第6話 あの頃みたいな笑顔を見て
「ゲーム……?」
「うん。昔、よく一緒にしてたから」
相変わらずコントローラーで口元を隠しながら、詩依が言う。
まあ、確かに昔よくやっていたけれど。
それにしても……今なのか? 本当に、今それをやるべきのか、俺は!? 俺さっきまで恋人寝取られてもう死んでもいいや~くらい絶望してたんだけど!? ──というツッコミは、何とか喉元でとどめた。
そもそも、詩依は俺の事情など何も知らない。ただ俺がとてつもなく落ち込んでいて、雨に打たれまくっていたから憐れで助けただけなのだ。そんな俺を、ただ元気付けようとしているだけなのかもしれない。
でも、と思う。
少し前の俺なら、ツッコミを入れるような気分にもならなかった。振られて、落ち込んで、悲劇のヒーロー気取りで雨に打たれていて、自分でも痛々しく思うくらいだ。
それが、今はどうだ?
どうしてか自然と肩の力が抜けていて、いつもの精神状態に、戻ってきている。
詩依がこうして、接してくれているから。
「えっと……ゲームって、何の?」
一応、訊き返してみる。
PS5持ってたんだ、とか、ノーマルコントローラーじゃなくて6ボタンゲームパッドかよ、とか。色々ツッコミどころがあるのだけれど、まずはそこだろう。
というか、遠慮がちに訊いてきているくせに、その期待に満ち溢れた瞳は何だ。めちゃくちゃゲームしたい感がもうヒシヒシ伝わってきているのだけれど。
「スト6とか……? ストファイシリーズ、桃真くんもしてたよね?」
相変わらず、宝石でも湧いて出てくるんじゃないかというくらい瞳を輝かせて彼女が訊いてきた。
まあ、そうだけども。スト5からやり込んでいたけども。
にしても、何でスト6なんだろう?
俺の記憶が間違っていなければ、詩依はあまり格ゲー自体得意ではなかった。どちらかというと、パズルゲームやマイクラみたいな頭を使ったりおっとりと遊べるゲームの方を好んでいたように思う。
というか、何だかまるで俺がスト6やってることを知っている前提みたいな感じで提案してないか? 学校で誰かと話しているところを聞かれたのだろうか。
「スト6なら俺もやってるけど……」
そこまで言って、先ほど見たUtubeのホーム画面のことを思い出した。
「あっ。Utubeでコンボ集見てたのって、詩依だったの?」
「──!?」
びくっとして、途端に詩依の顔が真っ赤になった。
先ほどまで口元だけ隠していたコントローラーの位置が少し上がって、目元まで覆い隠す感じになってしまっている。
てか、改めて見るとめちゃくちゃ顔小さいな。こうやって顔の真ん中にコントローラーがくると、顔の小ささが余計に際立つ。
「Utube……見たの?」
詩依がコントローラーから目元だけ覗かせて訊いてくる。
めちゃくちゃ恥ずかしそうだ。
「あー、うん。さっきチャンネル渡された時に」
「あああああああうううううぅぅぅ……アカウント、お父さんのに戻すの忘れてた……」
清楚華憐とは程遠いような声が聞こえてきたかと思えば、また目元までコントローラーで顔を隠してしまった。
もしかして、秘密にしていたかったのだろうか。
「履歴も見た……?」
「い、いや! さすがにそこまで見てないよ。ホーム画面って、割とプライベートみあるだろ? 悪いと思って、ニュースに変えたんだよ」
「そ、そっか。それならよかった……」
ほっと安堵したように、詩依はコントローラーを下ろした。
一体何を見ていたんだろう? しまった、こうなったら逆に気になってしまう。
履歴も見ておけばよかった。
「スト6、好きなのか?」
「好きっていうか……昔このシリーズ、桃真くんとしてたから。それで、私もやりたいなって。買ったのはほんとについ最近だから、全然下手っぴなんだけど」
どこか懐かしそうに微笑んで、彼女が言った。
ん? どういうことだろうか。
何だか、まるで俺とやるために始めたみたいな風に聞こえなくもない。
まあ、ただ単に昔やってて楽しかったからまたやりたくなっただけなのかもしれないけれど。
「じゃあ……やるか」
「うんっ」
詩依は嬉しそうに頷いたかと思うと、早速PS5を起動する。
「何でそんなに嬉しそうなんだか……」
「えー、そうかな?」
「どう見てもそうとしか見えないっての」
そういえば、こんな風に笑う詩依を、最近はほとんど見ていなかった。
先月、同じクラスになってからも、彼女が微笑むところは見掛けていた。けれど、それはあくまで会話の流れに沿った、穏やかで控えめな笑みだ。今みたいに、無邪気で、心から楽しそうな笑顔を浮かべた姿は一度も目にしたことがなかった。
それなのに、目の前で笑う彼女は……まるで、昔のままで。記憶の奥底に埋もれていた、幼い頃の光景がふと蘇ってしまう。
小学生の頃、詩依はよくこんな風に笑っていた。俺とゲームで遊んでいる時も、一緒に帰った時も、俺がどうでもいい冗談を言った時も。いつも楽しそうで、無邪気に俺の隣で笑ってくれていた。
久しく忘れていたその姿を目の当たりにして──俺の胸の奥が、じんわりと温まるような、不思議な感覚に包まれる。
「言っとくけど俺、ランクはマスターまで行ってるし、そこそこ強いからな?」
覚悟を決めて、俺は6ボタンゲームパッドを手に取った。
そこまで俺とスト6がしたいというなら、やってやろうじゃないか。まだ始めて間もないというなら、どうせ相手にもならないだろう。本気でやって、実力を見せつけてやらねば。
失恋直後に格ゲーだなんて馬鹿げている、とは思う。
でも、凹むくらいなら、楽しんでやろう。少なくとも、彼女の笑顔が俺をそういう気持ちにさせてくれた。
「うん。退屈させないように、私も頑張るね」
まるで、俺がその答えに辿り着くのを待っていたみたいに。詩依は嫣然として微笑んだ。
ふたりソファーに並んで、テレビと向かい合う。
何だか、こうしていると本当に小学生だった頃に戻った気分だ。
でも、今の俺たちはもう、子どもじゃない。
変わってしまったものと、変わらないもの。その境界が、コントローラーの向こうで揺らいでいるように見えた。