白雪姫は毒リンゴを食べない
「なんとまあ、物騒だねえ」
朝刊を広げていた小人三号が言った。
「どうしたね」
リーダー格の小人一号が尋ねる。
三号はその新聞記事の内容をかいつまんで説明した。
「近頃じゃ年寄りによる詐欺が増えてるんだってさ」
「なんだい、そりゃ」
「年寄りといえば昔はもっぱら騙される側だったのが、いまじゃ騙す側になってるらしい」
近頃、世間では高齢者による詐欺が多発していた。
電話に出た人に『ワシじゃワシじゃ』と祖父や父親を騙り、金を振り込ませる手口は有名だ。
ほかにも、売りにきた果物を強引に味見させられ、ひとくち食べたら高額な代金を請求された事例もあるという。ある被害者は、「お年寄りが重い果物を運んでいて、気の毒だと思って……」と語った。
新聞によれば、これらは年寄りがいまになって詐欺を始めたわけではなく、昔から詐欺を働いていた者たちが年を取っただけ、ということだった。まさに熟練の技である。
「なんて奴らだ! 腐っとる!」
小人二号がプンプン起こる横では、小人四号が眠そうにあくびをする。
小人六号がくしゃみをして小人五号の顔に牛乳を飛ばしたのを見て、小人七号がケタケタと笑った。
「まあ、たいへん」
白雪姫が急いで布巾をとってきて、五号の顔を拭いた。
心やさしい白雪姫。
雪のように白い肌と、血のように赤い唇、黒い髪をもつ美少女だ。
娘の美貌を妬んだ継母に命を狙われ、森を彷徨っていたところを小人たちに助けられた。
その白雪姫に、小人一号が「白雪姫や、よくお聞き」と声をかけた。
「ワシらが仕事に行ってるあいだ、だれも家に入れちゃいけないよ」
「ええ、わかっているわ」
「窓もあけちゃいけないよ」
「もちろんよ」
白雪姫は明るく頷いて答えた。
けれど、しっかりしているように見えても、まだまだ子どもだ。
小人たちは、白雪姫が昼間ひとりになるのを心配した。
「いいかい、怖いと思ったら、これを使うんだ」
一号が差し出したのは、立派な猟銃だった。
「ちゃんと手入れもしてあるからね」
「ドーンとお見舞いしてやれ!」
二号は「ドーンと!」とこぶしを振り上げた。
猟銃はたいそう大きくて、撃てば月まで届きそうなほどだった。
「おお白雪姫、そんな怯えた顔をしなさんな。これは麻酔銃だから、相手は死んだりしないよ」
それを聞いた白雪姫は、ようやくほっとした顔で「ありがとう」と銃を受け取った。
朝食を終えて、鉱山へ仕事に出発する小人たちを、白雪姫は今日も朗らかに手を振って見送った。
食器を片付け、掃除も終わって、白雪姫は窓辺に裁縫箱を持ってきた。
誰もいない家でひとり、白雪姫は繕い物をした。
すると、誰かが窓を叩く音がした。
窓を見ると、誰もいない。見えるのは森の木々ばかり。
「どなたですの?」
白雪姫が窓ガラス越しに問いかけると、横からぬっと老婆が現れた。
「ひとりかい?」
老婆は歯の抜けた口で笑って聞いた。
白雪姫が黙っていると、老婆はまた窓のガラスを叩いた。
「ここをあけておくれ」
「なぜ?」
「おいしいリンゴを持ってきたのさ」
「リンゴですって?」
「たくさんあるよ」
「どのくらいかしら」
「籠に山盛りだ」
「本当に? そこから見せてくださいな」
白雪姫に言われて、老婆は小声で「ふん、小娘が」と呟いて腰をかがめた。
足もとに置いた籠を、よっこらしょと持ち上げる。
「ほれ」と目の前の窓に掲げたとき、鈍色の銃口が自分に向いているのを老婆は見た。
その翌朝。
小人たちの家のまわりには、たくさんの衛兵が警護についていた。
弾丸で割れた窓ガラスは、すでに新しいものに取り替えられている。
外は物々しいけれど、家の中では、白雪姫と七人の小人たちが、いつもどおり朝の食卓を囲んでいた。
朝刊を広げていた小人三号が、ごきげんで「ほほぉ!」と言った。
「ごらん、白雪姫のことがのってるよ。森のプリンセス、お手柄だって」
「どれどれ」
「ほんとだ、すごいや」
「ドーンと見舞ってやったからな!」
昨日、白雪姫に撃たれた老婆は、駆け付けた衛兵によって、眠ったまま病院に搬送された。
はじめは少女による過失かと思われたが、鑑定の結果、リンゴからは猛毒が検出され、老婆は一転、牢屋に放り込まれた。
そして、この恐ろしい殺人鬼を退治した少女が、じつは行方不明だった王女だと判明した。
このビッグニュースに、国じゅうが大いに沸き立った。
新聞は、白雪姫を『現代の“リボンの騎士”』と評した。
『リボンの騎士』は昔の漫画家が描いた有名な作品で、トランスジェンダーの王女が騎士として悪とたたかう冒険ファンタジーだ。
白雪姫はトランスジェンダーではないが、『勇敢な王女』に例えられたのだろう。
ただ――
そこにひとつ、国民の知らないところで、大きな『事件』が起きていた。
牢の中で目が覚めた老婆は、老婆ではなく女王の姿だったのだ。
驚いた牢番がこけつまろびつ報告にきて、当然、王室も大慌てである。
そこで突然、家来がひとり、号泣しながら土下座をした。
――女王はとんでもない悪人です。王が亡くなったのも女王のせいです。
継子の白雪姫も殺すように命じられましたが、どうしても殺せず森に捨てました。
そのことが女王にばれて、女王は今度こそ白雪姫を亡き者にしようと企んで――
申し訳ありません――女王に脅され、言い出せずにいた家来は泣き崩れた。
一同は顔面蒼白になった。
王室は、こんな破格のスキャンダルを断じて外に漏らすわけにはいかない。
獄中の女王は、自分は女王だ、すぐにここから出せと喚いた。
新聞社がこれを嗅ぎつけ、王室記者クラブは一斉に「あの老婆が女王というのは事実ですか」と詰め寄った。
幸い、女王の一連の悪事までは漏れていない。
もともと国民の支持率も最低だった。
白雪姫の無事がわかったいま、仮に女王が『急な病で』この世を去ったとしても、なんの差し障りがあろう。
ましてや牢の中の『殺人鬼』をこのまま闇に葬ったとして、誰か困る者がいるだろうか――?
緊急会議の結果、王室は公式に回答した。
「ただのそっくりさんですね」
こうして、白雪姫は生まれたお城にもどることになった。
七人の小人には好きなときに会ってよいと許可がおりて、小人たちも喜んだ。
「当たり前だ! 何が許可だ、偉そうに!」と、二号だけは大臣に物申していた。
あと、それから、勇敢な『リボンの騎士』にぜひお目にかかりたいと、隣国の王子様から申し入れがあったそうだ。
近々、白馬に乗ってお出ましになるという。
終