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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第一部

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第9話 幼馴染さんからの予想外過ぎる質問

 テーブルに並べられた夕食を前に、俺は思わず息を吞んだ。

 温かな湯気を立てるシチューと、彩り鮮やかなサラダ。まるでレストランで出てくる料理みたいだ。

 ……これ、全部詩依がひとりで作ったんだよな。

 作っていたところを実際に見ていても、何だか信じられなかった。少なくとも、小学生の頃に詩依が料理を作っているところを見たことがない。これもこの五年間で変わったことのひとつなのだろうか。

 詩依と向かい合って座り、とりあえず手を合わせる。


「えっと……いただきます」

「どうぞ。お口に合うといいんだけど……」


 詩依はどこか不安そうにこちらを上目遣いでちらっと見た。

 自分から誘ってみたけれど不安ではある、ということなのだろうか。確かに、五年間殆ど他人同然に過ごした相手に、初めて手作りのものを食べられるというのは緊張するのかもしれない。

 スプーンを手に取り、そっとシチューを掬って口に含む。


「えっ……美味っ!」


 普通にびっくりしてしまった。

 口に含んだ瞬間、濃厚なホワイトソースのコクが広がり、続いてやわらかな鶏肉と野菜の甘みが舌を包み込んでいく。シチュー特有のまろやかさに、隠し味のような深い風味が加わっていた。

 文句のつけようがないくらい、めちゃくちゃ美味い。


「ほんと? ……よかった」


 安堵したように彼女は顔を綻ばせ、自分もシチューを口に運ぶ。

 俺も食べる手が止まらなかった。

 サラダも口に運んでみると、これまたちょうどいい歯応えだった。ほんのり香るオリーブオイルとブラックペッパーが、全体の味を引き締めていた。シンプルながらも、細部まで気を配った一皿だ。

 シチューもサラダも、普通に店のものとして出されても何も違和感がない。

 少なくとも、うちの親よりも既に料理が上手い。

 俺は訊いた。


「昔から料理って作ってたの?」

「チャレンジはしてたよ? 自分でも美味しいって思えるようになったのは、この一~二年だけど」

「努力家なんだな……」


 俺は独り言のようにぽつりとそう漏らした。

 スト6の上達が早いのも、料理が上手いのも、こうして見ていると自然と納得できる。

 彼女はとにかく研究熱心で努力家なのだ。


「……そんなことないよ。結構失敗だってしてたし」


 詩依は照れ臭そうに笑い、視線を逸らした。

 この五年の間に、俺が色々変わってしまったように、彼女も変わったのだろう。

 ……いや、そうじゃないか。

 俺があまり意識していなかっただけで、彼女は昔から小さな努力を積み重ねていた。

 自転車に乗るのだって、ちょっと他よりも遅れていたけれどちゃんと向き合って克服していたし、俺と一緒に遊んでいたのに成績も良かった。

 勉強は基本的に得意なのに、普段からちゃんと予習復習をしていて、苦手なスポーツも一生懸命取り組んでいた。それはあくまでも俺から見えているところだけであって、きっと見えていないところでも、当時から色々と頑張っていたのだろう。

 近過ぎて気付いてなかったけれど、昔から彼女はこんな感じで陰ながら努力していたのだ。

 それに比べて……俺は、何やってんだろうな。

 自信を無くして、詩依から目を背けて、毎日を惰性のように生きて、せっかく恋人ができたと思ったらあっさりと寝取られて。

 何だか、情けなくなってきた。

 それから特に会話もなく、食器とスプーンが擦れる微かな音と、BGM代わりに流していたバラエティー番組から聞こえてくる笑い声だけが、静かなリビングに響く。

 時折、「お代わりもあるけど……食べる?」と訊かれて、「めっちゃ頂きます」と返す程度。

 俺たちの間に会話らしい会話はなくて……遂に我慢できなくなって、彼女がお代わりを入れて戻ってきたタイミングで、切り出した。


「……何も、訊かないんだな」


 唐突に漏らした言葉に、詩依が「え?」と小首を傾げた。


「いや、ほら。普通気になるだろ。家に入ろうと思えば入れるのに、雨ん中でずぶ濡れになっててさ」

「……うん。まあ」


 詩依は俺の前にシチューを置くと、席に腰掛けて、視線をテーブルに落とした。


「でも……何となく、気付いてたから」

「気付いてたって?」

「……柏木さんのこと、だよね?」


 驚いて、顔を上げた。

 まさか詩依から莉音の名前が出てくるとは思ってなかった。

 俺の知る限り、莉音と詩依に接点はなかったはずだ。それなのに、どうして彼女がそのことを知っていたのだろうか。


「俺と莉音が付き合ってたの……知ってたのか?」

「……気付くよ。だって、毎日一緒に帰ってるとこ、見てたし」


 辛そうにぎゅっと眉根を寄せて、詩依が小さな声を絞り出す。それはどこか悔しが混じったような、悲しそうな声音だった。

 曰く、一年の頃から俺と莉音が付き合っていたのは察していたらしい。

 確かに、言われてみれば、それまで接点がなかったふたりがよく学校内で過ごしていて、一緒に帰っているところを頻繁に見掛けていれば、何となくわかるものだ。

 でも、それでどうして詩依がそんな顔をしているのかがわからない。

 ゆっくりと息を吐き出すようにして、彼女は続けた。


「それなのに……黙っててごめん」

「え? 何が」

「私……知ってたの。柏木さんが酷い人だって」


 ちょうど、先月のゴールデンウイークに入る前くらいのこと。詩依は偶然にも、莉音が野球部の男と仲睦まじげにくっついているところを見てしまったのだそうだ。

 それはどう見ても仲が良い友達という距離感ではなくて、明らかに男と女のそれだった。しかし、学校内で見掛ける俺と莉音に別れた気配はない。

 それで何となく莉音が浮気をしているのだと察し、いずれこういうことになるのではないかと予期していたそうだ。


「だから……それじゃないかなって、あの時咄嗟に思っちゃって。違ったらごめん」


 詩依はそこまで話すと、小さく息を吐いた。


「別に……詩依が謝ることないだろ。まさしくその通りで、完全に図星だしな」


 無理に笑みを作ろうと思ったけれど、ただ頬がひくついただけで。全然上手く笑えなかった。

 そんな背景も知っていたなら、さぞかしあの時の俺は滑稽だっただろう。浮気されて、想像通りに打ちのめされて、悲劇のヒーローぶって雨に打たれて……今思うと恥ずかしいし、情けなくて堪らない。


「いやー、そこまで知ってたのかよ。ったく、それならもっと早く教えてくれよなー。だったら俺もあんな情けないとこ見せず、ばしっと振ってやったのに。って、さすがにそれは無理か。全然話してなかったもんな」


 ははは、と乾いた笑みを漏らす。

 何とか場の空気を変えようと強がって冗談めかしてみるが、どうやっても明るい空気にはならなかった。ただただ俺の痛々しさが増すだけだった。

 詩依はちらっと俺を見て、小さく息を飲んだ。何か言いたげに唇を開きかけるが、結局言葉にはならず、テーブルの端を指でなぞる。眉間に軽く皺を寄せたあと、躊躇うように目を逸らした。

 そこから、暫く無言が続いた。

 テレビから流れてくる陽気なCMの声がやけに耳障りで、何とかこの空気を変えようと別の話題を考えるけども、何も気の利いた話題が思い浮かびやしない。

 黙ったまま、さっきとは味の変わってしまった気のするご飯を口に含むと……詩依は、唐突にこう訊いてきたのだった。


「……どうして、柏木さんだったの?」

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