第8話 約束と疑問
シチューがちょうど良い煮込み具合になった頃合いに、一旦スト6は終了。詩依は夕食の準備へと戻った。
俺もお皿を並べながら、詩依に訊いてみた。
「まさかあんなに上手いとは思わなかったよ。ゲーム、結構やってんの?」
「ううん、他のゲームは全然。やってるのはスト6だけかな……」
詩依は野菜を刻みながら答えた。
俺たちの住んでいるマンションはオープンキッチンになっていて、リビングダイニングとキッチンを隔てずに会話ができるようになっている。
普段はリビングで寛いでいると母親の小言が飛んでくるのが鬱陶しいが、こういう場合は便利だ。
曰く、昨年のクリスマスに何か欲しいものはないかとおじさんに訊かれ、PS5とスト6、それから6ボタンゲームパッドを買ってもらったらしい。値段が値段だけに、おじさんも少々顔を引き攣らせたそうだが、自分から言った手前、断れなかったのだろう。
中学からゲームは全然やっていなかったらしく、殆どこの三~四か月であそこまで強くなったそうだ。センスがあるというか、何というか。
ただ、センスだけでなく、めちゃくちゃ練習しまくっていたんだろうな、というのは感じられた。
まあ、逆に俺はこの三か月くらい全然スト6に触れていなかったので、それがちょうど良いハンディキャップになったのだろう。と、信じたい。
「これでも、最近はちょっと控えてるんだよ?」
「何で?」
「スト6ばっかりしてたら、学年末テストで成績下がっちゃったから」
……あのコンボの代償として、しっかりとリアルに支障が出ているらしい。これもスト6。俺も経験があるからよくわかる。
「つかさ、何でスト6だったわけ? 昔、そんな格ゲー好きじゃなかっただろ」
俺の記憶によると、そもそも詩依はあんまり動きの激しいアクションゲームも得意ではなかった。その中でも格ゲーは特に、という感じだ。
どちらかというと、マイクラみたいにクラフト要素が多いものや、どう森やピタットモンスターのような可愛いグラフィックのゲームなど、一般的に女子が好みやすいゲームを彼女も好んでいたように思う。
「今もそんなに好きっていうわけじゃないんだけど……」
一瞬包丁を握る手を止めて、詩依が上目遣いでこちらをちらりと見た。
「……何だよ?」
「ううん、何でもない」
結局何も言わないまま、何かを振り払うようにまた野菜を刻み始める。
なんだ、今の視線と間は。
もしや……『そんなに格ゲー好きじゃない私のケイミーに桃真くんのマスター豪拳は手も足も出なかったねプークスクス』って言いたいんかコラァ!
いや、詩依がそんなこと思うはずがないのだけれど。被害妄想だというのはわかっているのだけれど、さっき何度か味わった屈辱的なPKOが俺の思考をそうさせる。通信対戦だったら確実に台パンしていた。
「でも……桃真くんがスト6してるの、知ってたから」
詩依は聞こえるかどうかくらいの小さな声で、ぽそりと言った。
予想もしていなかった言葉に、「え?」と皿を並べる手が止まる。
「ほ、ほら。おばさんがよくうちに来てるってさっき言ったじゃない? それで……最近桃真くんがどんなゲームしてるのかっていうのも、何となく聞いてて」
「ふーん……?」
納得はできるけども、いまいちピンと来ない話でもあった。
別にうちの母親はゲームに詳しいわけでもないし、俺が部屋で何のゲームをしているかまでは多分把握していない。
まあ、マスターランクマッチで負けが込んで頭があったまってしまっている時を何度か目撃されているし、ちょくちょくリビングのテレビでスト6の配信や大会も見ていたので、俺がやっていることは知っていそうだけれど。それでもわざわざ詩依にその話をするだろうか? あの子ったらいい年してスト6ばっかりって? ちょっと想像がつかない。言われてたら言われてたでちょっと凹む。
……あ、わかった。もしかして、昔俺に格ゲーで泣かされたことまだ根に持ってて俺がまだスト6やってそうか探りを入れたとか? どれだけ俺恨まれてるんだよ。当時、結構気を遣ってたのに。
「だから……久しぶりに遊べて、嬉しかった」
感慨深そうに、そしてどこかほっと安堵するようにして顔を綻ばせる詩依は、まるで本当にこの瞬間を心待ちにしていたかのようで。たかがゲームなのに、何年も会っていなかったかのような表情をする。
全く顔を見ていなかったわけではないのだけれど……ただ、何年かの時を越えて再会した、という感覚は間違いなくて。俺も詩依もお互いにどこかしらで相手を見掛けていて、お互いに意識はしていたけれど、話すことはなかった。実際にこうして幼馴染として話したのは約五年ぶりなわけで、旧友と再会したかのような感覚もある。
俺は言った。
「じゃあ、昔みたいにたまになんかゲームする? 格ゲー以外もさ」
「うん。あんまり難しくないのがいいな」
嬉しそうに、詩依が微笑んだ。
その笑顔を見て、ほっこりと胸があたたまる。
詩依とこうしてまた話せるようになってよかった。そう思う自分がいるのと同時に、今この瞬間に現実味がないように感じてしまう自分も確かにいて。
何年も疎遠だった幼馴染の家に来て、昔みたいに会話を交わしているのが信じられない。
しかも、その切っ掛けは俺の失恋。だからこそ、どうしても疑問に思ってしまうのだ。
何で、あのタイミングで俺に声を掛けてきたんだろう──って。
どことなく楽しそうにサラダを作る幼馴染を見て、そんな疑問を抱くのだった。