてませんか? 手料理を食べて、お酒を飲みながら“二人で楽しみましょう”と話したでしょう? 寝てしまったから、目が覚めたらすぐ楽しめるよう、服を脱がせて浴室に運んでおきました」
「そ、そうなのか? でもこの手錠は?」
「夢見心地なプレイに必要なアイテムですよ」
不安が薄れ、安堵と期待の混じった笑いが返ってくる。その愚かさが心地よい。
「これから私も入りますね」
「お、おお」
「入りますよ」
扉を開けると、だらしなく笑っていた福山の顔が、一転して絶句に変わった。彼の目に映ったのは、全身をウェットスーツで覆い、防毒マスクを被った私だ。
「うわぁっ! な、なんだそれ?」
「先生と一緒にお風呂で楽しもうと思って」
後ろ手で扉を閉め、担いでいたバッグから複数の薬品を取り出す。
「これはどういうプレイなんだ?」
「こういうプレイです」
洗面器に薬品を注ぐと、福山の顔が恐怖に引き攣った。
「もしかしてドラッグとか、そういうやつか?」
「まあ、似たようなものです。ご存じですか? 複数の薬品を混ぜると、硫化水素が発生するんです」
「りゅ、硫化水素?」
福山の顔色が一気に青ざめる。
「濃度によっては、速やかに意識喪失、呼吸停止。ざっくり言えば、即死です」
マスク越しに微笑む私の顔は、彼には見えないだろう。それでも、言葉だけで心臓を鷲掴みにできる。
「冗談だろ? なあ」
「冗談じゃありません。夢心地を体験させると言いましたよね。天国に昇らせて差し上げます。……あっ、地獄に落ちる方かもしれませんけど。絶叫アトラクションって、大抵“下降”しますし」
「やめろ! ふざけるな! なんでこんな真似を!」
絶叫は、私にとって最高の音楽だった。
「楽しいからですよ。あとの理由は教えません。あなたは理由も分からず、殺されるんです」
薬品を一つずつ混ぜながら話す。
手錠で繋がれた全裸の男と、防毒マスクの女――その絵面は、私の芸術的感性を強く刺激していた。
「この格好は、硫化水素を吸わないため。皮膚からも吸収しないようにね。手足もシリコン製の手袋とソックス。完璧でしょう?」
「やめろ小川! おまえおかしいぞ!」
「大声出してると、たくさん吸い込みますよ。もう、発生しているかもしれません」
その一言で、福山は口を噤んだ。
窓も換気扇も塞いだことを確認し、最後の薬品を手に取る。
「先生。これを混ぜたら、即死濃度の硫化水素が出ます」
「頼む、助けてくれ……。俺が、おまえになにをしたっていうんだ?」
「ふふ……“なにもしなかった”。先生は、最初から最後まで、なにもしてこなかった傍観者でしたよ」
その言葉が、彼の心臓を射抜いた。
薬品を混ぜる。福山は短く息を吸い、そのまま動かなくなった。手錠で繋がれた手が、だらりと下がる。死に顔は、あまりにも醜かった。
目張りを剥がし、ルイに換気扇を回させる。死体処理は、硫化水素が完全に抜けてからだ。
浴室から出ると、着ていたものをすべてビニール袋に詰め、客用のバスルームでシャワーを浴びた。
死の間際の絶望に歪んだ顔と、上ずった声は、私の中に深く刻まれている。十分に楽しませてくれた。
作業着に着替えてアトリエに戻ると、倉庫の奥から声がした。
「一華! 一華!」
倉庫の奥の部屋の扉の前に立ち、声をかける。
「どうしたの、智花」
「誰か来ていたの? 声がしたから」
福山の絶叫がここまで聞こえたとは思えない。おそらく、彼女の不安が生んだ幻聴だ。
「警察よ。あなたのことを探していた」
「私を……」
「大丈夫。心配しないで。あなたの潔白は、私が必ず証明するから」
「ありがとう……」
か細い声。
不安を膨らませている智花を「慰める」ために、私は部屋へと入っていった。
私の「収穫祭」は、まだ始まったばかりだ。




