表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/14

夢見心地・一華

眠らせた福山を裸にし、何本かのナイフを握らせ、浴槽の手すりに手錠で拘束する。


目覚めたときの「舞台」は整えた。


私はアトリエに戻り、作品を進めながらその時を待つ。



数時間後、ルイが「目を覚ました」と告げに来た。いよいよ「収穫」の時だ。



浴室の扉越しに、助けを求める声が聞こえる。


「先生、先生!」


「だ、誰だ? 誰でもいい、助けてくれ!」


「私ですよ、小川一華です」


「お、小川? どこなんだここは?」


「私の家ですよ。覚えてませんか? 手料理を食べて、お酒を飲みながら“二人で楽しみましょう”と話したでしょう? 寝てしまったから、目が覚めたらすぐ楽しめるよう、服を脱がせて浴室に運んでおきました」


「そ、そうなのか? でもこの手錠は?」


「夢見心地なプレイに必要なアイテムですよ」


不安が薄れ、安堵と期待の混じった笑いが返ってくる。その愚かさが心地よい。


「これから私も入りますね」


「お、おお」


「入りますよ」



扉を開けると、だらしなく笑っていた福山の顔が、一転して絶句に変わった。彼の目に映ったのは、全身をウェットスーツで覆い、防毒マスクを被った私だ。


「うわぁっ! な、なんだそれ?」


「先生と一緒にお風呂で楽しもうと思って」


後ろ手で扉を閉め、担いでいたバッグから複数の薬品を取り出す。


「これはどういうプレイなんだ?」


「こういうプレイです」


洗面器に薬品を注ぐと、福山の顔が恐怖に引き攣った。


「もしかしてドラッグとか、そういうやつか?」


「まあ、似たようなものです。ご存じですか? 複数の薬品を混ぜると、硫化水素が発生するんです」


「りゅ、硫化水素?」


福山の顔色が一気に青ざめる。


「濃度によっては、速やかに意識喪失、呼吸停止。ざっくり言えば、即死です」



マスク越しに微笑む私の顔は、彼には見えないだろう。それでも、言葉だけで心臓を鷲掴みにできる。


「冗談だろ? なあ」


「冗談じゃありません。夢心地を体験させると言いましたよね。天国に昇らせて差し上げます。……あっ、地獄に落ちる方かもしれませんけど。絶叫アトラクションって、大抵“下降”しますし」


「やめろ! ふざけるな! なんでこんな真似を!」


絶叫は、私にとって最高の音楽だった。


「楽しいからですよ。あとの理由は教えません。あなたは理由も分からず、殺されるんです」


薬品を一つずつ混ぜながら話す。


手錠で繋がれた全裸の男と、防毒マスクの女――その絵面は、私の芸術的感性を強く刺激していた。


「この格好は、硫化水素を吸わないため。皮膚からも吸収しないようにね。手足もシリコン製の手袋とソックス。完璧でしょう?」


「やめろ小川! おまえおかしいぞ!」


「大声出してると、たくさん吸い込みますよ。もう、発生しているかもしれません」


その一言で、福山は口を噤んだ。


窓も換気扇も塞いだことを確認し、最後の薬品を手に取る。


「先生。これを混ぜたら、即死濃度の硫化水素が出ます」


「頼む、助けてくれ……。俺が、おまえになにをしたっていうんだ?」


「ふふ……“なにもしなかった”。先生は、最初から最後まで、なにもしてこなかった傍観者でしたよ」



その言葉が、彼の心臓を射抜いた。


薬品を混ぜる。福山は短く息を吸い、そのまま動かなくなった。手錠で繋がれた手が、だらりと下がる。死に顔は、あまりにも醜かった。


目張りを剥がし、ルイに換気扇を回させる。死体処理は、硫化水素が完全に抜けてからだ。



浴室から出ると、着ていたものをすべてビニール袋に詰め、客用のバスルームでシャワーを浴びた。


死の間際の絶望に歪んだ顔と、上ずった声は、私の中に深く刻まれている。十分に楽しませてくれた。


作業着に着替えてアトリエに戻ると、倉庫の奥から声がした。



「一華! 一華!」


倉庫の奥の部屋の扉の前に立ち、声をかける。


「どうしたの、智花」


「誰か来ていたの? 声がしたから」


福山の絶叫がここまで聞こえたとは思えない。おそらく、彼女の不安が生んだ幻聴だ。


「警察よ。あなたのことを探していた」


「私を……」


「大丈夫。心配しないで。あなたの潔白は、私が必ず証明するから」


「ありがとう……」


か細い声。


不安を膨らませている智花を「慰める」ために、私は部屋へと入っていった。


私の「収穫祭」は、まだ始まったばかりだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ