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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第三部

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第91話 何もない日が、いちばん特別だった。


 あっつ。んで眩し……。

 目が覚めた時に真っ先に感じたのは、そのふたつだった。

 カーテンの隙間から差し込む陽射しがスマホの画面に反射して、それが直接目に入っていたのだ。

 身体を起こすのが億劫で、ごろりと寝返りを打つ。エアコンのリモコンに手を伸ばそうとしたが、あと数センチのところで届かず、そのまま腕がだらんと垂れた。

 海の家バイトの疲れが、まだ全身にべったりと残っている。筋肉痛というよりは、身体の芯が重い。皿洗いで酷使した腕も、フロアを走り回った脚も、全部だるかった。

 もちろん、楽しいこともたくさんあったのだけれど。でも、やっぱり労働はしんどい。あれを毎日続けられる大人は凄いなと改めて思わされた。

 時計を見ると、十一時四十分。

 めちゃくちゃ寝てた。

 まあ、夏休みだし。誰に怒られるわけでもない。そう思って再び目を閉じかけた時、枕元のスマホが短く震えた。

 重い腕を伸ばして、画面を点ける。

 LIMEの通知が三件。送信者は、全部詩依だった。


【今日のお昼なんだけど、よかったら一緒に食べよ?】


 一件目の送信時刻は、十時二十三分。朝からちゃんとしてるな、と思いながら次を見る。


【まだ寝てる……? それとも、具合悪いとか?】


 十一時ちょうど。心配の色が滲み始めている。そして三件目。


【大丈夫? 具合悪いなら、看病しにいくけど……?】


 送信時刻は十一時三十五分──つい五分前だ。

 時間が経つにつれてどんどん心配の度合いが上がっていくのが、もう文面から丸わかりで。申し訳ないやら、くすぐったいやら。

 慌てて返信を打とうとした、その時だった。

 ピンポーン、とインターホンが鳴った。

 嫌な予感──というか、ほぼ確信に近い予感がして、慌てて玄関に走る。ドアを開けると、案の定というか何というか。


「あ、桃真くん」


 白いエプロンを着けた詩依が、玄関の前に立っていた。

 手にはスマホ。たぶん、返信が来ないから直接来てしまったのだろう。

 恋人の行動力が、少し怖い。俺は苦笑いを浮かべて、頭を掻いた。


「わ、悪い……今起きた」

「やっぱり寝てたんだ? でも、体調崩してたとかじゃなくてよかった」


 詩依は少し呆れつつも、安堵したような笑顔を浮かべた。

 寝癖だらけの頭と、よれよれのTシャツ。対する恋人は、エプロンの下にシンプルなブラウスを着て、髪もきちんとまとまっている。

 この落差が、何となく恥ずかしかった。


「お母さんが夕方まで出かけるから、うちでお昼作ろうと思ってたんだけど……でも、寝起きだとお腹空いてないよね」


 詩依が少し困ったように小首を傾げた。

 恋人になってからというもの、こういう『同じマンションに住む幼馴染』ムーブが、以前とは違う意味を持つようになった。

 少し前だったら「詩依がご飯作ってくれるのか、ラッキー」くらいにしか思わなかっただろう。でも今は、朝からわざわざ食材を用意してくれていたことだとか、返信がないだけで心配してくれたことだとか、そういうのがいちいち嬉しい。


「……いや、めっちゃ腹減ってる。詩依んち行けばいい?」

「うん」

「じゃあ、顔洗ってからいくわ」

「待ってるね。あ、急がなくていいよ」


 詩依が俺の頭を見てくすっと笑った。たぶん、俺の寝癖が面白かったんだろう。

 顔を洗って着替えてから、詩依の部屋に向かった。

 彼女の部屋のキッチンには、既に食材が並べられていた。そうめんの束、大葉、みょうが、きゅうり、生姜、それからネギ。

 夏休みのお昼に、そうめん。最高じゃないか。


「手伝うよ」


 前までなら、多分まかせっきりにしていたのだけれど……何となく、それでは居心地が悪い。


「……ほんと? じゃあ、お願いしよっかな」


 詩依は意外そうに目を丸くしてから、すぐに顔を綻ばせた。

 ここで頼ってくれるというのも少し嬉しい。少し前なら、絶対に気遣って頼ってくれなかった。


「薬味、任せていい?」

「おう。何切ればいい?」

「えっと、ネギと大葉を刻んでほしいな。あと、みょうがも」


 詩依はそう言いながら、手際よく鍋に水を張ってコンロにかけた。料理している時の彼女は、普段とちょっと違う。おっとりした感じが消えて、手つきにキレがあるのだ。

 俺はまな板の前に立ち、ネギを切り始めた。

 ……が、こっちは不器用だ。自分でも分かるくらい、切り口がガタガタになっている。斜めに切ろうとしているのに、途中から輪切りになったり、厚さがバラバラだったりしていた。

 そんな俺の手元を、後ろからそっと覗き込んだ。


「あ、桃真くん。こうした方がいいよ」


 詩依が俺の後ろに回り込んで、両手を俺の手に添えてきた。

 肩越しに伸びてくる細い腕。ふわりと鼻をくすぐる、トリートメントの匂い。背中に彼女の体温が触れている。

 いや……近いから。

 それだけで、先日の抱擁を思い出してしまって、心臓が騒ぎ立てる。詩依の手の動きに合わせてネギを切っているのだけれど、正直それどころではなかった。確かに、こうやって包丁を押すように動かすと、綺麗に切れたのだけれど。


「ね? 簡単でしょ?」

「お、おう……」


 詩依本人はというと、完全に料理モードで真剣な顔をしている。俺の心臓がバクバクいっていることなんて、気付いてもいなさそうだ。この温度差、どうにかならないものか。

 鍋の湯が沸いて、詩依がそうめんを投入する。

 茹で上がるまでの間、自然と昨日の話になった。


「にしても、信一のあの花火の暴れっぷりは何だったんだよ。炎の呼吸とか叫んでたぞ、あいつ」

「あはは。ミサちゃんも負けてなかったけどね」


 思い出して笑う。あのふたりは、本当にいいコンビだ。本人たちが認めるかどうかは別として。

 あいつらこそさっさと付き合えばいいのに、と思っている。


「でも……線香花火、楽しかった」


 詩依がぽつりとそう言って、ざるにそうめんを上げながら微笑んだ。

 一昨日の、橋の上。小さな火玉が彼女の瞳に映り込んでいた、あの静かな時間のことを思い出す。派手な花火より、あっちの方がずっと心に残っていた。

 なんとなく居心地がくすぐったくなって、俺は誤魔化すように咳払いをした。

 そうめんが皿に盛られ、薬味が小鉢に並べられて、簡素だけどちゃんとした昼食が完成した。ふたりでテーブルについて、いただきますと手を合わせる。

 冷たいそうめんを啜ると、疲れた身体に染み渡った。詩依のめんつゆは少し甘めで、それがまた美味い。


「なあ。旅行、行くならどこ行きたい?」


 ふと、そんな言葉が口をついて出た。昨日の帰り道で、ふたり旅の話をしたのを思い出したからだ。


「桃真くんとならどこでもいいよ?」


 なんとなしに、彼女が言った。

 全く、嬉しいことを言ってくれる。


「強いて挙げるなら」

「う~ん……あ、温泉行ってみたいかも」

「お、温泉!?」


 そのワードで、一気に色々なものが脳裏を駆け巡る。

 温泉。

 ふたりで。

 旅館。浴衣。そして夜は同じ部屋でその浴衣を──。

 ……いかん。色々と想像が暴走し始める。顔が熱くなるのが自分でもわかった。


「桃真くん?」

「は、はひ!?」

「もしかして……変なこと、考えてない?」


 詩依がじとっとした目で俺を見た。

 この子は超能力でも持っているのだろうか?


「か、考えてない! 考えてないからッ」


 必死に両手を振って否定する。が、声が裏返っている時点で説得力は皆無だろう。

 その様子を見て、詩依がくすっと笑った。

 かと思うと──ふっと、その表情が変わる。頬にうっすらと赤みが差して、箸を持つ指先がちょっと落ち着かなくなっていた。


「その……いいよ?」


 おずおずと、躊躇しつつ……でも、何かを決意しているかのような声音で、彼女は言った。

 殆ど囁き声同然だったけれど。でも、しっかりとその言葉は、俺の耳まで届いた。

 予想外の言葉に、そうめんを啜る手が完全に止まった。


「え!? い、今なんて!?」

「や、やっぱりなんでもない、です……」


 詩依が顔を真っ赤にして、俯いてしまった。語尾が敬語になっているあたり、相当動揺している。

 いいって何だ。何がいいんだ。

 期待していいってことなのか。いや、何を期待するんだ俺は。

 妄想が膨らむ一方で、互いに顔を合わせられなくなり、そうめんを啜る音だけがしばらくキッチンに響いていた。


     *


 食後、微妙に気まずい空気が漂う中、俺は咄嗟にこう切り出した。


「そうだ、久しぶりにスト6やらね?」


 我ながら名案だと思った。こういう時は、ゲームに限る。

 詩依も「うん、いいよ」と乗ってくれて、すぐにリビングのテレビの前に移動した。コントローラーをふたつ用意して、スト6を起動する。

 付き合ってからは全然対戦していなかったので、かなり久しぶりだ。以前はそこそこいい勝負──いや、正直に言えば俺がやや押されていたが、それでもまだ互角くらいだったはずだ。

 ……そう思っていた時期が、俺にもありました。


「は!? 強すぎるんだけど! 何だよそのわからん殺し!」


 ところがどっこい、あっけなく負けた。

 詩依のケイミーが、見たことないようなコンボルートで俺の豪拳を叩き潰してきたのだ。起き攻めの精度も、画面端の崩しも、以前とは比べ物にならない。


「えへへ。実は密かに練習してたの」


 嬉しそうに、詩依が笑っていた。

 よく見てみると、MRも俺より高かった。俺はMR一三〇〇で停滞しているのに対して、詩依はMR一五〇〇台後半でハイマスター寸前。相当やり込んでいる数値だ。密かにどころの騒ぎじゃない。いつの間にこんなに上達したんだ。


(くっ……俺の方が上手かったはずなのにッ)


 悔しい。純粋に悔しかった。

 昔から彼女にゲームだけは負けたことがなかったのに。

 でも、俺と遊ぶために密かに練習してくれていたのだと思うと、それはそれで嬉しくて。悔しいのに嬉しいという、よくわからない状態に陥っていた。

 二戦目、三戦目と重ねる。俺も本気でやっているのに、勝ったり負けたりの互角──いや、むしろ詩依の方がだいぶ優勢だった。

 そして四戦目。俺のラウンド取得で迎えた最終ラウンド、体力リードしていたはずが、詩依がドライブインパクトから激ムズなコンボを完走して、まさかの逆転。


「やった!」


 詩依がぴょんと跳ねるように身体を起こしたかと思うと、そのままの勢いで俺の腕にぎゅっと抱きついた。目をきらきらさせて、子供みたいにはしゃいでいる。

 ゲームで負けた悔しさは、確かにある。格ゲーマーとしてのプライドも、もう粉々だ。

 でも──こんな顔されたら、悔しさなんてどっかいく。むしろ、もっと喜ばせたいとすら思ってしまった。負けたのに。

 ……俺、もうだめだな。

 格ゲーマーとしてどこか終わってしまった自分に、思わず苦笑いが浮かんだ。


「……もう一戦、頼む」

「うんっ」

「次は何が何でもぜってー俺が勝つ! もう本気出すからな!」


 鼻息荒くしてそう言うと、詩依は小首を傾げてこう返してきた。


「もうさっきも本気じゃなかった……?」

「やかましい! さっきのは準備運動としての本気だ。次もし負けたら何でも言うこと聞いてやる」


 売り言葉に買い言葉、というやつだろうか。気付けばそんなことを口走っていた。


「私も……同じ条件でいいよ?」

「はい?」

「だから……桃真くんが勝ったら、私も桃真くんの言うこと、何でも聞く」


 おずおずと、でもどこか恥ずかしそうに彼女は言った。

 えーっと……?

 何だかおかしな賭けになってきたんだけれど、こういう場合は勝つのがいいのだろうか? それとも負けた方が実はいい思いができたりする?

 わからない。わからないが──だからといって手を抜くのは、格ゲーマーではない。


「じょ、上等だ。受けて立ってやる」


 四セット目。さすがに今回は集中力を限界まで引き上げた。

 詩依の攻めパターンを読んで、的確に対空を合わせる。コンボミスを見逃さず差し返し、最後は画面端でしっかりとCAの一瞬千撃を決めた。

 詩依の悲鳴が部屋に響いた。


「ああッ、うわあぁぁ~~~~ッ! そこでそれはずるいよぉ! そんなの飛べないから!」

「──ッしゃあ、一瞬千撃! 勇気凛凛、元気爆発、興味津々、意気揚々……故、ポカモン也」


 大きくガッツポーズをとって、とある某配信者が同じ技を決めた時に言う煽り文句をつい口走る。


「じゃあ俺の勝ちな。何でも言うこと聞いてもらうぞ」


 勝ち誇って言ったものの──。

 実は何をお願いするか、全く考えていなかった。

 勢いで言っただけだから、いざ勝ってみると何も浮かばない。

 沈黙が数秒。


「えーっと……やっぱ、後で考えとくわ」


 結局、そうお茶を濁すしかなかった。


「そういうの、ずるいと思う」


 詩依が、頬をぷくっと膨らませる。

 その顔が可愛くて、思わず目を逸らした。何でも言うこと聞いてもらえる権利より、今のこの顔が見られたことの方が、よっぽど価値がある気がする。

 ──とは、口が裂けても言えないけれど。


「次こそ勝つから」

「はいはい。じゃあ、次も勝負な」


 それからも、俺たちはゲームを続けた。

 勝ったり負けたり、文句を言ったり笑ったり。時々、詩依の肩が俺の腕にぶつかって、そのたびにちょっとだけ心臓が跳ねる。

 窓の外では、蝉がうるさいくらいに鳴いていた。

 エアコンの効いた部屋で、テレビの前に並んで座って、ただゲームをする。それだけだ。何の変哲もない、夏休みの午後だった。

 なのに──こうして何気なく過ごす夏休みが、きっと一番楽しい。

 詩依がまたリーサルコンボを決めて「やった」と小さくガッツポーズをする。その横顔を見ながら、俺はぼんやりとそう思った。

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